この人の一句◆寺澤佐和子句集『卒業』ふらんす堂刊

この人の一句◆寺澤佐和子句集『卒業』ふらんす堂刊

鶯や行き先知らぬバスに乗る
偽物の風なまぐさき扇風機
花疲れまづは指輪を外しをり
秋澄むやサンバの腰のよく肥えて
ゆつくりとひらくお茶の葉女正月
小さき刃のごと公魚の冷たさよ
青年の日焼スーツに収まらず
稲架けておほきく散らす陽の匂ひ
冬の日や目鼻ちひさきマリア像
母の忌ややはらかく踏む敷松葉
冬萌や雀相手の尼のこゑ
今日よりは臨月に入る良夜かな
寝返りの背を追ひかけて天瓜粉
春嵐喧嘩は妹泣かすまで
子を叱りつつ栗の実を甘く煮る
先生にそつと耳打ち卒園す
学芸会の台詞二言秋日和

▶▶寺澤佐和子句集『卒業』。作者は東京在住。結婚して熊本に住んだことがきっかけとなり、首藤基澄に俳句を学び、「未来図」に入会して同人。平成20年に未来図新人賞。海紅とは同窓の縁で本書を贈られた。帯に自選15句を示すが、上記の海紅推薦句と重なるものは「今日よりは臨月に入る良夜かな」の一句であった。選句とはまことに難しい。俳人協会会員。ふらんす堂、平成29年9月刊。

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# by bashomeeting | 2017-11-28 10:57 | Comments(0)

大学1年生の選句眼◆発表「日本語と季節感」(初年次ゼミ)で学生が紹介した句

発表「日本語と季節感」(初年次ゼミ)で学生が紹介した句

梅恋ひて卯花拝むなみだ哉     芭蕉
卯の花も母なき宿ぞ冷まじき    芭蕉
卯の花や暗き柳の及び腰      芭蕉
卯の花や盆に奉捨をのせて出る   漱石
→奉捨は報謝。仏への感謝の意でいわゆるお布施。
虹立ちて忽ち君のある如し     虚子
虹消えて忽ち君の無き如し     虚子
向日葵が好きで狂ひて死にし画家  虚子
向日葵を画布一杯に描きけり    虚子
→上記二句は実朝祭(短歌大会)における句。画家はゴッホ。
狂ひつつ死にし君ゆゑ絵の寒さ   秋桜子
→向日葵の発表の際の参考句。画家佐伯祐三の遺作を詠む。
白雨にはしり下るや竹の蟻     丈草
山水に米を搗かせて昼寝かな    一茶
張り通す女の意地や藍浴衣     久女
野を横に馬牽きむけよほととぎす  芭蕉
足首の埃たたいて花菖蒲      一茶
わが恋は人とる沼の花菖蒲     鏡花
狩衣の袖の裏這ふ螢かな      蕪村

牡丹散りて打ち重なりぬ二三片   蕪村
耳際に松風のふく夜長かな     一茶
星月夜罪なきものは寝の早く    蓼汀
星月夜空の高さよ大きさよ     尚白
稲妻を手にとる闇の紙燭かな    芭蕉
稲妻のかきまぜて行く闇夜かな   去来
露の世は露の世ながらさりながら  一茶
日は西に雨の木ずゑや渡り鳥    野坡
色付くや豆腐に落ちて薄紅葉    芭蕉
古寺に灯のともりたる紅葉哉    子規
夜窃かに虫は月下の栗を穿つ    芭蕉
→表現の骨格は「春風暗剪庭前樹/夜雨偸穿石上苔」(傳温・和漢朗詠集・風)を真似る。この詩句は「春風はそらに庭前の樹を剪る、夜雨はひそかに石上の苔を穿つ」と読み、「春風はひそかに庭木に鋏を入れ、夜雨はこっそりと庭石の苔を打っている」という意で、春の庭先の美しさを描く。それを秋に転じた。
七夕や秋を定むる夜のはじめ    芭蕉
菊の香にくらがり登る節句かな   芭蕉
→「くらがり」に暗峠・暗闇を掛ける。
肩に来て人懐かしや赤蜻蛉     漱石
蜻蛉や取りつきかねし草の上    芭蕉
あら何ともなや昨日は過ぎて河豚汁 芭蕉
河豚汁や鯛もあるのに無分別    芭蕉

▶▶今年のクラスは人数が多くて、例年通りのゼミ展開がむずかしく、「日本語と季節感」というテーマで任意に季題を選んでもらい、その言葉の歴史と、言葉の本意にふさわしい例句について口頭発表してもらった。なかなかな選句眼とほめておく。

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# by bashomeeting | 2017-09-29 11:11 | Comments(0)

ボクの俳句的生活◆鈴木砂紅句集『偐紫今様源氏』の読後感として

 台風18号はまだ九州にさえ上陸していないのに、茅屋のある関東は早くも影響をうけて、昨日から雨が続いている。雨も嵐も好きだが、台風被害にあっている土地のことを思うと、素直に口に出せない。そんなことを考えながら、昨夜の就寝前は玄関先にしゃがんで雨を聞いていた。
 静かな雨音を縫って鉦叩が聞こえてくる。今年初めての鉦叩だと思うと嬉しい。「チンチンチンと鉦を叩くように鳴くが余韻のある音ではない」(『角川俳句大歳時記』)というが、大きな御世話である。余韻は人それぞれであって、誰かに決めてもらうものではないだろう。

この人の聞いて居りしは鉦叩    素十(『初雁』)

 今夏は7月末から8月初めにかけて、3泊4日で敦賀に出掛けた。『おくのほそ道』の集中講義である。前泊に向けて米原で新幹線から北陸本線(琵琶湖線)に乗り換え、余呉駅を通過するころは夕闇であった。ボクは車窓の奥に見える余呉湖に目をこらして、次の句を反芻した。

鳥共も寝入つてゐるか余呉の海   路通(『猿蓑』)

 芭蕉晩年の目標であった「軽み」の中に、「細み」という美学があって、芭蕉は路通のこの句をその例として説いている(『去来抄』修行)。ボクは芭蕉の言説が「夜の静寂に包まれる水鳥たちに作者の孤独が投影されていることを指摘している」(「俳諧の余情」、俳句教養講座2『俳句の詩学・美学』所収)と書いたが、同じことは次のような句にも指摘できると思っている。

行く秋や手をひろげたる栗のいが  芭蕉(『続猿蓑』)
此道や行く人なしに秋の暮     芭蕉(『笈日記』)
秋深き隣は何をする人ぞ      芭蕉(『笈日記』)

鉦叩きいて居りしが寝つきたる    海紅

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# by bashomeeting | 2017-09-17 20:22 | Comments(0)

この人の一句◆鈴木砂紅句集『偐紫今様源氏』文學の森刊

 《わかった句》〉
ねこじゃらし誰か遊んでくれないか(青丹与志昭和手鑑)
枕木の昭和の傷のあたたかし(青丹与志昭和手鑑)
動かざることも戦い牛蛙(紅柄格子独吟句合)

 《わからなかった句抄》〉
冬瓜のごろ寝百年考える(青丹与志昭和手鑑)
良夜かな千夜一夜の第一夜(黒日傘婦女庭訓)
羽抜鳥風のたまごを産み落とす(紅柄格子独吟句合)
榠樝の温み生まれなかった赤ん坊(紅柄格子独吟句合)
平成太郎摺り足でゆく恵方道(金鯰AI艶聞)
桐の花手を振る母に顔がない(偐紫今様源氏)

▶▶鈴木砂紅句集『偐紫今様源氏』。河合凱夫、大坪重治、松井国央、松田ひろむ、安西篤らの指導を受ける。現代俳句協会会員。「あとがき」に「年代は関係なくテーマ別の五章立てとした」とあり、目次に「青丹与志昭和手鑑」「黒日傘婦女庭訓」「紅柄格子独吟句合」「金鯰AI艶聞」「偐紫今様源氏」という章題を掲げる。文學の森、平成29年6月刊。

 自分史のように成立順に並べる句集の多い昨今の傾向に反して、本書は、目次を見るだけで、いかにも趣向豊かな編集意図を持つことが想像できる。すなわち、「青丹与志昭和手鑑」はアオニヨシショウワノテカガミと読んで「平成から昭和を照射した作品群」、「黒日傘婦女庭訓」はクロヒガサオンナテイキンと読んで「自分も含め「おんな」を見据えた作品」、「紅柄格子独吟句合」はベニガラゴウシヒトリクアワセと読んで「文字通り二句ずつの句合」と説く。判詞のない一種の自句合(ジクアワセ)だ。「金鯰AI艶聞」はキンナマズジンコウチノウコイバナシと読んで「平成から未来へのイメージを構成」、「偐紫今様源氏」はニセムラサキイマヨウゲンジと読んで「『源氏物語』を下敷きにした作品だが、題詠というより物語の中を歩きながら作った「吟行句」として読んで頂きたい」とあり、「千年の昔の世界をいろ・かたち・におい・おとを捉えながら、それを現代の風景としてどれだけ書けるかという自分なりの挑戦」であるという。「現実から遊離した俳句への批判ももちろん覚悟している」と書いて、悪びれるところはない。

 また添え状に「正岡子規の『俳句』提唱から今日まで、俳句は様々に変容しながら江戸俳諧の面白さをどこかに置き忘れてきたのではないかと、私は思っています。それを俳句に何とか取り戻せないだろうかと念じつつこの句集を作りました」と意気軒昂。

「その試みは実現できたのか、まだ遠く及ばずなのか、その答えを知りたくて」、俳諧研究者にも進呈するとあって、研究室に届いていた理由も判明。にもかかわらず、読後に胃の腑に落ちたのは上記《わかった句》三句と限られて、申し訳ないこと限りなし。ボクも、源氏・平家をはじめ、方丈記も徒然も手当たり次第に古典を読み漁って40年。読書では他者にそれほどヒケヲトラナイはずなのだが。

 おわびに、以下に少し私的な文学史観を附記する。
 ボクは現代俳人が時々口にする、「古典俳諧と近代俳句の要因は別物である」という見解を支持しない。不勉強きわまりないとさえ思う。だから、境涯を言い立てて、作品を論じることをおろそかにする、子規以降の近代俳句史に疑義を呈し、糺そうとする意欲を斥けない。なぜなら、近世(江戸)という時代の俳諧自体が、和歌や連歌の伝統への反措定という側面を持っているから。
 しかしながら、近現代という時間はたかだか150年であるのに対して、近世は約270年に及ぶ。その俳諧の歴史は和歌や連歌を乗り越えてきた時間である。その立役者はやはり、どうしようもなく芭蕉であり、その成果は現代に持ってきても、その先端をゆくと思う。言い替えれば、明治以降の近代俳句史は、芭蕉の到達点に学ぼうとする謙虚さが欠けていたために、遠回りして、近世の俳諧史をもう一度繰り返しているようにさえ思う。
 だから、近代俳句史に挑戦しようとする強者は、伝統俳諧の継承者である子規とか虚子とかではなく、伝統俳諧の大成者である芭蕉を敵にまわして論じるべきだし、論じてほしいのである。

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# by bashomeeting | 2017-09-17 20:14 | Comments(0)

思い違い◆旅の途中、夢の途中

 比較的時間に余裕のある夏休みに、卒業生と年に一度の旅をする。今年もその日が近づいた八月の半ばに、さて少し旅心を養おうと考えて、昨年の磐梯熱海(郡山市熱海町)の記録を掘り起こしていたら、iPhoneで撮影した吉永小百合さんのポスター写真が出て来た。
 なぜこんなものを保存していたかというと、そこに芭蕉さんが言いそうな「大人はずっと旅の途中。」というキャッチ‐コピーがあったからだ。「大人になったらしたいこと。」とか「大人の休日倶楽部」とか、ずいぶんウルウルさせるコピーも添えてある。
 ボクはしみじみして、いつしか「さよならは別れの言葉じゃなくて/再び逢うまでの遠い約束/現在を嘆いても胸を痛めても/ほんの夢の途中」とつぶやいて、これは作詞が来生えつこ、作曲が来生たかおの「夢の途中」)という恋歌であって、「旅の途中」とは無関係であることに、しばらく気づかなかった。そんな呆けに一定の判決を下すまでは捨てられないと思っていたようだ。

 ところで、今年の旅は地方在住のメンバーの希望で、横浜の「港の見える丘」に宿をとり、炎天と秋雨の二つの楽しみを味わった。旅の友にと考えて、横浜ゆかりの佳句をさがしたが、歳時記類から眼鏡に叶う句を探すのは至難きわまりなく、以下の四句と淋しい結果に終わった。

海にすむ魚のごと身を月涼し      星布
元町の髪結所ほうせん花     角田 睦美
夕月を見に横浜へ汽船を見に   京極 杞陽
秋暑し立ち働きの起重機船    鷹羽 狩行

 このたびの横浜はグループ見学だったので、今まで立ち寄ることのなかった「横浜人形の家」や「大仏次郎記念館」を見学できたことが収穫。県立神奈川近代文学館の企画展は角野栄子の「『魔女の宅急便』展」で新しい視野がひらけたし、久しぶりの「氷川丸」入艦で学んだ歴史は有益なものになると思われた。旅の途中、夢の途中はもうしばらく続くにちがいない。卒業生に感謝である。

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# by bashomeeting | 2017-09-08 17:40 | Comments(0)

模擬講義◆『おくのほそ道』と仙台

 高等学校と大学との結びつきが強まる御時世になって、大学ではどんなことを講じてるのかを、高校生に話して聞かせる仕事がたまに入る。このたびは仙台日帰りの出前講義だった。参考までに、その内容を要約しておく。

 土地柄を考慮して、タイトルは「『おくのほそ道』と仙台」。旅を日常として生きた松尾芭蕉の晩年。その最大の産物である創作『おくのほそ道』が何を描いた作品なのかを伝えよう。そのために、仙台という土地が、いかに大切な舞台であるかを話そうと思った。用意した配布資料は、『おくのほそ道』本文のほかに、「芭蕉の生涯における『おくのほそ道』の位置付け」「『おくのほそ道』の訪問地」「芭蕉の旅支度」「行脚の目的」であった。
 しかし、手始めとして教科書などで『おくのほそ道』に出逢った経験を聞くと、八割ほどはほとんど反応がない。
 そこで、まず世の中には都鄙(雅俗)という構図があること、つまり経済発展や文化生活において抽んでている中央と、そうではない地方とに分けられることを説いた。すなわち都鄙の都(ト)は京都で、鄙(ヒ)は直感的には鎌倉だが、時代が進み国が膨張するにつれて鄙の地域は拡大することを前置きした。
 その上で本題に入り、この旅で芭蕉がめざした土地は、古くはその鄙(ヒ)の概念からも遠く、「みちのく(陸奥)」つまり「道の奥」と把握されていた未開の地であった。それで『おくのほそ道』というタイトルが付けられた。「奥の細道」の名が仙台と多賀城を結ぶ七北田川沿いの古道に残っていることが嬉しいと話す。
 また、この未開の地は遠方ゆえに、都から見れば主情的(emotional)な世界でもあって、和歌に詠まれて歌枕伝統の一翼を担う。勅撰集を見れば〈東北の土地で〉、あるいは〈東北の土地を〉詠んだ歌がたくさんあることに気付くだろう。この古歌に詠まれた土地を歌枕という。仙台の章段でいえば宮城野・玉田・横野・つつじが岡・木の下などがそれであると説いた。
 寛文九年(1669)以降、伊達藩は領地整備を目的に、歌枕の地を特定する事業を展開。「年比さだかならぬ名どころを考へ置き侍れば」(『おくのほそ道』宮城野)といって、芭蕉と曽良のガイドを務めた加右衛門(画工・俳人)はその事業に加わっていた人物である。この人物を芭蕉は「心ある者」「風流のしれもの」と高く評価している(『おくのほそ道』)。エモーショナルではあるが、和歌や伝説の世界で粗野な扱いを受けてきた陸奥に、このような風流佳人を発見し創造する、これが芭蕉行脚の目的であり『おくのほそ道』の世界であった。こんな話をした。

 終日秋雨で、散策もままならない。仙台駅で末長海産の「ほや・牡蠣・帆立」を買って、電車を早めて帰途についた。
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# by bashomeeting | 2017-09-08 13:05 | Comments(0)

この人の一句◆鈴木太郎句集『花朝』本阿弥書店刊

この人の一句◆鈴木太郎句集『花朝』本阿弥書店刊

御降りの鯉の背鰭に光あり
三寒の日を芳しと母の声
自然薯を掘る目印に鳥の羽
鳰の子の浮いて百年前の顔
鳥籠のころがつてゐる草紅葉
柚子湯出ていづこへつづく時ならむ

▶▶鈴木太郎句集『花朝』。「あとがき」に平成18年から28年までの作品を集めた第5句集といい、俳誌『雲取』20周年の思いもこめた旨が書かれている。帯に自選12句を示すが、ここには、それとは別趣の句を選んでみた。本阿弥書店、平成29年8月刊。

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# by bashomeeting | 2017-08-17 14:46 | Comments(0)

雨の終戦記念日です◆霊あらば親か妻子のもとに帰る靖国などにゐる筈はなし  市村 宏(『東遊』)

 雨の終戦記念日です。甲子園の高校野球も中止ということです。
 6日の「広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式」と9日の「長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」をニュースで観ました。声高にいう必要はないかもしれませんが、この二つの式典が今日まで続いていることに敬意を覚えます。そして人として当然のこの祈りが、世界に届く日の来ることを願います。
 
 恒例になっている3日間の『おくのほそ道』集中講義に行ってきました。今年は敦賀(気比神宮・色の浜)でした。今年も卒業生が合流してくれて、二日目の夜は受講生と懇親の食事会をしました。敦賀駅前通りの「まるさん」という評判のお店でした。最近二人目のお孫さんが生まれたMさんもいました。少しお酒が入って、問わず語りに「孫の世話をしに出掛けて、その顔を見ているとネ、この子が生きてゆく時間、せめてあと50年か、60年だけでもいいから、戦争は起こらないでほしいと思うのよ」というのです。この飾ることのない本音が心にしみました。そして「安らかに眠ってください 過ちは繰り返しませんから」(広島原爆死没者慰霊碑)という誓いが眼裏をよぎりました。

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# by bashomeeting | 2017-08-15 09:07 | Comments(0)

この人の一句◆斎藤惑句集『秋の蝶―母を詠む』私家版

母老いて窓越しに追ふ秋の蝶
日向ぼこ居眠る母の髪を切る
門火焚く母と戦時の父を待つ
童心に返りて母もカルタとる
お彼岸を忘れし母のあどけなく
嫁の名を忘れて母は長閑なり
つばめ来て母点滴を外しけり
退院の母を迎へる山桜
呆けるとも母は母なり鰯雲
初めてのショートステイやちちろ鳴く
背の母の意外に重き小六月
要介護3に進みて月おぼろ
転院の母のせてゆく枯木径
秋茄子や白寿間近い母とゐて
白酒や白寿の母のはんなりと
春眠のごとくに母はめされけり

▶▶▶斎藤惑句集『秋の蝶―母を詠む』。白寿で天年をまっとうした母を詠んだ息子の私家版。平成19年(2007)自序。「はじめに」とする自序に、その穏やかな死、棺には昔好きだった着物や大事にしていた女学校のお裁縫の教科書、晩年に愛用の三本の杖、そして作者が詠んだ母の句を納めたことを記す。作者は東京工業大学を修めた学識を以て企業で活躍され、退職の翌年(平成12年)から俳句をたしなむが、振り返ると母が貴重な俳句の題材であったという。現在海紅が庵主をつとめる無花果句会のメンバー。こうした句集を編む意図や手作り感には与謝蕪村等が編んだ追善集のおもかげがあって、しみじみと読み終えた▲なお、無花果句会は昭和21年 作家井本兀山人(青木健作)が〈終戦直後の一般的な虚脱と混濁のさなかにあって せめては清純な清水に渇を癒やしたい〉と願って家族をまじえて発足。歴代庵主に井本農一(二代、茫亭) 、高藤武馬(三代、馬山人)、 青木幹生(四代) 井本商三(五代、田痴)があり、平成19年より谷地快一(六代、海紅)がつとめる▲平成19年編纂の本書が10年後に恵与された理由は、最近(4月後半)の「海紅句抄」(芭蕉会議website)に「川風に蝶にしたがひゆくばかり」が上り、それに対して、実母を亡くしたときの思いを綴る、つゆ草氏のコメントを読んだことに刺激されたからだという(海紅宛惑氏私信)。

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# by bashomeeting | 2017-05-07 11:22 | Comments(0)

なにゆえに俳句を詠むのか◆心の師としての俳句

 鴨長明の『発心集』の序は「仏の教へ給へることあり。〈心の師とはなるとも、心を師とすることなかれ〉と」と始まります。新潮日本古典集成の校註(三木紀人)によれば、広く経論に説かれる心得のようですが、直接には源信(恵心僧都)の『往生要集』から学んだ戒めとされています。拙訳を示せば「自分がひそかに抱く感情や考えは、それを制御することが肝要なのであって、ゆめゆめそれ(自分の感情や考え)に支配されてはならない」となります。

 実は、わたしにとっての詩歌はこの一節にほぼ同じで、「わたしの感情や考えは愛しい存在ではあるが、畢竟わたしという人間(human being)の働きの一部であり、全体ではない。全体が一部に翻弄されることを、わたしは望まない」と自ら言い聞かせています。感情や考えを正直に表現できたと思っても、それを詩歌とはいわないということです。いや、果たしてどのような秤にかければ、自分の感情や考えに忠実だとわかるのだろう。そんな便利な道具があろうとも思えません。

 ところで、芭蕉は『荘子』を踏襲して、自分の身体を百骸九竅(多数の骨と九つの穴)と把握し、そこにひそむ「心」を仮に風羅坊と名付けます。命名の理由は、「わたしの心」という奴は羅(薄物、夏向きの着物)に似て、風が吹くと破れてしまいそうなほど弱々しいためだといいます。この「弱さ」が芭蕉を俳諧という文芸に走らせる。実はその「弱さ」によって、俳諧を投げ出そうとしたり、逆に仕事にしようと努力したり、仕官して社会的地位を求めようとしたり、仏道に帰依して悟りを得ようともしたが、ひとつもものにならず、結局、俳諧の世界だけが残ったようです。

 俳諧のどこにそんな価値があったのでしょうか。それは、天然自然を規範に、四季の移り変わりを「心の師」として、「心」を解放してゆくところであると思います。芭蕉は、それが和歌で西行が、連歌で宗祇が、絵画で雪舟が、茶道で利休が求めた世界に等しいと信じていたようです。この「心」の解放こそ、芭蕉がたどり着いた「軽み」であると、わたしは信じています。ポール・ヴァレリーは「羽毛のようにではなく、鳥のように軽くなければならない」(『文学論』)と書いています。総体、つまり生きた人間としての「軽み」という点では、仏道も芸道も文学も変わりないとはいえないでしょうか。
 「心」を天然自然にひらいて、昨日までの自分とは違う新しさを見出してゆく、俳諧表現をそのようなものとして見直していただくことを願っています。

▶▶▶教師だからといって、問われもしないのに答えるのは難しい事柄もある。これは最近、親しい友人から「結局、表現として、私には俳句は向いていないとつくづく感じています」という便りをもらって、これは穏やかではないと感じて、はらわたを絞って整理したものである。ここに示した芭蕉の俳諧観は主に『笈の小文』冒頭の一文に拠っている。また芭蕉が「風羅坊」という主役にこめたイメージは、「芭蕉野分して」詞書(天和1)、「乞食の翁」詞書(天和1)、「歌仙の讃」句文(天和期か)、「芭蕉を移す詞」(元禄5)などで深めることができる。ついでながら、草庵に植えてもらった芭蕉と向き合いながら、その破芭蕉(やればしよう、秋季)の姿を自分に重ね、「ただ、この(芭蕉の)陰に遊んで、その風雨に破れやすいところを愛するだけ」(芭蕉を移す詞)という世界観については『撰集抄』(巻6、12話)に先例が見えることを附記する。

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# by bashomeeting | 2017-05-03 09:47 | Comments(1)

この人の一句◆藤井啓子句集『輝く子』ふらんす堂刊

この人の一句◆藤井啓子句集『輝く子』ふらんす堂刊

新米の粥にはじまる離乳食
月見草置いて来し子の眠る頃
一泊の留守に汗疹の子となりし
友達になるきつかけのねこじやらし
人見知りする子と出かけ母薄暑
国語より算数よりも兜虫
次の手を読めるオセロの子と夜長
朝寝してまた身長の伸びたる子
水着干す時はこんなに小さくて
思ひきり切りし前髪サングラス

▶▶藤井啓子句集『輝く子』。「序に代えて」として稲畑廣太郎が出版を祝う文章を寄せる。作者自身による「あとがき」がある。「著者略歴」によれば、兵庫県で定年まで勤め上げた国語教師。五十嵐播水、稲畑汀子ほか、一貫して「ホトトギス」系に学んで今日にいたる。いただく句集の作者と筆者は一面識もない場合が多く、この作者も例外ではないが、まれに芭蕉会議サイトに書き込まれる文章を読んで、気息に同じものを感じとっていた。句集を贈られて、そのわけが「ホトトギス」系にあると判明。「行きかた」が同じなのであった。阪神・淡路大震災の罹災者で、その試練をさけてこの作者の境涯を語ることは難しそうだが、ここには(思うところあって)作者の身辺を昇華させた(と思われる)数句を紹介。ふらんす堂、平成29年3月刊。
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# by bashomeeting | 2017-03-20 09:30 | Comments(0)

この人の一句◆若月道子句集『水の記憶』本阿弥書店

この人の一句◆若月道子句集『水の記憶』本阿弥書店

蒲公英の少しも迷ひなき黄色

▶▶若月道子句集『水の記憶』。鈴木章和序。作者自身による「あとがき」を添える。それによれば、鈴木章和主宰の『翡翠』に入会して十二年の俳歴という。当季の一句を紹介して、2017年の春を深めたい。本阿弥書店、平成29年3月刊。
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# by bashomeeting | 2017-03-04 17:26 | Comments(0)

この人の一句◆岩津必枝句集『十日戎』文學の森刊

この人の一句◆岩津必枝句集『十日戎』文學の森刊

初鏡耳順うべなふ目鼻かな
鉋屑くるりくるりと春の風
子が押せば父のぶらんこ動き出す
ガリバーのやうな靴あといぬふぐり
緞帳の下りてうつし世春惜しむ

▶▶岩津必枝句集『十日戎』。「必枝」はサダエ。藤木倶子序。吉田千嘉子跋。作者自身による「あとがき」を添える。作者は小林康治について俳句を学び、師の没後は藤木倶子主宰『たかんな』創刊同人。文學の森、平成29年3月刊。女性俳人精華100、第7期第6巻。
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# by bashomeeting | 2017-02-27 16:39 | Comments(0)

この人の一句◆大河内冬華句集『古雛』ふらんす堂刊

一と晩の汚れにあらず恋の猫
惜春やとりて冷たきイヤリング
母の背にたゝけば甘き天瓜粉
羅を着て男にはなき度胸
明日刈る蕎麦の畠の十三夜
秋冷の朝を抱き合ふ道祖神
もう話すことなどなくて息白し
○△□の田楽炉火愉し

▶▶大河内冬華句集『古雛』』。「序に代えて」として岸本尚毅が推薦文を寄せる。塚田采花跋。作者自身による「あとがき」を添える。作者は村松紅花 について俳句を始め、俳誌『雪』(紅花選)に投句、その後一時俳句を離れるが、岸本尚毅の選を仰いで句作再開。現在村松紅花発刊の『葛』に拠る。紅花永逝(平成21年〈2009〉3月16日)後の『葛』は山元土十・小林敏朗の2名選者制。海紅と師を同じく、初心の時代を同じくする旧知ゆえ、作風も等しく、障りなく読了。ふらんす堂、平成29年3月刊。


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# by bashomeeting | 2017-02-25 08:15 | Comments(0)

この人の一句◆井田美知代句集『遠い木』ふらんす堂刊

 ゆたんぽの湯の沸くまでのひとりかな

▶▶本書は著者の第2句集で、平成二十九年二月十七日日発行(奥付)。作者は平井照敏氏について俳句を学び、師の没後は鈴木章和主宰の『翡翠』に拠る。ここには、とりいそぎ当季の句群から心に叶ったものを一句紹介。「その間、子供たちは巣立ち、新しい命を迎えると共に、義父母、父母の老いが深まりました」(あとがき)という一節に反応したからである。

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# by bashomeeting | 2017-02-02 03:45 | Comments(0)

はじめての連句◆「柿食へば」半歌仙

はじめての連句◆「柿食へば」半歌仙

「柿食へば」半歌仙
柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺    子規
案山子の袖のほつれゐる糸     妙子
残業に決まりて後の月出でて     泰輝
息子が作るイタリアン飯      文子
優勝旗笑顔が並ぶ写真立て     優子
校長室を漏るる樟脳        泰輝
老鴬の故郷は過疎となりにけり   海紅
画家を育てしころの夏山      麻衣
旨さうに飲む日本酒のお膝元    一弘
恋の出逢ひは議員会館       匡秀
ブランコを嬉しげに押すママ若く みゆき
古稀目前に旧姓になる       智子
女子会は病気自慢の月の宿     千寿
高尾の紅葉流れ寄る岸       海紅
鶺鴒の何におどろく声ならん   みゆき
スマホぐぐりて落とすお握り    泰輝
花莚白山神社に異邦人       文子
天職を得て春風をゆく       泰加

▶▶平成28年度の大学院ゼミは正岡子規出座の連句(俳諧の連歌)を読んで「連俳非文学論」(『芭蕉雑談』明26)について考え、蕉風連句論(付合論)に話が及んでいる。その合間を縫って、例によって、はじめての連句に挑戦してもらった。知識だけではまっとうな結論は出せないと考えているからだ。せっかくだから、正岡子規の句を立句とした。
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# by bashomeeting | 2017-01-21 20:15 | Comments(0)

あけましておめでとうございます2017

あけましておめでとうございます2017

 平成二十九年丁酉 歳旦
てのひらに戻りし独楽のひとよぢれ  海 紅

▶▶明治150年、大正106年、昭和92年、そして芭蕉会議11年目の新年が始まりました。本年も日常をことばで美しく切り取り、いま生きていることをよろこぶ日々をお送りくださいますよう、みなさまの安寧を心よりお祈り申し上げます。

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# by bashomeeting | 2017-01-01 10:42 | Comments(1)

この人の一句◆藤木倶子句集『星辰』文學の森刊

  少年の手足ひよろりと宮相撲

▶▶本書は著者第十句集で、平成二十八年七月二十一日発行。平成二十一年、二十二年、二十三年の作を集める。八戸から俳誌『たかんな』を刊行し主宰。海紅とは平成二十三年三月十日(東日本大震災の前日)の句会に同席させていただいて以後の風交。著者はその東京からの帰路、新幹線車中で震災に遭遇。ここには、とりいそぎ当季の句群から心に叶ったものを一句紹介。

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# by bashomeeting | 2016-09-09 22:34 | Comments(1)

姿情を求めて7◆世界で一番小さな季寄せ(改訂版)

 「俳諧ゼミの教材として」(2012年 11月 07日)を改訂して再掲する。季寄せとは何かを簡便に説くために、ゼミのなかで句を詠んだり、解釈をしたり、あるいは連句の付合の実践に役立ててもらうために提供したもの。人事(人の暮らし)である「生活」「行事」の位置を各季節の最後に位置付け、其他のケアレスミスを修正した。〈「日本語には季節がある〉という文化の特色を大切にして、日々仕合わせに過ごしていただければ幸い。(2016/10/07更新)

■春=立春から立夏前日まで(陽暦2月4日ころ~5月5日ころ)
○時候(暑さ寒さ)
立春(早春)・陽春(春暖)・冴えかへる・あたたか
○天象(空模様)
朧・陽炎・風光る・春の空(風・雲etc.)
○地理(土地の様子)
水温む・雪解・春泥・春の山(川・海etc.)
○動物(動きまわるもの)
孕馬(鹿)・猫の恋・蝌蚪(蛙)・鴬・雉子・雲雀・燕・若鮎・白魚・栄螺・蛤・蝶・蜂・蚕(桑子)
○植物(根が生えたもの)
春の草(セリ・ナズナ・ハハコグサ・ハコベ・タビラコ・カブラ・オホネ・タンポポ)・木の花(梅・桜・藤・梨)・菜の花・和布・海苔
○生活(暮らし)
草餅・麦踏・花見・卒業(入学)
○行事(儀式)
雛祭・花祭・遍路

■夏=立夏から立秋前日まで(陽暦5月6日ころ~8月7日ころ)
○時候(暑さ寒さ)
立夏・初夏(首夏)・新緑・麦秋・短夜・盛夏(炎暑・暑し・涼し)・夜の秋
○天象(空模様)
日盛(西日)・南風・薫風・夕立(凪)・虹・梅雨(五月雨)・夏の空(風・雲etc.)
○地理(土地の様子)
植田・泉(清水・滴り)・出水・滝・卯波(土用波)・夏の山(川・海etc.)
○動物(動きまわるもの)
蛇・金魚・蝉・蟻・蝸牛・時鳥・蝿・天道虫・毛虫
○植物(根が生えたもの)
新緑(樹)・若葉(青葉)・卯の花・花橘・菖蒲・アヤメ・カキツバタ・ハナシヤウブ・紫陽花・山梔子・桐の花・樗(栴檀)の花・夏草・薯莪の花・麦・筍・蕗・蚕豆・枇杷・夕顔・茄子(赤茄子)・向日葵・芍薬・牡丹・百合
○生活(暮らし)
田植・麦刈・梅干・草取・更衣・浴衣・髪洗ふ(香水)・夏帽・簾・日傘・扇(打水・水遊び・端居・扇風機・昼寝)・繭・鵜飼・螢・登山
○行事(儀式)
端午・祭(祇園会・禊)・安居・母の日(父の日)・原爆忌

■秋=立秋から立冬前日まで(陽暦8月8日ころから11月6日ころ)
○時候(暑さ寒さ)
立秋(初秋)・秋・残暑(残夏)・新涼・秋の暮・夜長・爽やか・秋冷(秋寒・朝寒・夜寒)・晩秋(暮秋・行く秋)
○天象(空模様)
月(盆の月・名月・十三夜)・星月夜・銀河・流星・稲妻・霧・露・秋の空(風・雲etc.)
○地理(土地の様子)
花野・刈田・水澄む・秋の山=山粧ふ(川・海etc.)
○動物(動きまわるもの)
鹿・猪・渡り鳥(小鳥)・稲雀・落鮎・鰯・秋刀魚・鮭・蜻蛉・虫
○植物(根が生えたもの)
草の花(萩・尾花・葛花・撫子・女郎花・藤袴・桔梗)・木槿・芙蓉・木犀・桃・梨・林檎・柿・葡萄・栗・柚子・西瓜・糸瓜・芋・唐辛子・玉蜀黍・蕎麦の花・茸・紅葉・蔦・烏瓜・朝顔
○生活(暮らし)
燈籠・夜学・新酒(新走)・新米・栗(茸・零余子)飯・新蕎麦・秋灯・冬支度・案山子(鳴子)・稲刈・夜なべ・菜種(大根)蒔く・萩(木賊・萱・芦)刈る・紅葉(茸)狩・秋思
○行事(儀式)
七夕・盂蘭盆会・硯洗・重陽・秋祭・墓参

■冬=立冬から立春前日まで(11月7日ころ~2月3日ころ)
○時候(暑さ寒さ)
立冬・冬・小春・短日・冬至・師走(年の暮・行く年)・寒冷(寒し・冷たし・凍る・冴える)・日脚伸ぶ
○天象(空模様)
冬日・冬晴・北風(木枯)・時雨・霜・雪・冬の空(風・雲etc.)
○地理(土地の様子)
枯野・水涸る・霜柱・雪野・氷柱・冬の山(川・海etc.)
○動物(動きまわるもの)
熊(狼・狐・狸・兎)・鷹(鷲・隼・鳶)・狼・梟・水鳥(鴨・千鳥・鳰)・鱈・鰤・河豚・海鼠・牡蠣・綿虫(雪虫)
○植物(根が生えたもの)
冬の梅・臘梅・冬桜・寒椿・山茶花・茶の花・竜の玉・蜜柑・木の葉(枯葉・落葉)・枯木・水仙・千両(万両)・冬菜・白菜・葱・大根・蕪・人参・枯草・返り花
○生活(暮らし)
年用意・飾売・年忘れ・毛布・セーター・冬帽・手袋・マフラー・冬囲・日記買ふ・火事・風邪(咳)・懐手・日向ぼこ・探梅
○行事(儀式)
七五三・柚子湯・クリスマス・豆撒き(追儺)

■正月=睦月。江戸時代までの陰暦では新春だが、明治時代以降の陽暦の時代になって、節分(立春の前日)以前に新年が来ることになった。それで正月を春の部に入れられなくなり、俳句歳時記は春夏秋冬の他に新年の部を設けるようになった。節気上は冬だが、行事としては伝統的な春の季感を残していることばの集合である。なお連句は近世の式目をもとにするので、今のところ初春(孟春)として扱うのが穏当。
○時候(暑さ寒さ)
新年・初春(新春)・去年今年・晩冬
○天象(空模様)
初日・初空・初凪
○地理(土地の様子)
初富士・初筑波
○動物(動きまわるもの)
初雀・初鴉・初鶏
○植物(根が生えたもの)
福寿草
○生活(暮らし)
松飾・獅子舞
○行事(儀式)
元日・門松・初詣・初夢・書初・初湯・七種(若菜)・小正月・左義長

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# by bashomeeting | 2016-09-08 21:06 | Comments(0)

最近の旅で見かけた川柳◆山中温泉

お世辞でも何か言つてよ風呂上り
足湯ではみごとに大根ゆであがる
手遅れの人ばかり来る美人の湯
反抗期風呂で話せば素直な子
徳利を持つ手がピンク古女房
いつ効くの美人の湯めぐり十年目
長風呂だたびたび呼ぶな生きてるぞ

▶▶▶山中温泉(加賀)、ごはん処「魚心」の外壁掲示から転載。こうしてみると、すぐれた川柳に作者名はいらないという意見がよくわかる。

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# by bashomeeting | 2016-09-03 08:51 | Comments(0)

この人の一首◆奥山酔朴『明日なき今日』渓声出版刊

  確かなる力を試し繰り返し水面蹴りつつ帰りゆく鳥
  満月を掌に載せ観覧車

▶▶本書は書名に冠して「歌文集」とある。短歌・俳句に加え、折々の文章を併せて一冊としたという意味であろう。東日本大震災は多くの人々の人生観を変えたというが、本書も全体にその色合いが読みとれる。平成28年8月20日、渓声出版刊行の迯水叢書第122篇。著者は青森県の人で関東在住。芭蕉会議やそこに至る二十年以上の歴史の証人の一人で、数々の力添えをいただいた。俳句を離れて短歌にしぼっていると聞いていたが、本書を見て俳句も作り続けていることがわかった。そこで、短歌に添えて俳句も一句紹介してみた。感傷的で、心余りて言葉足らぬところを個性とするが、その情の濃さを抑制しているものを選んだ。あまり逢う機会がなくなったので、僭越ながら目指して欲しい道筋を示したつもり。傲慢をおゆるし願いたい。

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# by bashomeeting | 2016-08-31 16:16 | Comments(0)

はじめての連句◆脇起こし「山中や」九句

はじめての連句◆脇起こし「山中や」九句

山中や菊はたおらぬ湯の匂ひ    芭蕉(秋)
縁側にある鈴虫の駕籠      いが(秋)
母と娘の持て余すほど月丸く    清秀(秋・月)
シャケのおにぎりハンペンの汁  文子(雑)
日記買ふ単身赴任二年目に    葉子(冬)
船の汽笛の霧に凍てゆく     康治(冬)
海猫が海猫を呼ぶ夕間暮れ    芳子(雑)
臑の入れ墨札付きの悪      某氏(雑)
恋したきころは戦争ばかりにて  海紅(恋)

▶▶二十一日から三泊四日で山中温泉に滞在。『おくのほそ道』のSchooling(集中講義)のためである。二日目に『おくのほそ道』の構造を考えるよすがとして、例年通りはじめての連句体験をしてもらった。掲出案はこれも例年通り、捌きの私が少々手を入れたもの。修正されるということも含めて、俳諧という文化を学んでもらった。機会があれば、参加者のみなさんに教えていただければ幸い。

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# by bashomeeting | 2016-08-29 12:36 | Comments(0)

終戦の日を三日過ぎて◆霊あらば親か妻子のもとに帰る靖国などにゐる筈はなし  市村 宏(『東遊』)

 今年の七月は三日間を費やして岩手の田老町(宮古)と宮城の女川町(牡鹿郡)を歩き、八月は四日間をかけて沖縄を廻りました。東日本大震災五年後の海と、それとは対照的な美ら海を見て来たことになります。

 沖縄の三日目は県立図書館が所蔵する山之口貘の文庫を見に出たのですが、その前に少し足を伸ばして糸満市に向かい「ひめゆりの塔」「平和祈念資料館」を廻りました。資料館の第6展示室で、戦後70年特別展「ひめゆり学徒隊の引率教師たち」がおこなわれていて震撼させられました。帰宅後に、すでに目録が出来ていることを知りましたので、詳細は別の機会に譲りたいと思いますが、ここでは師範学校や高等女学校の女学生の「疎開希望に対する教師たちの反応」についてのみ書き留めます。以下の二例を紹介するのは、最近も身の回りで似たような恫喝を聞いた気がするからです。この類の悪意はなかなか人間の身体から抜けないのだナと思うからです。とすれば、この七十年は何であったかとも思ったからです。

 ちなみに、今年の八月十五日は仕事で、終戦日らしい気分にひたることもなく過ごして、夜はめずらしい人に誘われて銷夏に出かけました。

▶▶昭和十九年十月十日、大空襲。学生疎開希望続出。学校当局の対応はまちまち。その中の代表的な二例は「自分たちの島を自分たちで守らないで誰が守るか」「官費(奨学金)を全額返済せよ。教員免許を与えない」というものであった。

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# by bashomeeting | 2016-08-18 09:56 | Comments(0)

姿情を求めて6◆当季雑詠・兼題・席題

 大学の国文学科という箱が壊れ、その中身が溶融しはじめて十六、七年になります。昨年のとある学会で、その前後の卒業生で国語教師をしている人をパネリストに招いて、シンポジウムをすることになり、年賀状をひっくり返して人選のお手伝いをしました。どうやら私は、その作業にふさわしいくらい高齢の教員になっていたようです。

 七月二十四日(日)、そのパネリストのH氏とその同級のY女史が奔走して、中世近世文学研究会+国文学科研究会句会なるものがおこなわれました。出席者は二十数年振りの卒業生十八人ほど。仲間にすでに故人もいて、彼らを偲ぼうと静岡から駆けつける友人や、子連れで参加する人もいて、私はジグソーパズルをするような戸惑いを覚えましたが、次第に昔がよみがえって、十九時過ぎの懇親会を含めて教師冥利につきる時間を得られました。もちろん、彼らが引率した小学生から中学生まで四、五名も投句。会場は江戸開府と同時にできた泰昭山寿仙院(日蓮宗。西浅草3)でした。御住職にあいさつして、旧戦地ガダルカナル島などに眠る遺骨収拾を率先する方であると知り、頭が下がりました。

 句会は当季雑詠・兼題・席題の三種が提案されました。当季雑詠はそのその日、その季節に接した季節の詞を通してわき起こる心を詠むもので、私は雷門から仲見世を抜けて浅草寺や淡島堂をめぐって句を作りました。外国人観光客に圧倒され、今は亡き恩師たちと廻った昭和を懐かしみました。兼題は事前に示された宿題で、今回は紫陽花・鰻・大暑・夏の海・サングラス・石・旗・大学・寺・浅草が示されました。私は大学と石を選びました。席題は当日席上で出されるテーマで、今回は私が出題者。浅草に向かう車中で香水と決め、再会した寺の庭で披露しました。小学生・中学生がこの即興を求められる難題に挑戦してくれたのには驚きました。「俳諧は三尺の童にさせよ」(三冊子・赤)ということでしょうか。以下の拙句は、こうした一日がどのような句を生み出すのかという教材です。必ずしも佳句ということではありませんので、念のため。

◆当季雑詠
そのころの羅宇屋いで来よ夏柳
風鈴や仲見世二三割高し
寺涼し十四五人の靴並び

◆兼題(大学・石)
大学が同じえにしや湯帷子
石抱いてまだ蟷螂の鎌細く

◆席題(香水)
香水にひとへ瞼に覚えあり

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# by bashomeeting | 2016-07-26 05:40 | Comments(3)

姿情を求めて5◆歳時記の歳時とは

 歳時記の歳時とは歳象・時事という二つのことばの合成です。歳象は春夏秋冬の、それぞれその季節らしい景色(風光)で、時事は春夏秋冬の、それぞれその季節らしい人間の生活(人事)です。つまり歳時記は「暮らしの手帳」「生活便利帳」の仲間であり、けっして名句集ではありません。「俳句歳時記」というふうに「俳句」という言葉が冠されても、その事情にあまり変わりはないので注意しましょう。わたしが、歳時記より『古今和歌集』を読む方が心豊かになれるときがあるという理由の一つです。

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# by bashomeeting | 2016-07-18 03:56 | Comments(0)

姿情を求めて4◆歳時記と季寄せ

 歳時記と季寄せ。歴史的には細かな違いがありますが、現代では両者ともに季語の四季分類集を意味します。同じ性格の書物とみてよいでしょう。ただし、内容としては見出し語の数や解説、例歌・例句の有無や多寡において歳時記がしばしば詳細であるのに対し、季寄せは比較的簡略ということはいえます。この繁簡という相互関係は歳時記同士にも、季寄せ同士にもあります。詳細なものも、簡略なものもあることは歳時記同士、季寄せ同士の中にもあるということです。

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# by bashomeeting | 2016-07-18 02:50 | Comments(0)

姿情を求めて3◆○○らしさの創造

 つまり、句を詠むとは〈言葉で現実を美しく切りとること〉なのです。そのためには〈自分という存在を受け入れるこころ〉を養うことが不可欠です。〈私という現実を認めてあげること〉なのです。私たちは毎日ささやかな喜怒哀楽を繰り返して暮らしていますが、自分や周囲に対して不平不満を抱いているうちは〈美しい現実〉や〈魅力ある自分〉が現前することはないでしょう。兼題の金魚や螢袋を凝視して、眼前にない場合は記憶の糸を手繰り寄せて、〈金魚の金魚らしさ〉〈螢袋の螢袋らしさ〉を言葉に紡いでみてはいかがでしょうか。それができれば、作品そのものがUターンして自分の暮らしを美しく彩ってくれるはずです。

身を隠す術なき金魚掬はるる  岡本美恵子
隣りあふ螢袋をふたつもぐ      海紅

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# by bashomeeting | 2016-05-24 10:48 | Comments(0)

姿情を求めて2◆季寄せ

 「題目を」詠むにしろ、「題目で」詠むにしろ、天然の変(自然の出来事)と誠実に向き合うには「四季のことば」を知る必要があります、この集成を「季寄せ」と言います。「俳諧歳時記」もその仲間です。

 人間が「天然の変」をどのように感じてきたかを知るために、これをぜひ用意してください。なお、五月締め切りの兼題(金魚・螢袋)は和歌の時代までさかのぼれる言葉ではありませんが、「季寄せ」を求める際はぜひ和歌の用例から説き起こしているものを選びましょう。納得できるものがない場合は、『古今和歌集』『新古今和歌集』の類を座右に置きましょう。言葉に歴史が与えてきた美学(言葉で現実を美しく切りとるこころ)を持たないと、作品に共鳴することはできないからです。共鳴できない以上、他人に共鳴してもらえる作品を作ることは無理でしょう。逆に、例句はむしろ読まないことをすすめます。 

 ちなみに、前回のB句は「貧乏」を、D句は「流人墓(のあわれ)」を詠んだものでしょう。

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# by bashomeeting | 2016-05-10 09:57 | Comments(0)

姿情を求めて1◆題詠

 五月末締め切りの「わくわく題詠鳩の会」兼題は金魚と螢袋(釣鐘草)です(芭蕉会議サイト参照)。この二題を材料に、まず題詠について書いておきます。
 題詠は文字通り、出題された「題目を」主題として表現する、または「題目で」○○を表現することです。後者の場合は○○が主題になります。

A雨晴れてちりぢりにある金魚かな  高野素十
B貧乏を映して久し金魚玉      吉原朱雀
C思ひきりふくらむ螢袋かな     安田蚊杖
D流人墓ほたるぶくろは白ばかり   神蔵 器  

 A・Cは「題目を」詠んだもの、B・Dは「題目で」詠んだものです。しかし、そのどちらも天然(自然)の変(出来事)と誠実に向き合っている点で共通しています。試みにB・Dの主題はなにか考えてみましょう。

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# by bashomeeting | 2016-04-26 04:39 | Comments(0)

坐骨神経痛観察2◆痛みは届かない

 身体の中で坐骨神経痛がわがもの顔に振る舞い初めて九ヶ月になる。これがために仕事は滞り、不義理を重ねて、合わせる顔がない人もいる。痛みは他人に届かないから、いきおい社会との交流も減り、避けがたい仕事では虚勢を張ってときどき後悔する。
 仲春にT君からメールが来て「海紅山房日誌が元旦のままなので、少し心配していた」とある。先便に対するボクの返信に「痛みの推移」「整形外科の限界」などと書いたりしたものだから心配をかけたらしい。
 三月某日、「桜には一週間ほど早いけれど」と言ってT君が来山、ひさしぶりに四五時間話し込んだ。そして、ボクの痛みの経緯を聞いたT君の診断は「……そんなに重い症状とは想像しなかった」「……しかしセンセイは幸運です。世間の多くは確証のない施療に二年も三年も費やして、それでも頼れるものに出合えていない。いま聞いた話を書き残して、痛みで困っている人の参考にしてもらうべきだ」というものだった。サプリメントの専門家らしい強い口調だった。
 海紅山房日誌は、著名人の自己主張やタレントの自己顕示欲とは無縁で、事実の公表を目的にしていないけれど、時間をみつけて再開しようかと思った。「坐骨庵日記1◆星に祈りを」(2015年 10月 23日)の名を「坐骨神経痛観察」と修正して、以後気ままに綴ることにする。

   ひととせを蜷の道とも顧みし      海 紅

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# by bashomeeting | 2016-04-25 07:30 | Comments(0)