備忘◆芭蕉翁三百十八年忌 時雨会
昨年の11月12日(日)、広瀬惟然を研究するK君と「芭蕉翁三百十八年忌 時雨会」(大津、義仲寺)に参列した。念願の風羅念仏(惟然作)を拝することができた。伝承する沢木美子さんにも、まことに久しぶりにお目にかかることができた。備忘のために次第を書き留める。
芭蕉翁三百十八年忌時雨会
1,奉告祭 木曽八幡社
2,如意奏上 翁堂
3,朝日堂の儀
・献花献茶 大津市華道協会
・読経焼香 無量光寺小川龍蔵師
・献句奉詠 吉岡健次
4,挨拶 谷崎昭男庵主
5,風羅念仏踊り 馬場町保存会
浄 斎
6,追善俳句会 無名庵
芭蕉翁三百十八年忌時雨会
1,奉告祭 木曽八幡社
2,如意奏上 翁堂
3,朝日堂の儀
・献花献茶 大津市華道協会
・読経焼香 無量光寺小川龍蔵師
・献句奉詠 吉岡健次
4,挨拶 谷崎昭男庵主
5,風羅念仏踊り 馬場町保存会
浄 斎
6,追善俳句会 無名庵
年頭に考えた◆Not jump on the bandwagon
勝ち馬に乗らず
粗食を好み
貧乏籤をひきながら……
選挙があるようなら
いままでと同じく
当選しそうにない候補に
一票
粗食を好み
貧乏籤をひきながら……
選挙があるようなら
いままでと同じく
当選しそうにない候補に
一票
私意を捨てるとは抽象化すること
サルジ 「私意を捨てよ」とは…。
ミノー またかい。
サルジ ひとりよがりを直すということらしいが…。
ミノー 何事も私意から始まるのだが…。
サルジ それを捨てたら、何も残らない。
ミノー 残るさ。
サルジ どうすれば?
ミノー 抽象化するのさ。
サルジ ピカソのようにか?
ミノー 違う!では一般化と言いかえよう。
サルジ 抽象化と一般化は別物だろう。
ミノー 同じことさ。
サルジ ………。
ミノー 私意とは混沌である。表現は、もつれたその糸をほぐすことに始まるが、ほぐしきれた時に初めて読者を獲得する。自分が何を考えていたのか、ようやく判然とする。その情況を抽象化といい、一般化というのさ。
ミノー またかい。
サルジ ひとりよがりを直すということらしいが…。
ミノー 何事も私意から始まるのだが…。
サルジ それを捨てたら、何も残らない。
ミノー 残るさ。
サルジ どうすれば?
ミノー 抽象化するのさ。
サルジ ピカソのようにか?
ミノー 違う!では一般化と言いかえよう。
サルジ 抽象化と一般化は別物だろう。
ミノー 同じことさ。
サルジ ………。
ミノー 私意とは混沌である。表現は、もつれたその糸をほぐすことに始まるが、ほぐしきれた時に初めて読者を獲得する。自分が何を考えていたのか、ようやく判然とする。その情況を抽象化といい、一般化というのさ。
俳句と連句◆俳句ができないうちは連句も上達しない
「連句をやると、俳句が下手になる」という言葉は、俳人から聞かされるばかりか、書物の中でも読んだ。しかし、その判断の出所がわからない。誰かに教えて欲しいことのひとつである。
長い間俳諧に関わってきた私見であるが、連句をたしなむことが俳句を下手にするというのは言い掛かりに過ぎない。ただし、しっかりした俳句(発句)を詠めない人は、連句(付句)においても、よいものはできない。これは言えるように思う。
水仙の花みな揺れて運ばるゝ 三宅みず
長い間俳諧に関わってきた私見であるが、連句をたしなむことが俳句を下手にするというのは言い掛かりに過ぎない。ただし、しっかりした俳句(発句)を詠めない人は、連句(付句)においても、よいものはできない。これは言えるように思う。
水仙の花みな揺れて運ばるゝ 三宅みず
お餅が黴びる理由
木久扇 師匠、お餅ってどうして黴びるんですかね。
正蔵 バカヤロゥー、早く喰わねえからだ。
正蔵 バカヤロゥー、早く喰わねえからだ。
あり得ない出頭したのにことわられ
過日の笑点(日本テレビ)における、円楽の狂句のひとつである。芭蕉は怒るだろうが、近世俳諧の前句付の一面がこんなふうに残っているのも貴重な事柄のひとつではある。
廻廊の尽きたるところ寒牡丹 菊山享女
廻廊の尽きたるところ寒牡丹 菊山享女
古今亭菊之丞
二十一日(土)は神楽坂の志満金で無花果会の初句会だった。座談で落語が話題になり、ボクは志ん朝の早すぎる死を惜しんだ。談志も惜しまれるが、できれば志ん朝の古典を受け継ぐ高座を聞きたいというと、A女史が言った。
…古今亭菊之丞を聴きなさい。
仏飯を山の鴉へ寒施行 山口笙堂
…古今亭菊之丞を聴きなさい。
仏飯を山の鴉へ寒施行 山口笙堂
漁村の匂い◆いちご煮というものを食べた
いちご煮という吸いものを食した。昨年九月に、日本心理学会のワークショップでお目にかかったSさんがくれたものだ。冬場の方がおいしい気がして、今までお預けになっていた。
Sさんが住む八戸あたりの漁村で、スモグリで得たウニやアワビやホタテを海水で煮込んで食べたのがその起源という。たしかに海水の香りがした。いちご煮という名は、乳白色の汁に盛り付けたウニの景色を、朝靄に見える野いちごに見立てたものだという。
海の匂いをかぎながら、震災の町を思った。奥の細道を思った。
寒の海あをあをと温泉に海女あふれ 出羽里石
Sさんが住む八戸あたりの漁村で、スモグリで得たウニやアワビやホタテを海水で煮込んで食べたのがその起源という。たしかに海水の香りがした。いちご煮という名は、乳白色の汁に盛り付けたウニの景色を、朝靄に見える野いちごに見立てたものだという。
海の匂いをかぎながら、震災の町を思った。奥の細道を思った。
寒の海あをあをと温泉に海女あふれ 出羽里石
Yさんの結婚を祝す
Yさんの結婚をお祝いする時間が、ようやくできた。
二人とは始まりの数初鏡 海紅
二人とは始まりの数初鏡 海紅
はじめての連句―古典文学文化演習ⅡⅢ23
「卒業の」表六句
卒業の近き十八人集ふ 海紅
桜舞ひこむ談笑の中 梓帆里
春の雲だんだんうさぎに見えて来て 一矢
風切ってゆく広い公園 元太
人の世を逃げて狸の月仰ぐ 直樹
秋風ぞ吹く原発の町 侑太
平成二十四年一月十九日了 於古典文学文化演習ⅡⅢ 海紅捌
連衆 川邉梓帆里・石田一矢・牧野元太・山本直樹・後藤侑太ほか全履修者。
卒業の近き十八人集ふ 海紅
桜舞ひこむ談笑の中 梓帆里
春の雲だんだんうさぎに見えて来て 一矢
風切ってゆく広い公園 元太
人の世を逃げて狸の月仰ぐ 直樹
秋風ぞ吹く原発の町 侑太
平成二十四年一月十九日了 於古典文学文化演習ⅡⅢ 海紅捌
連衆 川邉梓帆里・石田一矢・牧野元太・山本直樹・後藤侑太ほか全履修者。
はじめての連句―基礎演習23
「夕闇や」十句
夕闇や焚火を囲む友の花 洋平
あられ降りつつ時の過ぎゆく 翔一
ぴゅうぴゅうと北風はただぴゅうぴゅうと 裕太
乾いてさけた赤いくちびる 香穂
月明かり白い歯みせて微笑んで 瞳
紅葉一枚残る階段 拓
鈴虫と電話の声が重なりぬ 早紀
揺れる茶柱倒さぬように 鍛
団子屋に寄って意中の人に遭う 沙樹
レモンのようなキスという嘘 執筆
平成二十四年一月十七日了 於基礎演習 海紅捌
連衆 今宮洋平・加藤翔一・松橋裕太・前田香穂・佐野瞳・小田切拓・新鍋早紀・氏浦鍛・松本沙樹ほか全受講者
夕闇や焚火を囲む友の花 洋平
あられ降りつつ時の過ぎゆく 翔一
ぴゅうぴゅうと北風はただぴゅうぴゅうと 裕太
乾いてさけた赤いくちびる 香穂
月明かり白い歯みせて微笑んで 瞳
紅葉一枚残る階段 拓
鈴虫と電話の声が重なりぬ 早紀
揺れる茶柱倒さぬように 鍛
団子屋に寄って意中の人に遭う 沙樹
レモンのようなキスという嘘 執筆
平成二十四年一月十七日了 於基礎演習 海紅捌
連衆 今宮洋平・加藤翔一・松橋裕太・前田香穂・佐野瞳・小田切拓・新鍋早紀・氏浦鍛・松本沙樹ほか全受講者
私意を離れる
サルジ 土芳の『三冊子』に残る名言〈私意をはなれよ〉は、芭蕉の言葉なのか?
ミノー その言葉を導く〈松の事は松に習へ、竹の事は竹に習へ…〉というロジックと類似のもの読んだことがある。
サルジ どこで?
ミノー 一遍上人伝の中だ。
サルジ 時宗の教えを真似たわけか。
ミノー 断定はできない。ほかの宗派の教えにもあるかも……。
サルジ 芭蕉の言葉には、たしかに仏道との接点が多い。
ミノー 求道の人だから。
サルジ 「風雅三等の文」だね。
ミノー そう。〈これ(俳諧)より、実の道(仏道)にも入るべき器……〉と書いている。
サルジ 〈和歌・仏道、まったく二なし〉(正徹物語)と同じだね。
ミノー 俳諧もさすがに和歌の一体(天水抄・去来抄)というわけさ。
サルジ ところで、あらためて聞くが、なぜ私意を捨てなきゃならないのだ?
ミノー 私意とは我執。
サルジ その我執もわからない。
ミノー 自我(ego)だよ。
サルジ だから?
ミノー ひとりよがりは詩になじまないのさ。
ミノー その言葉を導く〈松の事は松に習へ、竹の事は竹に習へ…〉というロジックと類似のもの読んだことがある。
サルジ どこで?
ミノー 一遍上人伝の中だ。
サルジ 時宗の教えを真似たわけか。
ミノー 断定はできない。ほかの宗派の教えにもあるかも……。
サルジ 芭蕉の言葉には、たしかに仏道との接点が多い。
ミノー 求道の人だから。
サルジ 「風雅三等の文」だね。
ミノー そう。〈これ(俳諧)より、実の道(仏道)にも入るべき器……〉と書いている。
サルジ 〈和歌・仏道、まったく二なし〉(正徹物語)と同じだね。
ミノー 俳諧もさすがに和歌の一体(天水抄・去来抄)というわけさ。
サルジ ところで、あらためて聞くが、なぜ私意を捨てなきゃならないのだ?
ミノー 私意とは我執。
サルジ その我執もわからない。
ミノー 自我(ego)だよ。
サルジ だから?
ミノー ひとりよがりは詩になじまないのさ。
心の迎春◆小津安二郎『東京暮色』
少し身体の無理をして新年を迎えたせいか、いつまでも心の新年がやってこない。そこで、あくせく仕事をしようと力んでも始まらないと腹をくくり、歳末にツタヤから借りていた小津安二郎の映画『東京暮色』(昭32年 松竹)を見ることにした(ビデオを借りるのはこれで二度目。初回も小津であった)。見終わって、ようやく心の元旦が来た気分である。若いころの山田五十鈴は自然な演技ができたのだという発見もあった。「金鳳堂眼鏡店」という看板が何度も映っておもしろかった。実在するこの店の創業は、たしか相当に古いのではなかろうか。
そして、このごろはどうして人を殺す映画ばかりが作られるのだろうと思った。
そして、このごろはどうして人を殺す映画ばかりが作られるのだろうと思った。
あやうい人間
……人間は危うい生きものだね。
とMは言った。四年ぶりの再会のあいさつは、ほかならぬ原子力発電とその事故のこと。
……私も〈跡始末のできないことをしてはならぬ〉と書いたことがある。
ボクが答えた。
……「ちちをかえせ/ははをかえせ/としよりをかえせ/こどもをかえせ」という詩を生んだ国だぜ。
とMがボクを悲しい目でみつめる。
……「わたしをかえせ/わたしにつながる/にんげんをかえせ/にんげんの/にんげんのよのあるかぎり/くずれぬへいわを/へいわをかえせ」か。
とボクが続けた。峠三吉『原爆詩集』の序である。
原子爆弾で終止符を打たされた国であるにもかかわらず、戦後の豊かさと引き替えに、跡始末の方法を持たぬまま原子力発電を受け入れてきた。その浅い思考と手続きの未熟さが、東日本大震災に伴う事故をまねいた。つまりボクらは、三吉の言う「わたし」「にんげん」「へいわ」を描ききれていなかったわけだ。
死の灰は見えない。見えないことを不幸と思うし、ときに幸いとも思う。名状しがたい人の世のあわれ。スイッチを持つ者をきちんと育てねばならぬ。
とMは言った。四年ぶりの再会のあいさつは、ほかならぬ原子力発電とその事故のこと。
……私も〈跡始末のできないことをしてはならぬ〉と書いたことがある。
ボクが答えた。
……「ちちをかえせ/ははをかえせ/としよりをかえせ/こどもをかえせ」という詩を生んだ国だぜ。
とMがボクを悲しい目でみつめる。
……「わたしをかえせ/わたしにつながる/にんげんをかえせ/にんげんの/にんげんのよのあるかぎり/くずれぬへいわを/へいわをかえせ」か。
とボクが続けた。峠三吉『原爆詩集』の序である。
原子爆弾で終止符を打たされた国であるにもかかわらず、戦後の豊かさと引き替えに、跡始末の方法を持たぬまま原子力発電を受け入れてきた。その浅い思考と手続きの未熟さが、東日本大震災に伴う事故をまねいた。つまりボクらは、三吉の言う「わたし」「にんげん」「へいわ」を描ききれていなかったわけだ。
死の灰は見えない。見えないことを不幸と思うし、ときに幸いとも思う。名状しがたい人の世のあわれ。スイッチを持つ者をきちんと育てねばならぬ。
あけましておめでとうございます
あけましておめでとうございます。
平成二十四年鶏旦
生国を尋ねられたる手毬唄 海 紅
平成二十四年鶏旦
生国を尋ねられたる手毬唄 海 紅
ひらいみもさんのホームページ
サルジ Mさんに会ったんだって?
ミノ- だれに聞いた?
サルジ ゆうべ、寝言でしゃべっていたよ。
ミノー うかうか、寝られやしない。
サルジ なにか、いいことでもあったのか?
ミノー 寝言で聞いたんだろう?
サルジ そこはよく聞き取れなかった。
ミノー ひらいみもさんのホームページを教わったよ。
サルジ 「懐かしくも美しい、日本の俳句」のさし絵画家か。
ミノー イラストレーターってんだよ。
サルジ それは収穫だ。
ミノー みんな知りたがっていたからな。
サルジ どうすりゃ見られる?
ミノー 「mimo-G」って入力すれば出る。
サルジ 爺さんか?
ミノー あんな絵を描く人が男なわけない。
サルジ それもそうだ。
ミノー そこの湯呑みをとってくれ。
サルジ ああ。
ミノー ……………。
サルジ 薬をお茶で呑むヤツがいるか。
ミノー ……………。
ミノ- だれに聞いた?
サルジ ゆうべ、寝言でしゃべっていたよ。
ミノー うかうか、寝られやしない。
サルジ なにか、いいことでもあったのか?
ミノー 寝言で聞いたんだろう?
サルジ そこはよく聞き取れなかった。
ミノー ひらいみもさんのホームページを教わったよ。
サルジ 「懐かしくも美しい、日本の俳句」のさし絵画家か。
ミノー イラストレーターってんだよ。
サルジ それは収穫だ。
ミノー みんな知りたがっていたからな。
サルジ どうすりゃ見られる?
ミノー 「mimo-G」って入力すれば出る。
サルジ 爺さんか?
ミノー あんな絵を描く人が男なわけない。
サルジ それもそうだ。
ミノー そこの湯呑みをとってくれ。
サルジ ああ。
ミノー ……………。
サルジ 薬をお茶で呑むヤツがいるか。
ミノー ……………。
流星を秋の季題としたのは近代のさかしら
十二月十四日の流れ星
ボクは三つをみて
三つ祈って
眠った
この夜はふたご座流星群の極大日だつたそうナ
一瞬は美しきもの流れ星 中川久里子
流星を秋の季題としたのは近代のさかしらだろう。
ボクは三つをみて
三つ祈って
眠った
この夜はふたご座流星群の極大日だつたそうナ
一瞬は美しきもの流れ星 中川久里子
流星を秋の季題としたのは近代のさかしらだろう。
初雪
けさはつゆき
ドウダンツツジの紅葉がふたたびかがやく
感句
左手で冷たき右手あたゝむる 高柳草舵
ドウダンツツジの紅葉がふたたびかがやく
感句
左手で冷たき右手あたゝむる 高柳草舵
わだつみのこえ記念館
永野仁先生から手紙が来た。内容は「わだつみのこえ記念館 開館5周年特別企画展」の「中国との戦争と戦没学生」を学生に紹介してほしいというものだった。しかし、会期を見ると十一月四日(金)までで、あと二日の余裕しかなく、大学祭であるために学生に紹介する時間もなかった。残念。
〔わだつみのこえ記念館〕わだつみ会(日本戦没学生記念会)運営の記念館。開館日:月水金のみ開館/開館時間:1:30PM-4:00PM/入館無料。太平洋戦争の学徒出陣による戦没学生の遺稿等の資料を展示する。日本戦没学生記念会は反戦運動団体で、昭和二十四年(一九四九)、戦没学生の遺書を集めた『きけ わだつみのこえ』出版を機に結成。〒113-0033 東京都文京区本郷5丁目29-13赤門アビタシオン1階(東大教育学部向かい)/ Tel/Fax:03-3815-8571/E-mail:info@wadatsuminokoe.org/HP:http://www.wadatsuminokoe.org/
〔わだつみのこえ記念館〕わだつみ会(日本戦没学生記念会)運営の記念館。開館日:月水金のみ開館/開館時間:1:30PM-4:00PM/入館無料。太平洋戦争の学徒出陣による戦没学生の遺稿等の資料を展示する。日本戦没学生記念会は反戦運動団体で、昭和二十四年(一九四九)、戦没学生の遺書を集めた『きけ わだつみのこえ』出版を機に結成。〒113-0033 東京都文京区本郷5丁目29-13赤門アビタシオン1階(東大教育学部向かい)/ Tel/Fax:03-3815-8571/E-mail:info@wadatsuminokoe.org/HP:http://www.wadatsuminokoe.org/
ちょっと二人旅
日本文学風土学会で講演を頼まれて、十月二十九日(土)に金沢へ出かけた。懇親の宴にすこし顔を出すように言われたので、三十分ほど同席。
その後は自由にさせてもらって、もう一人のボクと二人旅をした。卯辰山で食事をし、城址や兼六園に遊び、東茶屋街を歩き、金沢港に足を伸ばして帰途についた。金沢には鈴木大拙館ができたということであったがバスで素通り。『おくのほそ道』も鏡花も犀星ともかかわらない、夢のような金沢であった。
その後は自由にさせてもらって、もう一人のボクと二人旅をした。卯辰山で食事をし、城址や兼六園に遊び、東茶屋街を歩き、金沢港に足を伸ばして帰途についた。金沢には鈴木大拙館ができたということであったがバスで素通り。『おくのほそ道』も鏡花も犀星ともかかわらない、夢のような金沢であった。
白鳥春彦編訳『超訳 ニーチェの言葉』ディスカヴァートゥエンティワン 平12.1刊
白鳥春彦編訳『超訳 ニーチェの言葉』はまだ売れ続けているだろうか。刊行直後の提灯記事を読んで飛びつきそうになったが、そういう貪欲な自分がイヤで、まだ読んでいない。飛びつきそうになった理由は、とっさに、ニーチェの基本概念であるニヒリズムと芭蕉の人生哲学が似ている気がしたからだ。つまり、芭蕉はそれまで当然のごとく思われてきた和歌伝統や中世の無常観にとっぷりと浸かったのちに、それらの価値体系を毀した人であったように思うのだ。毀したのちの芭蕉にシニシズム(冷笑主義)やヘドニズム(刹那的快楽主義)という悲観はなく、むしろ現世を肯定する諦観があるのだが、伝統という高い価値を崩壊させた点でニヒリズムの人ではなかったか。
なお告白すれば、むかし難解ゆえに放置した『権力への意思』『ツァラトゥストラはかく語りき』や『この人を見よ』に対する劣等意識を克服しなければいけないと思い直したのかもしれない。だって、刊行後すぐに、〈きわめてわかりやすい〉と評判になっらから。しかし、これはすでに〈ニーチェ〉ではないと暴露しているようで、「超訳」の語にはどこかなじめない。
なお告白すれば、むかし難解ゆえに放置した『権力への意思』『ツァラトゥストラはかく語りき』や『この人を見よ』に対する劣等意識を克服しなければいけないと思い直したのかもしれない。だって、刊行後すぐに、〈きわめてわかりやすい〉と評判になっらから。しかし、これはすでに〈ニーチェ〉ではないと暴露しているようで、「超訳」の語にはどこかなじめない。
第14回「伝承話藝を聴く会」
十一月三日(木)、芭蕉会議でお世話をかけているN氏に久しぶりに会う。近況報告や、今後についての相談があったからだが、なかなかボクの方の時間がとれない。この日はたまたま大学祭の期間中で、文化の日であったことも幸いして再会が実現。N氏の招待で、第14回「伝承話藝を聴く会」(於深川江戸資料館、小劇場)で落ち合い、旅をテーマとする落語四題を聴いた。すなわち柳亭小燕枝「三人旅」「猫の災難」、桂藤兵衛「さんま火事」「蒟蒻問答」である。長屋の連中がたびたび煮え湯を呑まされている地主油屋に仕返しをする「さんま火事」は初めて聴いた。無住寺の坊主になる「蒟蒻問答」はなんど聴いてもおもしろい。
落語会が終わって、町はまだ日が残っていたので、海辺橋から門仲まで歩き、打合せを兼ねて夕食をした。ボクは最近金沢港で食べたガンド(イナダ・ハマチ)が旨かったというと、N氏は魚沼で食べた足の早いガスエビが絶品だったという。ガスエビをボクは食べたことがない。
落語会が終わって、町はまだ日が残っていたので、海辺橋から門仲まで歩き、打合せを兼ねて夕食をした。ボクは最近金沢港で食べたガンド(イナダ・ハマチ)が旨かったというと、N氏は魚沼で食べた足の早いガスエビが絶品だったという。ガスエビをボクは食べたことがない。
頭脳の初期化
数ヶ月ぶりに書斎の紙ゴミを整理した。次の仕事が、どこにどれほどあるか分からない状態なので、処分せざるをえない。これは、数ヶ月ぶりに、紙ゴミの振り分けができるほどの時間を捻出できた一日というふうにも言える。
捨てる紙ゴミから、東京新聞のコラム「筆洗」の切り抜きがヒラリと舞った。いつのものか記録がないが、読んだ直後は保存のつもりだったのだろう。そう思った過去に敬意を払って一読すると、内容は以下のように要約できる。
……ギリシャのイソップ寓話。留守中に、牛に赤ん坊を踏まれてしまったヒキガエルの母親の話。母親は自分の腹をふくらませて、その赤ん坊を踏んだ動物はこんなに大きかったかったかい、と尋ねる。子どもたちは母親に「やめてよ。それ以上ふくらませないで。あいつの大きさに近づく前に、母さんが破裂しちゃう」と制止する話。
そしてコラムは次のように結ぶ。〈生きとし生けるもの、それぞれの容量があるということ。どんなに豊富な水があっても、飲む者の体以上には飲めないのだ。情報の量と、それを飲み込む人間との間にも似たような関係があるだろう〉。
読み直して、切り抜いた当時の気持ちがよみがえった。ボクの机辺が、まさにこのヒキガエルの母状態。書斎にあるべき空間も時間も、すでに飽和段階に入って久しいのかもしれない。情報がいくらあっても、それを整理思考する時空が奪われていては意味がない。思考の欠片である紙ゴミなど、きれいさっぱり捨てるべき時期が来ているのかもしれない。頭脳の初期化をすべき時が来ている。
捨てる紙ゴミから、東京新聞のコラム「筆洗」の切り抜きがヒラリと舞った。いつのものか記録がないが、読んだ直後は保存のつもりだったのだろう。そう思った過去に敬意を払って一読すると、内容は以下のように要約できる。
……ギリシャのイソップ寓話。留守中に、牛に赤ん坊を踏まれてしまったヒキガエルの母親の話。母親は自分の腹をふくらませて、その赤ん坊を踏んだ動物はこんなに大きかったかったかい、と尋ねる。子どもたちは母親に「やめてよ。それ以上ふくらませないで。あいつの大きさに近づく前に、母さんが破裂しちゃう」と制止する話。
そしてコラムは次のように結ぶ。〈生きとし生けるもの、それぞれの容量があるということ。どんなに豊富な水があっても、飲む者の体以上には飲めないのだ。情報の量と、それを飲み込む人間との間にも似たような関係があるだろう〉。
読み直して、切り抜いた当時の気持ちがよみがえった。ボクの机辺が、まさにこのヒキガエルの母状態。書斎にあるべき空間も時間も、すでに飽和段階に入って久しいのかもしれない。情報がいくらあっても、それを整理思考する時空が奪われていては意味がない。思考の欠片である紙ゴミなど、きれいさっぱり捨てるべき時期が来ているのかもしれない。頭脳の初期化をすべき時が来ている。
来聴歓迎◆島内景二氏の講演:近世の源氏文化と詩歌
◆ 第六回芭蕉会議の集い
東日本大震災を、我が身の上の問題として考える時間を持ちたいという理由で延期していた、芭蕉会議の集いを下記の通りおこなうことにした。
今回は 歌人・国文学者で、文芸評論家としても御活躍の島内景二先生をお招きする。テーマは北村季吟を視軸に据えて、近世の源氏文化と詩歌についてお話しいただく。この集いは公開ですので、どうぞ、会員以外の方もお誘い合わせの上、御出席下さい。但し準備の都合上、事前に芭蕉会議事務局(info@basho.jp)までお申し込みを。
◆ 日 時 平成23年11月27日(日)、午後2時から5時
◆ 会 場 東洋大学白山校舎6号館3F(6301教室)
〒112-8606 東京都東京都白山5-28-20
◆交 通 地下鉄(三田線白山駅徒歩5分。南北線本駒込駅徒歩8分)。
都バス(山の手線、巣鴨駅前から浅草雷門行き7分、東洋大学前下車)。
◆ 第1部 講話と講演(14時から17時)
1,芭蕉の「軽み」という志向 谷地 快一(14:00~15:00)
(休 憩)
2,近世の源氏文化と詩歌 島内 景二(15:30~16:30)
◆ 第2部 懇親会(17時30分から19時30分)
会場:東洋大学白山校舎4号館 1階の「カフェ ステラ」(予定)
◆ 会 費 第1部 = 無料
懇親会 = 2,000円
※ 準備の都合上、出席のお申し出は事前にお願いします。
◆ 附 記 来聴歓迎。会員以外の方もお誘い下さり、有意義な時間をお過ごし下さい。
◆ 申 込 芭蕉会議事務局までメールにてお申し込み下さい。
芭蕉会議事務局
※必ず下記の必要事項を記入してください。※ 申し込み締め切り:11月20日
・名前
・第1部 出欠席
・第2部 (懇親会) 出欠席
東日本大震災を、我が身の上の問題として考える時間を持ちたいという理由で延期していた、芭蕉会議の集いを下記の通りおこなうことにした。
今回は 歌人・国文学者で、文芸評論家としても御活躍の島内景二先生をお招きする。テーマは北村季吟を視軸に据えて、近世の源氏文化と詩歌についてお話しいただく。この集いは公開ですので、どうぞ、会員以外の方もお誘い合わせの上、御出席下さい。但し準備の都合上、事前に芭蕉会議事務局(info@basho.jp)までお申し込みを。
◆ 日 時 平成23年11月27日(日)、午後2時から5時
◆ 会 場 東洋大学白山校舎6号館3F(6301教室)
〒112-8606 東京都東京都白山5-28-20
◆交 通 地下鉄(三田線白山駅徒歩5分。南北線本駒込駅徒歩8分)。
都バス(山の手線、巣鴨駅前から浅草雷門行き7分、東洋大学前下車)。
◆ 第1部 講話と講演(14時から17時)
1,芭蕉の「軽み」という志向 谷地 快一(14:00~15:00)
(休 憩)
2,近世の源氏文化と詩歌 島内 景二(15:30~16:30)
◆ 第2部 懇親会(17時30分から19時30分)
会場:東洋大学白山校舎4号館 1階の「カフェ ステラ」(予定)
◆ 会 費 第1部 = 無料
懇親会 = 2,000円
※ 準備の都合上、出席のお申し出は事前にお願いします。
◆ 附 記 来聴歓迎。会員以外の方もお誘い下さり、有意義な時間をお過ごし下さい。
◆ 申 込 芭蕉会議事務局までメールにてお申し込み下さい。
芭蕉会議事務局
※必ず下記の必要事項を記入してください。※ 申し込み締め切り:11月20日
・名前
・第1部 出欠席
・第2部 (懇親会) 出欠席
ジネンとシゼン◆あるがままという思想
あるがままとは思想である。ジネンを受け入れる覚悟であって、写生のことではない。いや、写生のこととしてもよいのだが、その場合の写生とは方法ではなく、思想である。
ジネンとシゼン◆あるがまま即かるみ
三十一音(和歌)の上の句が分かれて十七音の詩をめざしたとき、和歌における知的遊戯であった修辞法は捨てられた。「あるがまま」という理念を掲げて、和歌で詠めないものも俳諧では詠めると説いた芭蕉にとって、和歌の修辞法(ことば遊び)は「あるがまま(かるみ)」追求の邪魔であった。
ジネンとシゼン◆「自然の真と文芸上の真」という誤謬
詩とはMetaphor(隠喩)のことである。
ジネンとシゼン◆芭蕉の場合
他分野の学会に呼ばれたり、論文を読む会で近代俳句の発表を聞いたりしていて、おおかたの人とボクとの間にある深い溝は、自然観の相違に起因するのだといつも思う。それを忘れないために、まず芭蕉のことばを書きとめておこう。この場合はジネンである。
自然 注曰従天謂道 従道謂自然矣 東野芭蕉桑門
〔書誌〕これは芭蕉翁記念館(伊賀市)が所蔵する芭蕉自筆一行物の全体である。
自然 注曰従天謂道 従道謂自然矣 東野芭蕉桑門
〔書誌〕これは芭蕉翁記念館(伊賀市)が所蔵する芭蕉自筆一行物の全体である。
平井呈一と「うさぎや」
例の俳文学会の折に、W大大学院のOさんが「この店の名前を見せたいだけの理由で、買って来ちゃった」と言って、阿佐ヶ谷の「うさぎや」という和菓子屋のどら焼きをくれた。この日に「平井呈一」に関する瓜生鐵二さんの研究発表があって、「うさぎや」はその平井ゆかりの店らしいのだが、会場校として右往左往していて瓜生さんの発表をしっかり聞いていなかったので、恥ずかしながら確かなことはまだわからない。分からないのに、どら焼きだけは家族とすぐに食べてしまった。「生ものですのでお早めにお召し上がりください」というシールが貼ってあったからだ。
〔平井 呈一〕明治35年(1902)~昭和551年(1976)。翻訳家・編集者・俳人。神奈川県平塚で生まれ、東京日本橋の養家で育つ。早稲田大学文学部英米文学科中退。俳句は河東碧梧桐門。永井荷風と佐藤春夫に師事し翻訳家となるも、荷風の好色小説『四畳半襖の下張』原稿を持ち出して筆写し回覧させるなどの行為によって師弟関係破局(『断腸亭日乗』・短篇「来訪者」)。翻訳は小泉八雲の全訳や海外怪奇作品が多い。弟子に紀田順一郎・荒俣宏・由良君美など。
〔うさぎや〕東京都台東区上野(当時)にあった和菓子屋で平井呈一親戚(実家)という。
〔平井 呈一〕明治35年(1902)~昭和551年(1976)。翻訳家・編集者・俳人。神奈川県平塚で生まれ、東京日本橋の養家で育つ。早稲田大学文学部英米文学科中退。俳句は河東碧梧桐門。永井荷風と佐藤春夫に師事し翻訳家となるも、荷風の好色小説『四畳半襖の下張』原稿を持ち出して筆写し回覧させるなどの行為によって師弟関係破局(『断腸亭日乗』・短篇「来訪者」)。翻訳は小泉八雲の全訳や海外怪奇作品が多い。弟子に紀田順一郎・荒俣宏・由良君美など。
〔うさぎや〕東京都台東区上野(当時)にあった和菓子屋で平井呈一親戚(実家)という。
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