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lecture:見立て◆葛の葉のうらみ顔なる細雨哉 蕪村

前書に「葛の棚葉しげく軒端を覆ひければ、昼さへいとくらきに」とある(句集510)。〈葛棚の葛の葉が軒先に生い茂って、昼間でさえ暗いものだから〉という意。句意は〈葛の葉に恨めしげな顔をさせている小雨だこと〉でよいだろう。葛の葉は風に吹かれて葉裏を見せるのが常だが、雨のせいでそれができずにいるというのだ(うらみ=裏見・恨み)。「葛の葉」は自分の隠喩(作者の見立て)。連想範囲に葛の葉伝説(説経節「信太妻」、竹田出雲「蘆屋道満大内鑑」)。

初五中七の「葛の葉のうらみ顔」は古歌に常套的な(ありふれた)表現。「秋風の吹きうらがへす葛の葉のうらみてもなほうらめしきかな」(平貞文・古今・恋)、「秋風はすごく吹けども葛の葉の恨みがほには見えじとぞ思ふ」(和泉式部・新古今・雑歌)の一部に一致。

▶▶▶『新古今』によれば、和泉式部の歌が生まれる事情は次のようである。夫道貞は式部を捨てて他の女性に走った。まもなく、その式部に敦道親王が言い寄る。その噂を聞いた赤染衛門が「うつろはでしばし信太の杜を見よ返りもぞする葛の裏風」という歌を詠んで式部に忠告。その返しが「秋風はすごく吹けども・・・」という歌である。

▶▶▶和泉式部と赤染衛門との応酬をかみ砕くと次のようである。赤染衛門〈敦道親王に心変わりせず、しばらく様子を見たらどうかしらん。また道貞があなたのもとに戻ってくるかもしれないじゃないの。その時、あなたの心が親王に移っていたら困るんじゃないの〉。和泉式部〈ありがとう。夫にはつくづく飽きられてしまったものだと思うけれど、それを私が恨んでいるとは見られまいと思いますよ〉。道貞と和泉式部とはすでに冷えきっていたことになる。これは平安朝によくあるタワレのひとつで、それなりに面白い人生模様だが、蕪村句がこれを踏む(よりどころにする、のっとる)というのは誤読。
by bashomeeting | 2013-10-03 12:50 | Comments(0)

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