海紅山房日誌

kaicoh.exblog.jp
ブログトップ
この人の一句◆中崎良子句集『青水無月』たかんな発行所

薄氷の何か言ひたき泡ひとつ
夕焼に窓開け放つ保育園
群衆のずんと揺れたる大花火
一人居の丸ごと囓る林檎かな
たましひのゆつくりほどけ日向ぼこ

▶▶中崎良子句集『青水無月』〈たかんな叢書44〉(2018.11.15、たかんな発行所)をいただいた。冒頭に「一句鑑賞」として藤木倶子氏の句評を掲げ、全5章の編年体編集。吉田千嘉子跋と作者のあとがきを添える。総句数333句。中崎氏は俳人協会会員。八戸市根城に発行所を持つ俳誌『たかんな』は藤木倶子氏の後を継いで、現在吉田千嘉子主宰。

[PR]
# by bashomeeting | 2018-12-16 14:58 | Comments(0)
 卒業生のKさんから、山本美香(写真と文)『これから戦場に向かいます』(ポプラ社、平28)が送られて来た。ボクの定年退職が近いことを知って、その慰労を用件とする手紙だが、それに添えられた一書である。Kさんの弟君の企画編集に成る。
 TVに加えてネットが世界を席巻し、ニンゲンをさがすのが難しい時代だから、忘れてしまっている人のためにいえば、山本美香氏はアフガニスタンを起点に、イラクその他の紛争地を取材しつづけ、平成24年8月20日、内戦下のシリア(アレッポ)で政府軍の銃撃をうけて死去したジャーナリストである。享年45歳。山梨県都留市の人と聞いていたが、生まれが北海道帯広市であるとは知らなかった。
 なんども広島に行っていながら、広島平和祈念資料館にだけは入ることのできないボクには、きわめて辛い本であるが、中に真紅と黄色のポピーと思われる草原が見開きで掲げられているのが救いであった。それとも、この一枚にも犯罪の温床を読むべきなのだろうか。

   寒ければ涙こぼるる齡かな  古沢水馬


[PR]
# by bashomeeting | 2018-12-10 16:17 | Comments(0)
 「増頁総力奮努号」と銘打って、詩歌誌『北冬』18号が届いた。「奮努」という言葉を使ったことがない。奮励努力か、「奮闘努力の甲斐もなく 今日も涙の 今日も涙の陽が落ちる」(「男はつらいよ」作詞:星野哲郎)の奮闘努力を約めたものであろうか。

 企画名は「藤原龍一郎責任編集」による「特集・[江田浩司]は何を現象しているか。」という。「減少している」は使うが、「現象している」は使ったことがない。どんなありさまを提示しているか、どのように見えているかというふうな意味であろうか。先進とか前衛という場所に似合いの言葉である。

 江田浩司氏は歌人で、現代短歌史を論ずる評論家である。ついでに言えば、わたくしの親しい友人でもある。その江田浩司という「現象」について、神山睦美・野村喜和夫・筑紫磐井・島内景二ら、全38名が筆をとっている。そのなかに「江田浩司と俳句」という雑文をものした、わたくしも含まれている。ひとつの「現象」にこれだけの数の人々が集うこともまた興味深い「現象」といってよいだろう。

 しかし、毎日拾い読みを続けながら、わたくしの関心はこの多彩な執筆者を逸れて、彼らをしっかり束ねている北冬舎の編集・発行人柳下和久なる人物にそそがれている。遠くを観る目と、見続ける心の強い働きがなくては、このような仕事の継続はむずかしいからである。
[PR]
# by bashomeeting | 2018-11-23 17:19 | Comments(0)
 海紅山房日誌の「姿情を求めて11◆自分を愛してはいけない」(2018年 09月 11日)で、〈「教えてはいけない」という教訓〉についてふれたのち、ぼんやりしていた記憶がよみがえってきた。それは芭蕉のことばであった。備忘として、以下に写しおく。

 俳諧は教へてならざる処あり。よく通ずるにあり。ある人の俳諧はかつて通ぜず。ただ物をかぞへて覚ゆるやうにして、通ずるものなし。(土芳『三冊子』)

▶▶咀嚼すると「俳諧は教えればうまくなる世界ではなく、自分で到達する世界である。ある人の俳諧は少しも読者に届かない。その理由は、ものを数えるように、理屈でわかろうとして、感じようとしないから。これでは俳諧をたしなむ意味がない」ということか。
[PR]
# by bashomeeting | 2018-09-30 12:03 | Comments(0)
 私の勤める大学に通信教育部があって、年に一度の地方スクーリングをしてきました。今年は『おくのほそ道』結びの地である岐阜県大垣でした。今年度で定年の私にはこれが最後の集中講義でした。感極まったわけではないのですが、最後であると思うとみんな教えてしまおうという気になって、しゃべりすぎたかと反省しています。恩師の「教えてはいけない」という教訓を破ってしまった気がするのです。これは、教えてもらおうとする学生は伸びないという哲学なのですが、最後の年に失敗してしまいました。「いつまでも俳句が下手な原因は自分を愛しているから。自分ではなく、人生を愛した方がよい」というのもそのひとつです。日々の御仕合わせを祈ります。

   靴下のかたちに折れて野分去る      海紅

▶▶『たしなみ俳句会報』44号(平成30年9月)より転載。
[PR]
# by bashomeeting | 2018-09-11 12:31 | Comments(0)
 市村宏先生の担当科目は万葉集で、ボクの分野からはかなり遠いのだけれど、そもそも大学院開講科目にボクの分野はひとつもなかったのだから、当時のボクにとって受講科目と自分の分野との遠近などたいした問題ではなかったことになる。数年のうちに、他大学の研究者と仕事をするようになって、彼らが大学院で専門性を磨いてきたと知って、正直おどろいた。ボクの場合、70年安保騒動の余波で十分に学ぶことのできなかった、その学部時代を補うために大学院に残ったわけで、郷里に戻って教員になる前に、もう少し深く学びたかっただけであった。

 先生の郷里は信州の小布施で、何度か小林一茶の話をしてくださったことを覚えている。ある年、その小布施の寺で一茶資料展をするというので、先生に誘われて何人かの大学院生と一緒に出かけた。先生の御親戚に泊めていただくという、かなり図々しい旅であったが、はじめてイナゴを食べることになるなど新鮮な経験であった。そして、一茶資料にはニセモノが多くて、とてもボクの手に負えるものではないことがわかるのは、それからまもなくのことである。その生涯も作品もなかなか個性的な一茶なのに、その筆蹟はまことに癖がなく、その分、ニセモノも多く作られたのである。それで、一茶については、いまだに真贋を見分ける自信がない。

[PR]
# by bashomeeting | 2018-08-15 17:53 | Comments(0)
この人の一句◆『船団の俳句』本阿弥書店刊

啓蟄やブラジャー買いに銀座まで 三池  泉
生きる途中土筆を摘んでゐる途中 鳥居真里子
青葉風そうだお墓を買うておこ  火箱 ひろ
がんばるわなんて言うなよ草の花 坪内 稔典
原発に一番近い草の花      藤野 雅彦
人の来て犬の出てゆく花野かな  河野けいこ
秋夜中カレーを混ぜるとき裸   朝倉 晴美

▶▶船団の会編『船団の俳句』(2018年3月30日、本阿弥書店刊)をいただいた。坪内稔典さんの「まえがき」から抽出した帯に〈近年、いろんなところで、「船団の俳句は……である」という言い方に出会う。……に入るのは、軽薄とかむちゃくちゃとか現代的とか。いずれにしても、否定的というか非難のニュアンスがある。もっとも、それは船団的だな、などと言われると少しうれしい。特色が出ている、ということなのだから〉とある。たしかにボクの行き方とは違うけれど、稔典氏の幅の広さと深さを知っているつもりだから、口語とか無季とかについて示唆を得たくて、いつものように読了。この人たちと連句を巻いたらどんなにか愉しいだろうと思った。


************************************

[PR]
# by bashomeeting | 2018-05-04 17:46 | Comments(0)
 「春場所」は大相撲の「三月場所」の通称である。これを季題と認定する歳時記と、まだ季感の定まらない題目として立項しない歳時記とがある。それぞれ見識ゆえ、どちらも否定しないが、芭蕉の「季節の一つも探り出だしたらんは後世によき賜物」(『去来抄』故実)という言葉に寄り添えば、季題として挑戦する意欲を排除してはいけないだろう。

 相撲(角力)に即して、季題と歳時記について復習しておこう。これは「張り合う」「抵抗する」という意の動詞「スマフ(争ふ)」の連用形の名詞化。神事(奉納・占い)と結びついて様式化する歴史を持ち、毎年旧暦七月に朝廷で行われる公事(公務・儀式)として定着。すなわち相撲節会(すまひのせちえ)である。旧暦七月は初秋だから秋の季題となって、後世も秋祭りの社寺で行われたので季感を損ねることはなかった。今も拍手(かしわで)を打ったり、注連縄(しめなわ)をするのは、室町期に教義を確立して白川家(朝廷祭祀を世襲した公家)との地位を逆転させた吉田神道家の仕業か。江戸期には勧進相撲(資金集め)を経て職業化し、年間の場所数は時代の煽りをうけて一定しないが、現代は一月場所(初場所)、三月場所(春場所)、五月場所(夏場所)、七月場所(名古屋場所)、九月場所(秋場所)、十一月場所(九州場所)の全六場所である。なお蛇足ながら、これは興行化が進んだ結果であるから、「季節の一つ」として俳句を探りだすためには、国技とか神事などと言挙げしないほうがよい。それは相撲節会の昔のことなのだから。

 俳句歳時記は広い意味における歳時記の一種であって、この二つは同じものではない。歳時記の歳時とは歳象・時事という二つの言葉の合成である。その歳象は春夏秋冬の、それぞれの季節らしい景色(風光)で、時事はそれぞれの季節らしい人間の生活(人事)のこと。だから、歳時記はそれらを解説した百科全書とみてよい。その俳句版が俳句歳時記である。しかし、四季の変化は土地によってズレがあるし、人の暮らしも変わり続けることを踏まえると、どれか一冊あれば永久に役立つというものでもなさそうだ。俳句歳時記は常に新しい作品によって更新されてゆく。ただし、その更新が伝統を無視したものであってはならない。美学がやせ細るからである。

 俳句歳時記のルーツは四季に排列する中国の漢詩文集までさかのぼる。それを平安和歌が受容して日本の自然観を形成。連歌俳諧はその和歌の美学をもとに成立。俳句はその先に位置づけられる。よって日本の美学は当然のことながら京都の美学であったが、享受する者の裾野が広がるにつれ、本意(イメージ)も新しく豊かになる。生きる時代や住む土地によって伝統的な和歌題(縦題)に新しい意味が追加され、いまふうな俳諧題(横題)がすぐれた作品を生んで、歴史を刻みはじめる。しかし、そこに厳しい批評眼が欠如しているため、現代の季題は二万語をはるかに超えたフォアグラ状態にあるのも事実である。俳句歳時記に法典に価する絶対的なものは望めまいが、季題と認定する道筋については共通理解を深める必要がある。

▶▶ある句会の兼題に「春場所」が決まったが、戦前の春場所が1月だったことから、その混乱を危惧する意見が出た。本稿はその問題を手掛かりに、季題とか季語とかに関する私の立ち位置をしめす意図で転載するものである。

□***************************************□


[PR]
# by bashomeeting | 2018-03-26 20:36 | Comments(0)
 この3月に卒業して郷里に戻る俳諧ゼミの女子学生Sが俳号をほしいという。句会体験が先だよと説いて、2月の白山句会(隅田川畔)に誘った。誘惑の顛末は以下の通り。

1)当日11時(投句〆切り3時間前)に本所吾妻橋駅で待ち合わせて、桃青寺(臨済宗妙心寺末。東駒形3)に向かう。
2)歩き始めに、Sに用意してきた「その日にふさわしい季題(季語)のメモ」を渡す。「春浅し」「あたたか」「春風」なんてのを書いてあったと思う。歩きながら、「まず世間を見廻して、このメモにあるような今日らしい季節の言葉をさがせ」と指示。
3)次に、「季題を発見したら、それをポケットにしまいこめ」と指示。
5)さらに、「季題のことは忘れて、目に飛び込むもの、心に浮かぶことを手帳に書き留めよ」と指示。
4)ちょっと迷子になったので、地元の婦人を頼って桃青寺に辿り着く。この寺はもと定林院、東盛寺と名乗る時代を経て、いま芭蕉山桃青寺という。芭蕉の名をそのまま使っているわけは、素堂(1642~1716)の門人で、俳諧撰集『五色墨』のメンバーであった長谷川馬光(1685~1751)がここに芭蕉堂を建てて祀り、芭蕉顕彰に尽くしたことによる。芭蕉が何度も訪れたという言い伝えがあるが、芭蕉研究史にときどき見かける付会であろう。
5)昔は広かったのだろうが、いまは小さくまとまった寺域には山茶花が咲き残っていた。馬光の墓を探して拝み、隅田川畔に戻り、駒形橋から吾妻橋の先まで歩いて腹ごしらえ。
6)会場の「すみだリバーサイド・ホール」を確認して、海舟の像が何で此処になどと近づいてゆくとMさんと、上方から駆けつけたKさんに遭遇。御一緒して枯蔦の枕橋を渡り、隅田公園に入ると、句会仲間が少しずつ合流して、幹事のYさんお勧めの牛嶋神社参り。撫で牛を撫で、焼失した北斎画の白黒写真をながめて、それぞれ句作。
7)句会場に入ると、挨拶はそこそこに、みんな一人に戻る。見て来たものを整理し、ポケットにしまいこんだ季題をとりだして17音にするためだ。ここからは自分だけの日本語表現。その句会の結果がどうであったかは、芭蕉会議サイトの「白山句会」から「句会報告」へ入って、編集長御苦労の記録を参照のこと。
8)ところで、初めての句会体験をしたSは「あたたかな道に迷子の猫二匹」「山茶花と木魚をきいて桃青寺」などと詠んでいた。猫は見なかった気がするが、本堂から読経と木魚の音が聞こえていた。誘惑の手順に素直で、まずまずの出来ではなかったかと思う。「迷子」とか「木魚」とかいう俳号を進呈したいが、たぶんことわられるであろう。

□***************************************□


[PR]
# by bashomeeting | 2018-03-06 15:44 | Comments(0)
■正月=睦月(節気上は冬。明治時代以降の陽暦化に伴い、生活・行事の特殊性によって四季から分離独立。連句の付合においてはしばらく春扱いが穏当)

【時候(暑さ寒さ)】元日
【天象(空模様)】なし
【地理(土地の様子)】なし
【動物(動きまわるもの)】なし
【植物(根が生えたもの)】若菜
【生活(暮らし)】なし
【行事(儀式)】子日(若菜摘む・小松引く)

■春=立春から立夏前日まで(陽暦2月4日ころ~5月5日ころ)

【時候(暑さ寒さ)】立春・暮春(晩春)・永日
【天象(空模様)】霞・春月・春雨・遊糸
【地理(土地の様子)】残雪・春氷・
【動物(動きまわるもの)】鶯・帰雁・蝶・蛙・燕・雉子・雲雀
【植物(根が生えたもの)】梅・柳・春草・桜(花)・椿・菫・蕨・藤・躑躅・款冬
【生活(暮らし)】花(はなやか)・耕し・苗代
【行事(儀式)】雛祭

■夏=立夏から立秋前日まで(陽暦5月6日ころ~8月7日ころ)

【時候(暑さ寒さ)】暑し・夏の暮(夏夕べ)
【天象(空模様)】夏月・五月雨(梅雨)・白雨(夕立)
【地理(土地の様子)】清水
【動物(動きまわるもの)】時鳥・蝉・蛍・水鶏
【植物(根が生えたもの)】余花・新樹・橘・卯花・夏草・牡丹・杜若・菖蒲・早苗・青梅・百合草・若竹・撫子・夕顔・蓮
【生活(暮らし)】更衣・鵜飼・氷室・蚊遣火・扇・納涼
【行事(儀式)】仏生会(潅仏会、今は春季なれど)・端午・祭(賀茂祭、葵祭)

■秋=立秋から立冬前日まで(陽暦8月8日ころから11月6日ころ)

【時候(暑さ寒さ)】初秋・冷やか・夜寒・九月尽
【天象(空模様)】露・霧・稲妻・秋の空・野分・月
【地理(土地の様子)】秋田
【動物(動きまわるもの)】蜩・虫・鹿・蚋(ブヨ、ブユ。今は夏季)・雁・蛩(コホロギ)
【植物(根が生えたもの)】一葉・荻・桐・萩・木槿(ムクゲ)・槿(アサガホ)・草花・薄・女郎花・葛・菊・紅葉
【生活(暮らし)】砧
【行事(儀式)】七夕・盂蘭盆会(盆)

■冬=立冬から立春前日まで(11月7日ころ~2月3日ころ)

【時候(暑さ寒さ)】初冬・寒し・短日・師走(極月)・歳暮(年の暮)
【天象(空模様)】時雨・木枯・霜・冬月・霰・霙・雪
【地理(土地の様子)】氷
【動物(動きまわるもの)】水鳥付鴛・千鳥
【植物(根が生えたもの)】落葉・山茶花・寒草(カンサウ。枯草)・冬木立・早梅
【生活(暮らし)】鷹狩・冬籠
【行事(儀式)】なし

▶▶これは慶長年間(1596~1615)に成立(推定)し、「以後の連歌・俳諧の発句撰集の規範となった」(俳文学大辞典)とされる連歌発句撰集『大発句帳』(通称)。内容は春33題(2512句)、夏42題(1729句)、秋47題(1724句)、冬20題(1442句)、合計142題(7407句)から成る。その題を抽出し、季寄せふうに排列。ここから、増補・膨張し続ける現代の俳句歳時記の編纂意識を見直す手がかりを得ることを期待。影印は『連歌貴重文献集成(別巻3)』(勉誠出版)。翻刻と解説は森川昭『発句帳』(古典文庫456)。なお、『大発句帳』の価値については畏友M氏の教示を得た。

□***************************************□


[PR]
# by bashomeeting | 2018-02-27 17:42 | Comments(0)
「俳諧ゼミの教材として」(2012年 11月 07日)の改訂版の体裁を少し変更して、ここの移動。ゼミのなかで句を詠んだり、解釈をしたり、あるいは連句の付合の実践に役立ててもらうために提供するもの。「姿情を求めて8◆古典で一番基本的な季寄せ」を併せて参照してください。

■正月=睦月。年改まるめでたさを心とする期間。
【時候(暑さ寒さ)】新年・初春(新春)・去年今年・元日・晩冬
【天象(空模様)】初日・初空・初凪
【地理(土地の様子)】初富士・初筑波
【動物(動きまわるもの)】初雀・初鴉・初鶏
【植物(根が生えたもの)】福寿草
【生活(暮らし)】門松(松飾)・初夢・書初・初湯・獅子舞・七種(若菜)・左義長
【行事(儀式)】初詣・初薬師・初大師

▶▶陰暦(江戸時代以前)では新春だが、陽暦の時代(明治以降)が来て、節分(立春の前日)以前に新年が来ることになった。それで春の部に入れられなくなり、俳句歳時記は春夏秋冬の他に新年の部を設けるようになった。節気上は冬だが、行事としては伝統的な春の季感を残すことばの集合。なお連句の付合は近世の式目をもとにするので、今のところ初春(孟春)として扱うのが穏当か。

■春=立春から立夏前日まで(陽暦2月4日ころ~5月5日ころ)
【時候(暑さ寒さ)】立春(早春)・陽春(春暖)・冴えかへる・あたたか
【天象(空模様)】朧・陽炎・風光る・春の空(風・雲etc.)
【地理(土地の様子)】水温む・雪解・春泥・春の山(川・海etc.)
【動物(動きまわるもの)】孕馬(鹿)・猫の恋・蝌蚪(蛙)・鴬・雉子・雲雀・燕・若鮎・白魚・栄螺・蛤・蝶・蜂・蚕(桑子)
【植物(根が生えたもの)】春の草(セリ・ナズナ・ハハコグサ・ハコベ・タビラコ・カブラ・オホネ・タンポポ)・木の花(梅・桜・藤・梨)・菜の花・和布・海苔
【生活(暮らし)】草餅・麦踏・花見・卒業(入学)
【行事(儀式)】雛祭・花祭・遍路

■夏=立夏から立秋前日まで(陽暦5月6日ころ~8月7日ころ)
【時候(暑さ寒さ)】立夏・初夏(首夏)・新緑・麦秋・短夜・盛夏(炎暑・暑し・涼し)・夜の秋
【天象(空模様)】日盛(西日)・南風・薫風・夕立(凪)・虹・梅雨(五月雨)・夏の空(風・雲etc.)
【地理(土地の様子)】植田・泉(清水・滴り)・出水・滝・卯波(土用波)・夏の山(川・海etc.)
【動物(動きまわるもの)】蛇・金魚・蝉・蟻・蝸牛・時鳥・蝿・天道虫・毛虫
【植物(根が生えたもの)】新緑(樹)・若葉(青葉)・卯の花・花橘・菖蒲・アヤメ・カキツバタ・ハナシヤウブ・紫陽花・山梔子・桐の花・樗(栴檀)の花・夏草・薯莪の花・麦・筍・蕗・蚕豆・枇杷・夕顔・茄子(赤茄子)・向日葵・芍薬・牡丹・百合
【生活(暮らし)】田植・麦刈・梅干・草取・更衣・浴衣・髪洗ふ(香水)・夏帽・簾・日傘・扇(打水・水遊び・端居・扇風機・昼寝)・繭・鵜飼・螢・登山
【行事(儀式)】端午・祭(祇園会・禊)・安居・母の日(父の日)・原爆忌

■秋=立秋から立冬前日まで(陽暦8月8日ころから11月6日ころ)
【時候(暑さ寒さ)】立秋(初秋)・秋・残暑(残夏)・新涼・秋の暮・夜長・爽やか・秋冷(秋寒・朝寒・夜寒)・晩秋(暮秋・行く秋)
【天象(空模様)】月(盆の月・名月・十三夜)・星月夜・銀河・流星・稲妻・霧・露・秋の空(風・雲etc.)
【地理(土地の様子)】花野・刈田・水澄む・秋の山=山粧ふ(川・海etc.)
【動物(動きまわるもの)】鹿・猪・渡り鳥(小鳥)・稲雀・落鮎・鰯・秋刀魚・鮭・蜻蛉・虫
【植物(根が生えたもの)】
草の花(萩・尾花・葛花・撫子・女郎花・藤袴・桔梗)・木槿・芙蓉・木犀・桃・梨・林檎・柿・葡萄・栗・柚子・西瓜・糸瓜・芋・唐辛子・玉蜀黍・蕎麦の花・茸・紅葉・蔦・烏瓜・朝顔
【生活(暮らし)】燈籠・夜学・新酒(新走)・新米・栗(茸・零余子)飯・新蕎麦・秋灯・冬支度・案山子(鳴子)・稲刈・夜なべ・菜種(大根)蒔く・萩(木賊・萱・芦)刈る・紅葉(茸)狩・秋思
【行事(儀式)】七夕・盂蘭盆会・硯洗・重陽・秋祭・墓参

■冬=立冬から立春前日まで(11月7日ころ~2月3日ころ)
【時候(暑さ寒さ)】立冬・冬・小春・短日・冬至・師走(年の暮・行く年)・寒冷(寒し・冷たし・凍る・冴える)・日脚伸ぶ
【天象(空模様)】冬日・冬晴・北風(木枯)・時雨・霜・雪・冬の空(風・雲etc.)
【地理(土地の様子)】枯野・水涸る・霜柱・雪野・氷柱・冬の山(川・海etc.)
【動物(動きまわるもの)】
熊(狼・狐・狸・兎)・鷹(鷲・隼・鳶)・狼・梟・水鳥(鴨・千鳥・鳰)・鱈・鰤・河豚・海鼠・牡蠣・綿虫(雪虫)
【植物(根が生えたもの)】冬の梅・臘梅・冬桜・寒椿・山茶花・茶の花・竜の玉・蜜柑・木の葉(枯葉・落葉)・枯木・水仙・千両(万両)・冬菜・白菜・葱・大根・蕪・人参・枯草・返り花
【生活(暮らし)】年用意・飾売・年忘れ・毛布・セーター・冬帽・手袋・マフラー・冬囲・日記買ふ・火事・風邪(咳)・懐手・日向ぼこ・探梅
【行事(儀式)】七五三・柚子湯・クリスマス・豆撒き(追儺)
[PR]
# by bashomeeting | 2018-02-27 17:11 | Comments(0)
  平成28年(2016)4月28日から同年9月8日まで、「姿情を求めて」というタイトルで全7回の教材を掲載した。題目は「1題詠」「2季寄せ」「3○○らしさの創造」「4歳時記と季寄せ」「5歳時記の歳時とは」「6当季雑詠・兼題・席題」「7世界で一番小さな季寄せ(改訂版)」である。その第7回を削除してやや体裁を改め、今春の記事として復活させる。教材としては近い場所にあった方が具合がよいし、引き続き「古典で一番基本的な季寄せ」を示すためである。

□***************************************□

[PR]
# by bashomeeting | 2018-02-27 16:22 | Comments(0)
「寒けれど」脇起こし連句(11句) 平29年度俳諧ゼミ

寒けれど二人寝る夜ぞ頼もしき     芭蕉
麻莉乃の屋根に降りつもる雪     麻莉乃
ウェディングベルが山越え野を越えて 真太郎
子栗鼠の口に見ゆる団栗        富博
逃げ出して迷子になりぬビルの月   美帆子
地下道に入る銀杏黄葉         麻実
潮風にどんどん進む老朽化       知也
千鳥と遊ぶ人に客あり         真聖
助手席の幼なじみにプロポーズ     昂良
亡き娘似で色白な孫          沙織
オルゴール今は昔になりにけり     優弥

▶▶平成29年度の俳諧(連句の世界)ゼミ(大学3・4年)は芭蕉と蕪村の歌仙を読んできた。例年通りだが、全員の発表が済んで、さて締めくくりは芭蕉や蕪村とそこに一座する仲間の想像力をたたえるために、我々も座の文芸の連衆になって実作を試み、ハラハラ体験をしてみようと強引に誘った。当季の芭蕉の句を立句に脇起こしにした。

□***************************************□
[PR]
# by bashomeeting | 2018-01-29 16:10 | Comments(0)
「いざや寝ん」脇起こし連句(10句)

いざや寝ん元日はまた翌のこと  蕪村
散らかる部屋に聞く除夜の鐘   匠
新雪に足跡つけて学校へ     幸叶
鳥が飛び立つただ青き空     恵美
月に雲かかるも楽し団子食ふ   智美
コスモス揺るる公園を出て    安奈
マニキュアの素足に秋の風やさし 円花
髪かきあげる妻の皺の手     潔乃
階段の途中で止まり抱きあへる  祐希
瓦を叩く夕立の音        海紅

▶▶平成29年度の与謝蕪村ゼミ(大学2年)は書簡を読んできた。全員の発表が済んで、さて俳人の本業である連句(俳諧の連歌)に挑戦しようと提案。研究はどこまでいっても舞台の観客の領域を出ない。最後に舞台にあがってみようやと強引に誘った。蕪村ゼミだから蕪村の句を立句に脇起こしにした。

□***************************************□


[PR]
# by bashomeeting | 2018-01-29 15:49 | Comments(0)
句作の心得◆芭蕉会議10周年記念句会で述べたかったこと

 いま思えば、芭蕉会議の発足は平成17年(2005)で、N氏との運命的な再会でウェブサイトが生まれ、発足イベントがおこなわれたのは翌18年(2006)5月28日のことであった。この2年間は弟の早世や母の野辺送りが続き、職場では組織の統轄に奔走する役回りになるなどと忙しくしていたせいか、事態の推移はぼんやりとしか思い出せない。
 俳句を杖にして暮らすことの仕合わせを噛みしめてはいるものの、所属する俳句雑誌に毎月投句するというリズムにもついてゆけなくなっていた。それで芭蕉会議が平成27年(2015)に10周年を迎えるという話題が出るようになっても実感はわかない。こんな無自覚を叱咤するように有志による記念誌編集委員会がうまれ、平成29年10月22日を刊記とする『芭蕉会議の十年』と『芭蕉会議俳句選集』を作ってもらい、その翌々月の12月2日には記念の俳句会と祝賀会がおこなわれた。以下はその句会で話して、意を尽くせなかった句作の心得の整理である。

 ……句会のある何日も前から時間をかけて趣向を練り、あれこれ思案して、当日に投句する句を手帳に書きためる。歳時記を開き、過去の作例を読み、辞書をひいて慎重に言葉をさがす作業である。芭蕉の伊賀成長期や江戸市中居住期、また蕪村一派の兼題発句会が、おおむねこうした理性と知恵を総動員する作り方をしていた。こうして生まれる句のなかには、ときおり深い味わいをもつものがある。しかし、それをそのまま句会に出しても、自分の考えた深い味わいが連衆に通じなく、重々しい感じは魅力のひとつだが、手がこんでいるために言葉の向こうに画像を結ぶことができず、最終的には読者に警戒されて、互選外に切り捨てられることも多い。
 そうした独り善がりを克服するために、吟行という方法で自分に向かい合うのはきわめて理に叶っている。つまり、ふだんは自分に課された日常をシッカリこなし、句会当日はその日常生活から解き放たれ、最近の自分を見つめ直す時間を得たことに感謝し、投句〆切り時刻を意識しながら、自然の中に句材をさがし、それを言葉に置きかえる語彙力を動員し、制限時間内にまとめるよう、自分を攻めるのだ。
 まがりなりにも、それができたとき、つまり不満ながらも句が出揃ったかに見えたときに、ボクが短時間勝負の吟行(嘱目詠)の結果として気をつけている手続き、7項目を示して参考に供す。決まった時間内に集中して句作するのは、もし出来なかったら怖いと思ったりもするが、実はその怖さ・真剣さこそが、言葉で自己を美しくすくい取る最良の道であると思う。
 なお、つねづね、投句終了までは私語を慎んで、ギリギリまで頑張っている人に気を遣ってくれと申し上げているのは、これが理由である。

1)観察(写生)したか→姿先情後
2)ヘソ(中核)はあるか→感動の焦点
3)必要な言葉のみに絞ったか→文章力
4)言葉を飾っていないか→無駄の削除
5)感情に酔っていないか→私意を捨てよ
6)全体の調子は整ったか→舌頭に千転
7)自分の句と思えるか→主題の確認

□***************************************□

[PR]
# by bashomeeting | 2018-01-21 19:56 | Comments(0)
西村一平の作歌の心得

……余計なことを云つてゐないか、云ひ方が露骨でないか、言葉が不精確でないか、語法が間違つてゐないか、歌わうとした感じが適切に出てゐるか、どことなく調子が悪くないか。

▶▶これは長谷山隆博氏によって最近発見された「青樹会」の合同歌集『青樹集』所載。本書は袋綴、ガリ版刷り、90頁で、収められる西村一平の歌論の一節(長谷山隆博著「一兵の歌」『芦別文芸』44号所収、平30.1.20)所載。成熟した短歌や俳句に共通する、明治以降の詩歌表現の心得の到達点と判断して転載する。西村一平は歌人で六花書房(芦別市)主人。明治44年(1911)~平成13年(2001)、90歳。石川県金沢市生。大正初期に母に連れられて北海道に渡る。芦別・赤平に育ち、札幌逓信講習所を卒業して十勝本別郵便局配属。昭和5年(1930)、芦別郵便局に転じ、同6年には与謝野寛・晶子に師事。召集、復員。昭和22年(1947)退職。同年芦別に短歌会の「青樹会」設立。新詩社同人。歌集に『橇の鈴』『石狩びと』他、自伝に『石狩にふる星』等がある。なお、『芦別文芸』は北海道芦別市に発行所を置く「芦別ペンクラブ」の文芸誌で、会員以外の一般にも投稿を呼びかけている。問い合わせは編集兼発行人の長谷山隆博氏(Phone:0124・23・0203)。

□***************************************□

[PR]
# by bashomeeting | 2018-01-21 15:37 | Comments(0)
この人の一句◆寺澤佐和子句集『卒業』ふらんす堂刊

鶯や行き先知らぬバスに乗る
偽物の風なまぐさき扇風機
花疲れまづは指輪を外しをり
秋澄むやサンバの腰のよく肥えて
ゆつくりとひらくお茶の葉女正月
小さき刃のごと公魚の冷たさよ
青年の日焼スーツに収まらず
稲架けておほきく散らす陽の匂ひ
冬の日や目鼻ちひさきマリア像
母の忌ややはらかく踏む敷松葉
冬萌や雀相手の尼のこゑ
今日よりは臨月に入る良夜かな
寝返りの背を追ひかけて天瓜粉
春嵐喧嘩は妹泣かすまで
子を叱りつつ栗の実を甘く煮る
先生にそつと耳打ち卒園す
学芸会の台詞二言秋日和

▶▶寺澤佐和子句集『卒業』。作者は東京在住。結婚して熊本に住んだことがきっかけとなり、首藤基澄に俳句を学び、「未来図」に入会して同人。平成20年に未来図新人賞。海紅とは同窓の縁で本書を贈られた。帯に自選15句を示すが、上記の海紅推薦句と重なるものは「今日よりは臨月に入る良夜かな」の一句であった。選句とはまことに難しい。俳人協会会員。ふらんす堂、平成29年9月刊。

□***************************************□

[PR]
# by bashomeeting | 2017-11-28 10:57 | Comments(0)
発表「日本語と季節感」(初年次ゼミ)で学生が紹介した句

梅恋ひて卯花拝むなみだ哉     芭蕉
卯の花も母なき宿ぞ冷まじき    芭蕉
卯の花や暗き柳の及び腰      芭蕉
卯の花や盆に奉捨をのせて出る   漱石
→奉捨は報謝。仏への感謝の意でいわゆるお布施。
虹立ちて忽ち君のある如し     虚子
虹消えて忽ち君の無き如し     虚子
向日葵が好きで狂ひて死にし画家  虚子
向日葵を画布一杯に描きけり    虚子
→上記二句は実朝祭(短歌大会)における句。画家はゴッホ。
狂ひつつ死にし君ゆゑ絵の寒さ   秋桜子
→向日葵の発表の際の参考句。画家佐伯祐三の遺作を詠む。
白雨にはしり下るや竹の蟻     丈草
山水に米を搗かせて昼寝かな    一茶
張り通す女の意地や藍浴衣     久女
野を横に馬牽きむけよほととぎす  芭蕉
足首の埃たたいて花菖蒲      一茶
わが恋は人とる沼の花菖蒲     鏡花
狩衣の袖の裏這ふ螢かな      蕪村

牡丹散りて打ち重なりぬ二三片   蕪村
耳際に松風のふく夜長かな     一茶
星月夜罪なきものは寝の早く    蓼汀
星月夜空の高さよ大きさよ     尚白
稲妻を手にとる闇の紙燭かな    芭蕉
稲妻のかきまぜて行く闇夜かな   去来
露の世は露の世ながらさりながら  一茶
日は西に雨の木ずゑや渡り鳥    野坡
色付くや豆腐に落ちて薄紅葉    芭蕉
古寺に灯のともりたる紅葉哉    子規
夜窃かに虫は月下の栗を穿つ    芭蕉
→表現の骨格は「春風暗剪庭前樹/夜雨偸穿石上苔」(傳温・和漢朗詠集・風)を真似る。この詩句は「春風はそらに庭前の樹を剪る、夜雨はひそかに石上の苔を穿つ」と読み、「春風はひそかに庭木に鋏を入れ、夜雨はこっそりと庭石の苔を打っている」という意で、春の庭先の美しさを描く。それを秋に転じた。
七夕や秋を定むる夜のはじめ    芭蕉
菊の香にくらがり登る節句かな   芭蕉
→「くらがり」に暗峠・暗闇を掛ける。
肩に来て人懐かしや赤蜻蛉     漱石
蜻蛉や取りつきかねし草の上    芭蕉
あら何ともなや昨日は過ぎて河豚汁 芭蕉
河豚汁や鯛もあるのに無分別    芭蕉

▶▶今年のクラスは人数が多くて、例年通りのゼミ展開がむずかしく、「日本語と季節感」というテーマで任意に季題を選んでもらい、その言葉の歴史と、言葉の本意にふさわしい例句について口頭発表してもらった。なかなかな選句眼とほめておく。

□***************************************□


[PR]
# by bashomeeting | 2017-09-29 11:11 | Comments(0)
 台風18号はまだ九州にさえ上陸していないのに、茅屋のある関東は早くも影響をうけて、昨日から雨が続いている。雨も嵐も好きだが、台風被害にあっている土地のことを思うと、素直に口に出せない。そんなことを考えながら、昨夜の就寝前は玄関先にしゃがんで雨を聞いていた。
 静かな雨音を縫って鉦叩が聞こえてくる。今年初めての鉦叩だと思うと嬉しい。「チンチンチンと鉦を叩くように鳴くが余韻のある音ではない」(『角川俳句大歳時記』)というが、大きな御世話である。余韻は人それぞれであって、誰かに決めてもらうものではないだろう。

この人の聞いて居りしは鉦叩    素十(『初雁』)

 今夏は7月末から8月初めにかけて、3泊4日で敦賀に出掛けた。『おくのほそ道』の集中講義である。前泊に向けて米原で新幹線から北陸本線(琵琶湖線)に乗り換え、余呉駅を通過するころは夕闇であった。ボクは車窓の奥に見える余呉湖に目をこらして、次の句を反芻した。

鳥共も寝入つてゐるか余呉の海   路通(『猿蓑』)

 芭蕉晩年の目標であった「軽み」の中に、「細み」という美学があって、芭蕉は路通のこの句をその例として説いている(『去来抄』修行)。ボクは芭蕉の言説が「夜の静寂に包まれる水鳥たちに作者の孤独が投影されていることを指摘している」(「俳諧の余情」、俳句教養講座2『俳句の詩学・美学』所収)と書いたが、同じことは次のような句にも指摘できると思っている。

行く秋や手をひろげたる栗のいが  芭蕉(『続猿蓑』)
此道や行く人なしに秋の暮     芭蕉(『笈日記』)
秋深き隣は何をする人ぞ      芭蕉(『笈日記』)

鉦叩きいて居りしが寝つきたる    海紅

□***************************************□

[PR]
# by bashomeeting | 2017-09-17 20:22 | Comments(0)
 《わかった句》〉
ねこじゃらし誰か遊んでくれないか(青丹与志昭和手鑑)
枕木の昭和の傷のあたたかし(青丹与志昭和手鑑)
動かざることも戦い牛蛙(紅柄格子独吟句合)

 《わからなかった句抄》〉
冬瓜のごろ寝百年考える(青丹与志昭和手鑑)
良夜かな千夜一夜の第一夜(黒日傘婦女庭訓)
羽抜鳥風のたまごを産み落とす(紅柄格子独吟句合)
榠樝の温み生まれなかった赤ん坊(紅柄格子独吟句合)
平成太郎摺り足でゆく恵方道(金鯰AI艶聞)
桐の花手を振る母に顔がない(偐紫今様源氏)

▶▶鈴木砂紅句集『偐紫今様源氏』。河合凱夫、大坪重治、松井国央、松田ひろむ、安西篤らの指導を受ける。現代俳句協会会員。「あとがき」に「年代は関係なくテーマ別の五章立てとした」とあり、目次に「青丹与志昭和手鑑」「黒日傘婦女庭訓」「紅柄格子独吟句合」「金鯰AI艶聞」「偐紫今様源氏」という章題を掲げる。文學の森、平成29年6月刊。

 自分史のように成立順に並べる句集の多い昨今の傾向に反して、本書は、目次を見るだけで、いかにも趣向豊かな編集意図を持つことが想像できる。すなわち、「青丹与志昭和手鑑」はアオニヨシショウワノテカガミと読んで「平成から昭和を照射した作品群」、「黒日傘婦女庭訓」はクロヒガサオンナテイキンと読んで「自分も含め「おんな」を見据えた作品」、「紅柄格子独吟句合」はベニガラゴウシヒトリクアワセと読んで「文字通り二句ずつの句合」と説く。判詞のない一種の自句合(ジクアワセ)だ。「金鯰AI艶聞」はキンナマズジンコウチノウコイバナシと読んで「平成から未来へのイメージを構成」、「偐紫今様源氏」はニセムラサキイマヨウゲンジと読んで「『源氏物語』を下敷きにした作品だが、題詠というより物語の中を歩きながら作った「吟行句」として読んで頂きたい」とあり、「千年の昔の世界をいろ・かたち・におい・おとを捉えながら、それを現代の風景としてどれだけ書けるかという自分なりの挑戦」であるという。「現実から遊離した俳句への批判ももちろん覚悟している」と書いて、悪びれるところはない。

 また添え状に「正岡子規の『俳句』提唱から今日まで、俳句は様々に変容しながら江戸俳諧の面白さをどこかに置き忘れてきたのではないかと、私は思っています。それを俳句に何とか取り戻せないだろうかと念じつつこの句集を作りました」と意気軒昂。

「その試みは実現できたのか、まだ遠く及ばずなのか、その答えを知りたくて」、俳諧研究者にも進呈するとあって、研究室に届いていた理由も判明。にもかかわらず、読後に胃の腑に落ちたのは上記《わかった句》三句と限られて、申し訳ないこと限りなし。ボクも、源氏・平家をはじめ、方丈記も徒然も手当たり次第に古典を読み漁って40年。読書では他者にそれほどヒケヲトラナイはずなのだが。

 おわびに、以下に少し私的な文学史観を附記する。
 ボクは現代俳人が時々口にする、「古典俳諧と近代俳句の要因は別物である」という見解を支持しない。不勉強きわまりないとさえ思う。だから、境涯を言い立てて、作品を論じることをおろそかにする、子規以降の近代俳句史に疑義を呈し、糺そうとする意欲を斥けない。なぜなら、近世(江戸)という時代の俳諧自体が、和歌や連歌の伝統への反措定という側面を持っているから。
 しかしながら、近現代という時間はたかだか150年であるのに対して、近世は約270年に及ぶ。その俳諧の歴史は和歌や連歌を乗り越えてきた時間である。その立役者はやはり、どうしようもなく芭蕉であり、その成果は現代に持ってきても、その先端をゆくと思う。言い替えれば、明治以降の近代俳句史は、芭蕉の到達点に学ぼうとする謙虚さが欠けていたために、遠回りして、近世の俳諧史をもう一度繰り返しているようにさえ思う。
 だから、近代俳句史に挑戦しようとする強者は、伝統俳諧の継承者である子規とか虚子とかではなく、伝統俳諧の大成者である芭蕉を敵にまわして論じるべきだし、論じてほしいのである。

***************************************
[PR]
# by bashomeeting | 2017-09-17 20:14 | Comments(0)
 比較的時間に余裕のある夏休みに、卒業生と年に一度の旅をする。今年もその日が近づいた八月の半ばに、さて少し旅心を養おうと考えて、昨年の磐梯熱海(郡山市熱海町)の記録を掘り起こしていたら、iPhoneで撮影した吉永小百合さんのポスター写真が出て来た。
 なぜこんなものを保存していたかというと、そこに芭蕉さんが言いそうな「大人はずっと旅の途中。」というキャッチ‐コピーがあったからだ。「大人になったらしたいこと。」とか「大人の休日倶楽部」とか、ずいぶんウルウルさせるコピーも添えてある。
 ボクはしみじみして、いつしか「さよならは別れの言葉じゃなくて/再び逢うまでの遠い約束/現在を嘆いても胸を痛めても/ほんの夢の途中」とつぶやいて、これは作詞が来生えつこ、作曲が来生たかおの「夢の途中」)という恋歌であって、「旅の途中」とは無関係であることに、しばらく気づかなかった。そんな呆けに一定の判決を下すまでは捨てられないと思っていたようだ。

 ところで、今年の旅は地方在住のメンバーの希望で、横浜の「港の見える丘」に宿をとり、炎天と秋雨の二つの楽しみを味わった。旅の友にと考えて、横浜ゆかりの佳句をさがしたが、歳時記類から眼鏡に叶う句を探すのは至難きわまりなく、以下の四句と淋しい結果に終わった。

海にすむ魚のごと身を月涼し      星布
元町の髪結所ほうせん花     角田 睦美
夕月を見に横浜へ汽船を見に   京極 杞陽
秋暑し立ち働きの起重機船    鷹羽 狩行

 このたびの横浜はグループ見学だったので、今まで立ち寄ることのなかった「横浜人形の家」や「大仏次郎記念館」を見学できたことが収穫。県立神奈川近代文学館の企画展は角野栄子の「『魔女の宅急便』展」で新しい視野がひらけたし、久しぶりの「氷川丸」入艦で学んだ歴史は有益なものになると思われた。旅の途中、夢の途中はもうしばらく続くにちがいない。卒業生に感謝である。

***************************************


[PR]
# by bashomeeting | 2017-09-08 17:40 | Comments(0)
 高等学校と大学との結びつきが強まる御時世になって、大学ではどんなことを講じてるのかを、高校生に話して聞かせる仕事がたまに入る。このたびは仙台日帰りの出前講義だった。参考までに、その内容を要約しておく。

 土地柄を考慮して、タイトルは「『おくのほそ道』と仙台」。旅を日常として生きた松尾芭蕉の晩年。その最大の産物である創作『おくのほそ道』が何を描いた作品なのかを伝えよう。そのために、仙台という土地が、いかに大切な舞台であるかを話そうと思った。用意した配布資料は、『おくのほそ道』本文のほかに、「芭蕉の生涯における『おくのほそ道』の位置付け」「『おくのほそ道』の訪問地」「芭蕉の旅支度」「行脚の目的」であった。
 しかし、手始めとして教科書などで『おくのほそ道』に出逢った経験を聞くと、八割ほどはほとんど反応がない。
 そこで、まず世の中には都鄙(雅俗)という構図があること、つまり経済発展や文化生活において抽んでている中央と、そうではない地方とに分けられることを説いた。すなわち都鄙の都(ト)は京都で、鄙(ヒ)は直感的には鎌倉だが、時代が進み国が膨張するにつれて鄙の地域は拡大することを前置きした。
 その上で本題に入り、この旅で芭蕉がめざした土地は、古くはその鄙(ヒ)の概念からも遠く、「みちのく(陸奥)」つまり「道の奥」と把握されていた未開の地であった。それで『おくのほそ道』というタイトルが付けられた。「奥の細道」の名が仙台と多賀城を結ぶ七北田川沿いの古道に残っていることが嬉しいと話す。
 また、この未開の地は遠方ゆえに、都から見れば主情的(emotional)な世界でもあって、和歌に詠まれて歌枕伝統の一翼を担う。勅撰集を見れば〈東北の土地で〉、あるいは〈東北の土地を〉詠んだ歌がたくさんあることに気付くだろう。この古歌に詠まれた土地を歌枕という。仙台の章段でいえば宮城野・玉田・横野・つつじが岡・木の下などがそれであると説いた。
 寛文九年(1669)以降、伊達藩は領地整備を目的に、歌枕の地を特定する事業を展開。「年比さだかならぬ名どころを考へ置き侍れば」(『おくのほそ道』宮城野)といって、芭蕉と曽良のガイドを務めた加右衛門(画工・俳人)はその事業に加わっていた人物である。この人物を芭蕉は「心ある者」「風流のしれもの」と高く評価している(『おくのほそ道』)。エモーショナルではあるが、和歌や伝説の世界で粗野な扱いを受けてきた陸奥に、このような風流佳人を発見し創造する、これが芭蕉行脚の目的であり『おくのほそ道』の世界であった。こんな話をした。

 終日秋雨で、散策もままならない。仙台駅で末長海産の「ほや・牡蠣・帆立」を買って、電車を早めて帰途についた。
□***************************************□

[PR]
# by bashomeeting | 2017-09-08 13:05 | Comments(0)
この人の一句◆鈴木太郎句集『花朝』本阿弥書店刊

御降りの鯉の背鰭に光あり
三寒の日を芳しと母の声
自然薯を掘る目印に鳥の羽
鳰の子の浮いて百年前の顔
鳥籠のころがつてゐる草紅葉
柚子湯出ていづこへつづく時ならむ

▶▶鈴木太郎句集『花朝』。「あとがき」に平成18年から28年までの作品を集めた第5句集といい、俳誌『雲取』20周年の思いもこめた旨が書かれている。帯に自選12句を示すが、ここには、それとは別趣の句を選んでみた。本阿弥書店、平成29年8月刊。

□***************************************□

[PR]
# by bashomeeting | 2017-08-17 14:46 | Comments(0)
 雨の終戦記念日です。甲子園の高校野球も中止ということです。
 6日の「広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式」と9日の「長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」をニュースで観ました。声高にいう必要はないかもしれませんが、この二つの式典が今日まで続いていることに敬意を覚えます。そして人として当然のこの祈りが、世界に届く日の来ることを願います。
 
 恒例になっている3日間の『おくのほそ道』集中講義に行ってきました。今年は敦賀(気比神宮・色の浜)でした。今年も卒業生が合流してくれて、二日目の夜は受講生と懇親の食事会をしました。敦賀駅前通りの「まるさん」という評判のお店でした。最近二人目のお孫さんが生まれたMさんもいました。少しお酒が入って、問わず語りに「孫の世話をしに出掛けて、その顔を見ているとネ、この子が生きてゆく時間、せめてあと50年か、60年だけでもいいから、戦争は起こらないでほしいと思うのよ」というのです。この飾ることのない本音が心にしみました。そして「安らかに眠ってください 過ちは繰り返しませんから」(広島原爆死没者慰霊碑)という誓いが眼裏をよぎりました。

□***************************************□

[PR]
# by bashomeeting | 2017-08-15 09:07 | Comments(0)
母老いて窓越しに追ふ秋の蝶
日向ぼこ居眠る母の髪を切る
門火焚く母と戦時の父を待つ
童心に返りて母もカルタとる
お彼岸を忘れし母のあどけなく
嫁の名を忘れて母は長閑なり
つばめ来て母点滴を外しけり
退院の母を迎へる山桜
呆けるとも母は母なり鰯雲
初めてのショートステイやちちろ鳴く
背の母の意外に重き小六月
要介護3に進みて月おぼろ
転院の母のせてゆく枯木径
秋茄子や白寿間近い母とゐて
白酒や白寿の母のはんなりと
春眠のごとくに母はめされけり

▶▶▶斎藤惑句集『秋の蝶―母を詠む』。白寿で天年をまっとうした母を詠んだ息子の私家版。平成19年(2007)自序。「はじめに」とする自序に、その穏やかな死、棺には昔好きだった着物や大事にしていた女学校のお裁縫の教科書、晩年に愛用の三本の杖、そして作者が詠んだ母の句を納めたことを記す。作者は東京工業大学を修めた学識を以て企業で活躍され、退職の翌年(平成12年)から俳句をたしなむが、振り返ると母が貴重な俳句の題材であったという。現在海紅が庵主をつとめる無花果句会のメンバー。こうした句集を編む意図や手作り感には与謝蕪村等が編んだ追善集のおもかげがあって、しみじみと読み終えた▲なお、無花果句会は昭和21年 作家井本兀山人(青木健作)が〈終戦直後の一般的な虚脱と混濁のさなかにあって せめては清純な清水に渇を癒やしたい〉と願って家族をまじえて発足。歴代庵主に井本農一(二代、茫亭) 、高藤武馬(三代、馬山人)、 青木幹生(四代) 井本商三(五代、田痴)があり、平成19年より谷地快一(六代、海紅)がつとめる▲平成19年編纂の本書が10年後に恵与された理由は、最近(4月後半)の「海紅句抄」(芭蕉会議website)に「川風に蝶にしたがひゆくばかり」が上り、それに対して、実母を亡くしたときの思いを綴る、つゆ草氏のコメントを読んだことに刺激されたからだという(海紅宛惑氏私信)。

□***************************************□


[PR]
# by bashomeeting | 2017-05-07 11:22 | Comments(0)
 鴨長明の『発心集』の序は「仏の教へ給へることあり。〈心の師とはなるとも、心を師とすることなかれ〉と」と始まります。新潮日本古典集成の校註(三木紀人)によれば、広く経論に説かれる心得のようですが、直接には源信(恵心僧都)の『往生要集』から学んだ戒めとされています。拙訳を示せば「自分がひそかに抱く感情や考えは、それを制御することが肝要なのであって、ゆめゆめそれ(自分の感情や考え)に支配されてはならない」となります。

 実は、わたしにとっての詩歌はこの一節にほぼ同じで、「わたしの感情や考えは愛しい存在ではあるが、畢竟わたしという人間(human being)の働きの一部であり、全体ではない。全体が一部に翻弄されることを、わたしは望まない」と自ら言い聞かせています。感情や考えを正直に表現できたと思っても、それを詩歌とはいわないということです。いや、果たしてどのような秤にかければ、自分の感情や考えに忠実だとわかるのだろう。そんな便利な道具があろうとも思えません。

 ところで、芭蕉は『荘子』を踏襲して、自分の身体を百骸九竅(多数の骨と九つの穴)と把握し、そこにひそむ「心」を仮に風羅坊と名付けます。命名の理由は、「わたしの心」という奴は羅(薄物、夏向きの着物)に似て、風が吹くと破れてしまいそうなほど弱々しいためだといいます。この「弱さ」が芭蕉を俳諧という文芸に走らせる。実はその「弱さ」によって、俳諧を投げ出そうとしたり、逆に仕事にしようと努力したり、仕官して社会的地位を求めようとしたり、仏道に帰依して悟りを得ようともしたが、ひとつもものにならず、結局、俳諧の世界だけが残ったようです。

 俳諧のどこにそんな価値があったのでしょうか。それは、天然自然を規範に、四季の移り変わりを「心の師」として、「心」を解放してゆくところであると思います。芭蕉は、それが和歌で西行が、連歌で宗祇が、絵画で雪舟が、茶道で利休が求めた世界に等しいと信じていたようです。この「心」の解放こそ、芭蕉がたどり着いた「軽み」であると、わたしは信じています。ポール・ヴァレリーは「羽毛のようにではなく、鳥のように軽くなければならない」(『文学論』)と書いています。総体、つまり生きた人間としての「軽み」という点では、仏道も芸道も文学も変わりないとはいえないでしょうか。
 「心」を天然自然にひらいて、昨日までの自分とは違う新しさを見出してゆく、俳諧表現をそのようなものとして見直していただくことを願っています。

▶▶▶教師だからといって、問われもしないのに答えるのは難しい事柄もある。これは最近、親しい友人から「結局、表現として、私には俳句は向いていないとつくづく感じています」という便りをもらって、これは穏やかではないと感じて、はらわたを絞って整理したものである。ここに示した芭蕉の俳諧観は主に『笈の小文』冒頭の一文に拠っている。また芭蕉が「風羅坊」という主役にこめたイメージは、「芭蕉野分して」詞書(天和1)、「乞食の翁」詞書(天和1)、「歌仙の讃」句文(天和期か)、「芭蕉を移す詞」(元禄5)などで深めることができる。ついでながら、草庵に植えてもらった芭蕉と向き合いながら、その破芭蕉(やればしよう、秋季)の姿を自分に重ね、「ただ、この(芭蕉の)陰に遊んで、その風雨に破れやすいところを愛するだけ」(芭蕉を移す詞)という世界観については『撰集抄』(巻6、12話)に先例が見えることを附記する。

□***************************************□

[PR]
# by bashomeeting | 2017-05-03 09:47 | Comments(1)
この人の一句◆藤井啓子句集『輝く子』ふらんす堂刊

新米の粥にはじまる離乳食
月見草置いて来し子の眠る頃
一泊の留守に汗疹の子となりし
友達になるきつかけのねこじやらし
人見知りする子と出かけ母薄暑
国語より算数よりも兜虫
次の手を読めるオセロの子と夜長
朝寝してまた身長の伸びたる子
水着干す時はこんなに小さくて
思ひきり切りし前髪サングラス

▶▶藤井啓子句集『輝く子』。「序に代えて」として稲畑廣太郎が出版を祝う文章を寄せる。作者自身による「あとがき」がある。「著者略歴」によれば、兵庫県で定年まで勤め上げた国語教師。五十嵐播水、稲畑汀子ほか、一貫して「ホトトギス」系に学んで今日にいたる。いただく句集の作者と筆者は一面識もない場合が多く、この作者も例外ではないが、まれに芭蕉会議サイトに書き込まれる文章を読んで、気息に同じものを感じとっていた。句集を贈られて、そのわけが「ホトトギス」系にあると判明。「行きかた」が同じなのであった。阪神・淡路大震災の罹災者で、その試練をさけてこの作者の境涯を語ることは難しそうだが、ここには(思うところあって)作者の身辺を昇華させた(と思われる)数句を紹介。ふらんす堂、平成29年3月刊。
[PR]
# by bashomeeting | 2017-03-20 09:30 | Comments(0)
この人の一句◆若月道子句集『水の記憶』本阿弥書店

蒲公英の少しも迷ひなき黄色

▶▶若月道子句集『水の記憶』。鈴木章和序。作者自身による「あとがき」を添える。それによれば、鈴木章和主宰の『翡翠』に入会して十二年の俳歴という。当季の一句を紹介して、2017年の春を深めたい。本阿弥書店、平成29年3月刊。
[PR]
# by bashomeeting | 2017-03-04 17:26 | Comments(0)
この人の一句◆岩津必枝句集『十日戎』文學の森刊

初鏡耳順うべなふ目鼻かな
鉋屑くるりくるりと春の風
子が押せば父のぶらんこ動き出す
ガリバーのやうな靴あといぬふぐり
緞帳の下りてうつし世春惜しむ

▶▶岩津必枝句集『十日戎』。「必枝」はサダエ。藤木倶子序。吉田千嘉子跋。作者自身による「あとがき」を添える。作者は小林康治について俳句を学び、師の没後は藤木倶子主宰『たかんな』創刊同人。文學の森、平成29年3月刊。女性俳人精華100、第7期第6巻。
□***************************************□

[PR]
# by bashomeeting | 2017-02-27 16:39 | Comments(0)
一と晩の汚れにあらず恋の猫
惜春やとりて冷たきイヤリング
母の背にたゝけば甘き天瓜粉
羅を着て男にはなき度胸
明日刈る蕎麦の畠の十三夜
秋冷の朝を抱き合ふ道祖神
もう話すことなどなくて息白し
○△□の田楽炉火愉し

▶▶大河内冬華句集『古雛』』。「序に代えて」として岸本尚毅が推薦文を寄せる。塚田采花跋。作者自身による「あとがき」を添える。作者は村松紅花 について俳句を始め、俳誌『雪』(紅花選)に投句、その後一時俳句を離れるが、岸本尚毅の選を仰いで句作再開。現在村松紅花発刊の『葛』に拠る。紅花永逝(平成21年〈2009〉3月16日)後の『葛』は山元土十・小林敏朗の2名選者制。海紅と師を同じく、初心の時代を同じくする旧知ゆえ、作風も等しく、障りなく読了。ふらんす堂、平成29年3月刊。


[PR]
# by bashomeeting | 2017-02-25 08:15 | Comments(0)

芭蕉会議、谷地海紅のブログです。但し思索のみちすじを求めるために書き綴られるものであり、必ずしも事実の記録や公表を目的としたものではありません。


by bashomeeting