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心は焼けない◆稲澤サダ子句集『月日ある夢』

 担当授業のひとつ「日本文学文化特講(古典)」は「蕪村と共に暮らす」という題目で、講義日当日の四季の移ろいに合わせて、蕪村を柱に連歌・俳諧・俳句の世界に遊んでいる。七月九日は夏季休暇前の最後の講義だったので、趣向をかえて、稲澤サダ子さんという人と、その句集『月日ある夢』を紹介した。紹介後、学生が強い関心を示してくれた。それに気をよくして、十二日(日)俳文学研究会でも、同じ話をした。しっかりした人生はしっかりした句を遺す。あらためてそんな気がする。稲澤さんのことを教えてくださった天野さらさんに感謝するとともに、こうした立派な俳人(詩人)が津々浦々に暮らしている国をいとおしく思う。「無名俳人」などという間の抜けた言葉を使い始めた人が、ボクの前に現れたら、腹の底から叱りとばしたいとも思う。無名の人などどこにもいない。

 以下に講座に用いた資料を掲げる。

■稲澤サダ子 明治四十四年十月十日、旭川市に生まれる。青森県立女子師範学校卒。昭和八年に結婚し二男二女の母となるも、夫の急逝により、その実家千葉県に身を寄せて教職。昭和二十四年、旭川に戻り小学校教師。平成十四年二月、子供達が五千余句から四百句余りを選び、母の卒寿記念に句集『月日ある夢』刊。

■句集『月日ある夢』書誌
①書名 「月日ある夢」。
②分類 個人句集(家集)。
③体裁 四六判・洋本仕立て・緑色表紙・全一冊(212頁)。
④編者 作者の子供達(「はじめに」「あとがき」)。
⑤序者 「子を代表して 秀行」(「はじめに」)。
⑥跋者 「サダ子」「義泰」(「あとがき」)。

  人間に生まれた以上必ず一度は死にように生まれている。それが人間の姿であることは間違いなく、お釈迦様もそう言っている。死んでも心は焼けない人間の幸をと、仏様はこの世を進めていらっしゃると思う。
  仏様と同じ魂(こころ)で死を待とう。それが生きることになると思う。
                         (平成十三年十二月二十四日 サダ子)
⑦刊記 「印刷所 (有)文成印刷 東京都杉並区方南1-4-1」。
⑧内容(抄)
  春
囀や園児の列の過ぎし後
風船をしつかと父の肩車
帯を解き煎茶のうまし花疲れ
リラ冷えの残る朝の庭いぢり
リラ冷えや今日は一日もの言はで
リラ冷えや遇はずもがなの人に遇ひ
花の旅近づく一日遺書を書く
ふらここの空きをり乗つてみたくなる
春愁の思ひ過ごしと庭を掃く
人生を卒業せよと卒壽かな
  夏
アカシヤの花の心を胸に挿し
要件はなかなか言はず新茶褒む
薄れゆく実家の記憶青すだれ
羅を折目くずさず幸うすく
一日をただ玫瑰とありし旅
  秋
軒先の萩にことづて結びけり
行きしぶる流燈へ送る手波かな
霧笛鳴る千島返せと咽ぶごと
一位の実摘んで少女の日に戻り
星月夜夫の星はすぐ判り
思ふまま咲きし野菊のなほ淋し
お隣の明りも消えて虫の夜に
野に座せば吾も切株とんぼ来る
想ひ出の布もて作る菊枕
露草の露に命の碧さあり
新涼や少し長めのワンピース
白髪や砂利に土下座の墓参り
隣家よりまだ温かき茸飯
もらひたる紅葉を持ちて車椅子
こほろぎのふとなき止みて眠られず
  冬
腰紐の紅きをかくし木の葉髪
木の葉髪悔いの一つを梳き流し
落葉焚く息子の背に亡夫の影
内視鏡終へし胃の腑に屠蘇祝ふ
買ふ物もなけれど師走の人混みに
by bashomeeting | 2009-07-19 17:06 | Comments(0)

芭蕉会議の谷地海紅(快一)のブログです。但し思索のみちすじを求めるために書き綴られるものであり、必ずしも事実の記録や公表を目的としたものではありません。


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