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闇を見よとや9◆潮来で芭蕉が寝た布団

 一月のかげろう金曜会で、芭蕉の『鹿島詣』を読み終わって、さて帰途につこうとすると、君子さんが話しかけてきた。先生は藁布団をご存じですか、というのである。
 『鹿島詣』は帰途、潮来の本間道悦(自準)宅に一泊、「帰路自準に宿す」と前書きして、次のような付合(三句)で結ばれている。

  塒せよ藁干す宿の友雀      主人
    秋をこめたるくねの指杉    客
  月見んと潮引きのぼる舟とめて 曽良

     貞享丁卯仲秋末五日

  君子さんは発句の解説を聞いて、芭蕉が寝た蒲団は藁布団に相違ないと思ったのであろう。私が、藁蓋・円座(わろうだ)なら習ったと答えると、昭和に入っても、つまり彼女が子どものころまで普通に使っていた蒲団に藁布団があると教えてくれた。後日あらためて電話をくれて、『広辞苑』に立項されていることや、新潟の姉は屑布団とも言っていたとか、干した藁布団の上に綿布団を敷いて寝たとか、畳めないので春には燃やしたとか、まことに丁寧に教えてもらった。しかし、今ひとつイメージがつかめないので、会員全員がいる二月の会でこの藁布団を話題にした。すると一人の男性が黒板に図解して、袋にした布の真ん中を開いて藁を詰めることや、藁の茎の部分は縄を綯うなど、ほかに使い道があるので、蒲団は本当に屑のところを払い落として詰めた。だから屑布団ともいうのだと教えてくれた。生まれ育った土地柄で異なるだろうが、この会のメンバーは殆んどあたたかい藁布団に眠った経験があると思いますよ、と彼が付け加えると、うしろの席で年配の女性がニヤリと笑った。
 手もとの歳時記類に立項されてはいないが、「藁干す」は発句の季をなす秋の言葉であった。「藁布団」は冬季とされるが、「貞享丁卯仲秋末五日」つまり貞享四年(一六八七)八月五日は今の暦で言えば九月の十一日、稲刈り真っ盛りのこの季節は、藁干す作業が進行していてもふしぎはない。芭蕉は自準から実際にあたたかい藁布団のもてなしを受けたのではなかろうか。とすれば、帰途に自準宅に泊まることは予定の行動であり、先方に事前に知らされていたことになる。詳しく調べていないが、今まで芭蕉が藁布団に寝たという解説はみない。実際に寝たと解する方がずっとよい句になる。

 この発句の「藁干す」を雀の巣藁としてしか解説できなかったことを恥じる。そして、それをたしなめてくれた君子さんに感謝する。研究者は〈粗末な住居と道悦が謙遜したのだ〉とか、〈芭蕉一行への挨拶の心〉とか解説して済ませるだろうが、実際に日に当てた藁布団に芭蕉は寝たのだという踏み込んだ解釈によって、この発句はずいぶんと佳句になった。

〔藁蒲団〕 『図説俳句大歳時記』に「藁衾(わらぶすま)」を類題として次の解説がある。「紺布などを外被として、なかに藁を打って柔らかにした物や藁の屑(くず)などを詰めた敷き布団。中世あたりから用いられていたものであろう。藁蒲団は貧しい者のみが使用する品のように考えられがちだが、綿が貴重だった時代には一般の使用品であった。いまでも長野県などの農家では、中農以上の家でも使用しているところがある。また病人用の藁蒲団は季節にかかわらず使用される。→蒲団・衾」(鈴木棠三執筆)とある。例句は「わらぶとん雀が踏んでくれにけり 一茶」のみ。この一茶の句も逸品である。
Commented by 小出富子 at 2010-02-23 23:05 x
宮城県に縁故疎開していた11歳の頃、お友達の家に遊びに行った時、寝たきりのおばあちゃまが、厚さのある藁布団の上に布団をひいてやすまれていました。子供心に「おばあちゃま、大切にされているのだなー」と、思ったものでした。藁布団の思い出です。
Commented by bashomeeting at 2010-03-03 23:38
ありがとうございます。藁布団が少しずつ現実味を帯びてわかるようになりました。匂いや手触りまでが伝わってくるようです。芭蕉は実際に藁布団のもてなしをうけたように思います。
by bashomeeting | 2010-02-23 15:42 | Comments(2)

芭蕉会議、谷地海紅のブログです。但し思索のみちすじを求めるために書き綴られるものであり、必ずしも事実の記録や公表を目的としたものではありません。


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