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闇を見よとや10◆造化の世界

 かげろう金曜会は『笈の小文』を読み始めた。冒頭は「百骸九竅の中に物あり」と始まる、あの高邁な文章である。この名文が「造化にしたがひ、造化にかへれとなり」と結ばれていることは御承知の通り。だが、「造化」はどのように説けばよいか。現代では殆んど目にしない言葉と思うので、天地を作り出したもの、造物主、あるいは造り出された宇宙、あるがままの世界、自然(じねん)、神などと手探りで説明した。ところが、ボクより少し上の世代である聴講者にボクの骨折りは徒労で、みんな納得済みという表情である。その理由を尋ねると、「造化」の世界は武島羽衣作詞の「天然の美」という歌そのものだからという。この歌は長く流行していたので、曲を聴けば先生も思い出すはずということだった。数日後、Chizukoさんがその歌詞と譜面を送ってくれて、添書に〈「天然の美」は記憶違いで、「美しき天然」が正しい。加齢と共に物忘れが多くなり失礼した〉とある。こうして調べる手掛かりを得たので、少し勉強をしたところ、「天然の美」という名もあることがわかった。Chizukoさんの記憶は確かだったのだ。
 曲を聴いてみたが、記憶にあるような、ないような、聴いたことがあるような、ないような、チンドンヤの曲に似ているような、似ていないような微妙な印象である。しかし、その歌詞は確かに「造化」の世界を描いてあまりあると思う。Chizukoさんたちの理解はきわめて正しいと思う。

〔美しき天然〕 武島羽衣作詞・田中穂積作曲。明治35年(1902)にできたワルツ風の唱歌で、「うるわしきてんねん」と読む。サーカスやチンドンヤのジンタ(吹奏楽)で昭和に至るまで人口に膾炙し、「天然の美」の名もある。歌の誕生は、田中穂積(私立佐世保女学校の音楽教師)が九十九島の美を歌に創作したいと考えて、武島羽衣の詩に出合ったことによる。


    美しき天然

1,空にさえずる 鳥の声
  峯(みね)より落つる滝の音
  大波小波どうどうと
  響き絶えせぬ海の音
  聞けよ人々面白き
  この天然の音楽を
  調べ自在に弾きたもう
  神の御業(みわざ)の尊しや

2,春は桜のあや衣(ごろも)
  秋はもみじの唐錦(からにしき)
  夏は涼しき月の絹
  冬は真白き雪の布
  見よや人々美しき
  この天然の織物(おりもの)を
  手際見事に織りたもう
  神のたくみの尊しや

(3) うす雲ひける四方(よも)の山
  紅(くれない)匂う横がすみ
  海辺はるかにうち続く
  青松白砂(せいしようはくさ)の美しさ
  見よや人々たぐいなき
  この天然のうつし絵を
  筆も及ばずかきたもう
  神の力の尊しや

(4) 朝(あした)に起る雲の殿(との)
  夕べにかかる虹の橋
  晴れたる空を見渡せば
  青天井に似たるかな
  仰げ人々珍らしき
  この天然の建築を
  かく広大に建てたもう
  神の御業(みわざ゙)の尊しや

※附記 武島羽衣の住居は現在の東洋大学正門の位置にあった。大学院に入った年に村松友次先生のお手伝いで『猿みのさがし』(昭和51 笠間選書60)という『猿蓑』の古註を翻刻出版した。それを指導教授である吉田幸一先生に呈上すると、すぐに凡例を御覧になって〈武島羽衣旧蔵本ですか。武島さんの住居は今東洋大学の正門になっているところでした。なにかの御縁かもしれませんね〉と喜んでくださった。ボクはすぐに凡例に目を通すという行為に感動した。文献学者としての謹厳さをまのあたりにする気がしたからである。
by bashomeeting | 2010-02-23 19:15 | Comments(0)

芭蕉会議、谷地海紅のブログです。但し思索のみちすじを求めるために書き綴られるものであり、必ずしも事実の記録や公表を目的としたものではありません。


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