星は闇の深さを見せるために光り輝いているにちがいない。千鳥の名所である星崎(名古屋市南区)はそんな景色を容易に思いえがけそうな名前である。だが「星」という文字は、語源的に「縁(ふち)」とか「藤」という言葉の仲間であると習っていて、ある中心部から離れた断崖とか台地を意味し、藤の花のように垂れ下がるというイメージであって、字面通りの夜空の星をさしてはいなかったようだ。断崖や台地とすれば、その多くは脇に川が流れていて、下流は海につながるはずである。その闇に千鳥の声がして、これまた闇の深さを教えているのだろう。ただし上代の千鳥、平安中期(1100年代)ころまでの千鳥は「たくさんの鳥」の意で、しかも川千鳥であるとのこと(片桐洋一『歌枕歌ことば辞典』)。そののち、海の千鳥、しかも冬の景物として歌語化し、冷えびえと冷たい情趣が定着。とすれば、冷たい空気もまた、この句の闇の深さを強調するものと見てよいだろう。
余談ながら、逆に言えば、闇は星や千鳥の声の美しさ、そしてキリリとした冬の空気の厳しさを教えてくれるものであろう。その美しさは凛然たるものにちがいない。芭蕉がその凛然たる闇と向き合うのが、延宝八年(一六八〇)三十七歳の冬、つまり「ここのとせの春秋市中(小田原町)に住み侘びて、居を深川(江東深川村)のほとりに移す」(『続深川集』)以後のことなのだろう。