終戦の記憶◆壕を掘る兵隊さん
2010年 08月 16日
なぜか、とても静かでした。砂バケツリレーや、竹槍訓練などの防空演習もなく、警戒警報も鳴りません。祖父の家には、朝から近所の大人たちが出たり入ったりしていて、そのうちに大勢の人が集まってきました。
私はというと、とっても嬉しくて…、だってこんな時間に、こんなにたくさんの人が家に来てくれるのは、本当に久し振りだったから。ただただ嬉しくて、家中を飛び跳ねて、笑い転げて、客人にからみついて、じゃれついて、うれしくて、うれしくて…。
床の間のある広い座敷に、人々は集まっていました。床の間の真ん中には、祖父お気に入りの、四級スパーのラジオ(少し大きい茶色のキャビネットのもの)が置かれていて、みんなそっちの方を向いて座っていました。私はその人たちの間に分け入って、ケタケタ笑い転げて、じゃれ回っていましたが、突然「ゲタつくな!」と祖父の物凄い怒鳴り声、鬼のように引きつったその顔、そして間もなく、あの放送が始まりました。私は、今まで見たことのない祖父の形相に、ただ恐ろしくてガタガタ震えるばかり。なぜこの部屋にたくさんの人が集まっているのかも、ラジオ放送の内容も、まったくわからないのでした。放送が終わったあとの客人の様子は、なぜか何も記憶に残っていません。きっと、家の外に追い出されていたのでしょう。
祖父の家には、いつも壕を掘る兵隊さんが3人位泊っていたのですが、この日の夜から、兵隊さんは戻って来きませんでした。(M)
〔海紅附記〕 残暑見舞いに、こんなお便りをもらいました。そして、市村宏先生の歌を口ずさみました。山房の小さな仏壇のキュウリの馬はまだ生き生きとして、自分のつとめを待っています。
霊あらば親か妻子のもとに帰る靖国などにゐる筈はなし 市村 宏(『東遊』)