この人の一句◆吉田千嘉子『朳囃子』
2010年 10月 23日
受験子のひと呼吸して発ちにけり
丁寧な一字一字や受験絵馬
女雛の手扇を持ちて落ち着きぬ
辛夷咲き森の呟き始まりぬ
かくれんぼ鬼を忘れて土筆摘む
銀漢に届けと積めるケルンかな
地回りの猫を逃さずゐのこづち
マフラーに頬を埋むる渇きかな
異次元へつづく扉や大枯野
白鳥の影もろともに着水す
鮟鱇の箱のかたちに身を委ね
海といふ大きな器風花す
春寒や秤はみだす蛸の足
猫柳束ごと挿され無縁塚
螢の夜誰とは知らぬ肩に触れ
母の前嘴ばかり燕の子
葉桜の淋しさといふ身の軽さ
銀河鉄道通りしあとのちちろかな
尾で話す牛の寄合秋高し
蕗の葉の脱ぎ捨てられしごとく地に
尺取の生きるといふは測ること
蓑虫や山の噂は風に聞き
野の芹の丈三寸を摘みにけり
水中花つくづく水に飽きにけり
久闊の障子からりと開きにけり
〔解題〕吉田千嘉子句集『朳囃子』。書名はエブリバヤシと読む。〈毎年二月十七日から四日間、青森県八戸市を中心にして行われる豊年予祝の伝統行事〉(あとがき)に「えんぶり」があり、書名はそれに依っている。作者は俳誌『たかんな』副編集長で俳人協会会員、また木目込人形作家でもある。「たかんな」主宰藤木倶子序。片山由美子が「冷静に、大胆に」と題する栞文を寄せる。角川SSC、平成22年9月刊。