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新方丈記20◆講座概要「西行という存在―花と月を愛した歌人」

 近年名称を千早地域文化創造館と変えた千早社会教育会館(豊島区)には、「かげろう金曜会」という古典講読の会で二十四、五年にわたりお世話になっている。前任者のK先生が七年ほど受け持たれたというから、それを含めば三十年を超える。長いお付き合いである。
 今年の一月に、その創造館から「3月のカレッジ」という企画で、西行の話をしてくれと頼まれた。西行の専門家に頼んでみようかと言ったが、ボクでよいという。三十年の恩返しのつもりで引き受けた。「西行という存在」という題にしてもらった。西行その人もさることながら、その存在が後世に及ぼした影響力についてもふれたいと考えたからだ。「花と月を愛した歌人」という副題は創造館の担当者が決めたもので、その通りでなので、そのままにした。
 日程は三月の一日(火)・八日(火)・十五日(火)の全三回で、午後の二時から二時間の講座であったが、三回目は大震災後の計画停電のため、ボクの町から豊島区に出ることは難しく、ほぼ復旧するまで待ってもらい、二十九日(火)になんとか終えることができた。こうした講座は源氏物語と芭蕉がダントツの人気と聞いているが、聴講者が定員を超えてしまったのは、ちょうど花の季節であったせいか。
 まず、辻邦生の小説『西行花伝』、角川源義の句「花あれば西行の日とおもふべし」(西行の日)、坂口安吾の小説『桜の森の満開の下』、梶井基次郎の小説『桜の樹の下には』の話をして、そのイメージと影響力の強さを確認した。
 次に、西行を慕う人生を送ったという意味では誰にも負けないであろう芭蕉の作品を読んで、次の二首が近代に死のイメージを植え付けた桜(花)の意味を考えた。伊勢・吉野・涅槃会・宝物集・文覚上人・狂言綺語・本地垂迹・和歌即陀羅尼という言葉などを以て和歌を解説し、あくまで門外漢の想像と前置きし、日本歴史が桜を大切にしてきた理由のひとつに神仏の像を彫る材料に適していたことがあるのではないかと述べた。出版を「上梓」といい、梓の文字を用いるが、実際は桜の木が用いられたという事実に基づいたのである。

  ねがはくは花のしたにて春死なむそのきさらぎの望月のころ(続古今・雑上・春上)
  仏には桜の花をたてまつれわが後の世を人とぶらはば(山家集・春)

 月の和歌を紹介するにあたっては、ひたすら月輪観という密教の基本行法に沿って選歌した。これは清浄な心の象徴として月輪(満月)を心に思い描く修行だが、恋の歌に月が頻出する理由も、その清浄のイメージによるものなのだろうと説いた。代表的な例歌をあげると次のようである。

     観 心
  闇晴れて心の空にすむ月は西の山辺や近くなるらん(山家集・雑)
  嘆けとて月やはものを思はするかこちがほなるわが涙かな(千載・恋五)
by bashomeeting | 2011-06-13 18:16 | Comments(0)

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