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ちょっと妙見島を見に◆白山句会余滴

 葛西駅を降りて、村愁君おすすめの「ちばき屋」で支那ソバを食べ、地図を片手に旧江戸川に向かう。東西線沿いを十五分もあるけば浦安橋であった。なんとも優しい橋の名前である。防潮堤工事一色の妙見島を哀しくながめて、川べりを歩く。西野屋・吉野屋という船宿の釣り船や屋形船を見て、堤に映えている野草の匂いをかぎ、石段に腰をかけて風に揺れるポピーのオレンジ色に酔ふ。帰途に立ち寄った公園で、巣作りにかいがいしく精を出す鴉の夫婦を眺めた。巣はたくさんの針金ハンガーを用いて、とても丈夫そうだった。

 「花は根に鳥は古巣に帰るなり春のとまりを知るひとぞなき」(崇徳院・千載・春)と詠まれた鳥の巣に季節は感じられないが、連歌・俳諧の歳時記類では春季としているものが多い。ただし、鳥によっては夏季であったり、無季とするものもある。崇徳の歌は〈いったい春はどこに帰ればよいのだろう〉という淋しい歌。

  春風の窓開け放ち待ちくれし    海 紅


〔妙見島〕東京都江戸川区東葛西3丁目の一部。旧江戸川の中州である。南北約700m、東西約200m。かつて徐々に移動していた時代があり、「流れる島」と呼ばれていた。今は護岸工事がおこなわれて、その全体が工業地。北側に妙見神社。千葉氏の守護神である妙見菩薩を祀る。すなわち南北朝(十四世紀)以降の記録にある由。江戸時代は行徳船の航路。馬琴『南総里見八犬伝』や周五郎『青べか物語』の舞台。ai君の話では、子どものころの妙見島あたりは、釣り糸を垂れると、じきにカレイ(鰈)なんかが釣れるところだったという。
by bashomeeting | 2012-04-30 11:50 | Comments(0)

芭蕉会議、谷地海紅のブログです。但し思索のみちすじを求めるために書き綴られるものであり、必ずしも事実の記録や公表を目的としたものではありません。


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