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立秋の風◆村上スクーリング始末

1.八月四日は新潟で前泊して、五日から七日までの三日間、村上市の公民館で『おくのほそ道』の集中講義(スクーリング)の旅である。新幹線社内サービス誌『トランヴェール』は「現代も魅力あふれる『おくのほそ道』の東北」という特集を組んでいた。山寺芭蕉記念館の相原一士さんが取材をうけて、「道中をドラマチックに演出し、その土地の一番の魅力を分かりやすく強調している」芭蕉には「現代でいうところのコピーライター的な一面もあるように思います」と語っていた(残念なことは、ボクがコピーライターのなんたるかを知らないこと)。会場校を引き受けた昨年の俳文学会ではじめてお目にかかった相原さんの顔を思い浮かべた。角田光代のエッセイ「旅の速度」に目を通す。「旅の速度を変えると、見えてくるもの」が違うという内容であった。

2.このたびは宿の確保に苦労した。二年前に一宿した「汐美荘」(瀬波温泉)を手はじめに、あちこち空室を搜し求めたが、海水浴時期というタイミングの悪さで、どこも満室。やむなく、村上の観光協会に相談したところ、日曜・月曜の二日間のみ駅前の「トラベルイン」(田端町)を予約できた。

3.そんなわけで、前泊の宿は新潟駅前「ホテルα-1新潟」(中央区花園)。夕食に周辺を歩いて「河童」(東大通り1) に入る。のっぺ汁とビールでは少しもの足りなくて、久しぶりに甘めの雪中梅を一杯いただく。〆張鶴も並んでいたが、村上の酒は村上にとっておくことに。翌朝「いなほ1号」で村上へ。不味かろうとは思いながら、車内販売のコーヒーを買うが、熱くて唇に火傷(七日快癒)。

4.前日に手紙で飛び入り聴講を希望したSさんを加えて、聴講者わずか六名という贅沢な教室で、初日はそこに福島から卒業論文の相談でやってきたEさんが加わる。その相談も講義の内と考えて、全員のいるところで話し合いを重ね、講義はまず『曽良旅日記』の村上の記事(六月廿八日、廿九日、七月朔日)を読むことから始めた。曽良と村上との関わりや、村上が『おくのほそ道』に描かれなかった理由を考えたのである。

5.この集中講義に合わせて、毎年『おくのほそ道』を追跡にやって来るKOさんとYAさん、さらに山形のTA君が顔を出すというので、それに合わせて今夕は懇親会ということに。場所は「漁師の家 一心」(田端町)であった。そこに向かう前に、公民館のそばにある「味匠喜っ川」(大町)に立ち寄る。土産に冷やし麹甘酒とソギを購入。

6.二日目の午前中は、村上と芭蕉・曽良との関わりを学ぶために、ジャンボタクシーを頼んで歴史散歩。「酒のかどや」(大欠)で、飛び入り参加のK&Yを降ろして、「イヨボヤ会館(内水面漁業資料館)」(塩町、600円)へ。村上藩と鮭の歴史を学ぶ。二年前の旅で、芭蕉句碑が加賀町の稲荷神社と上片町の地蔵堂に各一基・岩船町の石船神社に二基、合計四基あることを承知していたが、距離がある石船神社の見学は断念。地蔵堂の隣りにある宮尾酒造(〆張鶴)も覗いて、徒歩で「酒のかどや」まで戻り、K&Yと合流して、重要文化財の阿弥陀如来を拝みに浄念寺へ。芭蕉と曽良もここにお参りしていて、本堂のホワイトボードにはそうした史実を含めて、講義をした跡と思われる板書が残っていた。浄念寺を出て黒塀の道を歩き、割烹「新多久」(市内小町)で昼食(竹かご弁当)をとることに。午後はK&Yと別れて、午後の講義へ。村上公民館へ戻る途中で、芭蕉と曽良が二泊した宿(大和屋久左衛門。現在、井筒屋として、芭蕉と曽良に振る舞った冷麦を提供している)を左手に眺める。『おくのほそ道』の登場人物について講義。

7.三日目は『おくのほそ道』の構造に連句という文芸が与えている影響と、芭蕉の世界観について考えて、三日間の講義を終了。例年通り、受講者に初めての連句を体験してもらった。発句を案じる際に、由美さんが「今日七日は立秋」と言ったことに始まる作品である。

 「秋立ちぬ」表六句
秋立ちぬ鮭に栄えし城下町   美穂
夕月淡き黒塀の道       泰子
虫の音の小さく朝市賑はひて 由美子
下に二人の弟妹        千恵
新雪の花嫁に幸多かれと    由美
毛糸編みつつ羽越本線     海紅

8.公民館の前に「まちなか循環バス」の停留所があることを教えてもらい、これで村上駅に向かって、「いなほ号」と新幹線を乗り継いで帰途についた。
by bashomeeting | 2012-08-24 10:04 | Comments(0)

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