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教材◆人生七十を稀なりとして、身の盛なる事はわづかに二十餘年也

   閉關之説
 色は君子の惡む所にして、佛も五戒のはじめに置りといへども、さすがに捨がたき情のあやにくに、哀なるかたがたもおほかるべし。人しれぬくらぶ山の梅の下ぶしに、おもひの外の匂ひにしみて、忍ぶの岡の人目の關ももる人なくは、いかなるあやまちをか仕出でむ。あまの子の浪の枕に袖しほ(を)れて、家をうり身をうしなふためしも多かれど、老の身の行末をむさぼり、米錢の中に魂をくるしめて、物の情をわきまへざるには、はるかにまして罪ゆるしぬべく、人生七十を稀なりとして、身の盛なる事はわづかに二十餘年也。はじめの老の來れる事、一夜の夢のごとし。五十年、六十年のよはひかたぶくより、あさましうくづを(ほ)れて、宵寐がちに朝を(お)きしたるね覺の分別、なに事をかむさぼる。おろかなる者は思ふことおほし。煩惱増長して一藝すぐるゝものは、是非の勝る物なり。是をもて世のいとなみに當て、貪欲の魔界に心を怒し、溝洫におぼれて生かす事あたはずと、南華老仙の唯利害を破却し、老若をわすれて閑にならむこそ、老の樂とは云べけれ。人來れば無用の辨有。出ては他の家業をさまたぐるもうし。尊敬(孫敬)が戸を閉て、杜五郎が門を鎖むには。友なきを友とし、貧を富りとして、五十年の頑夫自書、自禁戒となす。

   あさがほや晝は鎖おろす門の垣  はせを
                    ―史邦編『芭蕉庵小文庫』(元禄九刊)による―

〔解題〕内容は元禄六年(一六九三)七月中旬から一ヶ月余り、芭蕉庵の門を閉めて、外部との交わりを絶った際の心境。「折々指出候而迷惑致候ニ付、盆後閉關致候」(元禄六・八・二十付白雪宛書簡)とあって、当時時々起こる持病に苦しめられていたことがわかる。『芭蕉庵小文庫』のほか、朱拙片『けふの昔』(元禄十二刊)・許六編『風俗文選』(宝永二自序)・土芳編『蕉翁句集』「雅二」(宝永六成)等に載る。
by bashomeeting | 2013-03-09 18:50 | Comments(0)

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