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学恩◆千鳥塚の建碑は芭蕉三十三回忌

 芭蕉の墓碑や句碑を集成する『諸国翁墳記』という本を調べ始めて十数年になる。各地に増えてゆく墓碑はいわゆる詣り墓(詣で墓)だが、時代が下るにつれて芭蕉信仰は変容し、墓碑は句碑に、つまり墓が文学碑になってゆく。

 その中でとりわけ有名な墓碑のひとつに「千鳥塚」(名古屋市緑区鳴海町の「千句塚公園」に現存)がある。有名な理由は、貞享四年(一六八七)の『笈の小文』の旅の芭蕉が、寺島安信宅で「星崎の」歌仙を巻いた記念、つまり芭蕉存命中に建てられた唯一の墓碑であるからだ。しかし、詣り墓に始まる芭蕉塚の歴史において、 これのみが芭蕉存命中に建てられるのは不審。ボクは信用できなかった。

 この地で、芭蕉や西鶴などの多くの文人と交渉を持った下里家二代知足の研究は、森川昭先生のお仕事で、この一月、その基礎資料である『下里知足の文事の研究』(和泉書院)の「第一部 日記篇」が刊行された。「千鳥塚」が芭蕉生前の墓碑でないことは、すでに先生の「千代倉家日記抄」(『俳文藝』ほか)から『夷参(いさま)』七号の〈千鳥塚の疑問〉に至る道筋で見えていたが、加藤定彦さんの「定年退職記念号」である『立教大学日本文学』(109号)に、加藤さん自身による〈「千鳥塚」再考〉という論も加わって、長年の疑問が氷解した。学恩に感謝するとはこういうことであろう。
by bashomeeting | 2013-04-15 15:15 | Comments(0)

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