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かれい(華麗・加齢)なる旅◆卒業生と上山温泉

1.【集合・再会】八月二四日(土)~二五日(日)、かみのやま温泉駅に集合して卒業生との文学散歩。誘われて早や十五年めになる。十四名と再会。

2.【蟹仙洞博物館―月山の銘】二台のジャンボタクシーに分乗して、長谷川謙三の蟹仙洞博物館へ(矢来4)。明・清時代の堆朱(ついしゆ。漆に朱や酸化鉄を混ぜる)コレクションを見る。関の孫六その他日本刀のコレクションが圧巻。室町期の刀に「月山用(こしらえ)」とあり、「短刀 銘 月山 長さ20.6㎝ 綾杉肌が特徴」とある名刀を見て、『おくのほそ道』に「此の国の鍛冶、霊水を撰びて爰(ここ)に潔斎して劔(つるぎ)を打ち、終に月山と銘を切つて世に賞せらる」(出羽三山)の一節を思い出す。問えば、古くは月山と銘打つ鍛冶が三山の裾野全体にいたという。太刀と刀の違いの解説をうける。日本刀の樋は強度やバランス、軽量化、血流させないことを目的とし、名刀のめやすの一つであることを教わる。

3.【沢庵流刑の地】沢庵宗彭配流の地、春雨庵へ(松山2)。スズメバチ被害で、予定の茶席は中止となったが、管理人夫婦から元祖沢庵漬けなど、あたたかいもてなしをうける。土産に「春雨庵」の文字を焼き込んだ猪口をもらう。沢庵が『不動智神妙禄』(剣禅一致を説く書)に引用する道歌「心こそ心迷はす心なり心に心こころゆるすな」を思い、「心なき身にもあはれは知られけり鴫立つ沢の秋の夕暮れ」(西行・新古今・秋)を思う。道歌の下の句は、煩悩を奔放に暴れる馬に喩える「心の駒に心許すな」という別案もあって、歌としてはこの方がすぐれている。

4.【芭蕉塚】上山城郷土資料館(元城内)に登って蔵王連峰を望む。月岡神社に立ち寄って、芭蕉句碑「芭蕉翁/名月に麓の霧や田の曇」を一見。弘中孝『石に刻まれた芭蕉』(智書房)は明治元年(一八六八)建碑とするが再考の余地あり。碑面に「芭蕉翁」と刻む例は芭蕉没後まもなくのものであるからだ。思うに再建碑ではなかろうか。

5.【旅宿 月の池】藩校明新館の教師を務めた三輪家など武家屋敷に往事を偲んで花明りの宿と銘打った「月の池」へ(湯町3)。念のためにいえば「月の池」が旅館名で、館内全体の照明を造花仕立てにしてある。それで「花明りの宿」という。いかにも女性好みの宿ながら、露天湯につかって冷えた酒を枡でいただける趣向。すなわち夕食前にほろ酔い気分で、宿の前にある薬師堂へ。脛を傷めた鶴が休んでいたという足湯があった。

6. 【茂吉鑽仰】二日目は茂吉尽くし。斎藤茂吉記念館(北町字弁天)から生家へ、菩提寺の宝泉寺に分骨の墓に手を合わせて、御幸公園の歌碑をめぐる。羽州街道を走り、参勤交代で栄えた楢下宿へ。脇本陣滝沢屋見学。畑は猿の被害を避けるべくネットが懸けられていた。こんにゃく懐石を堪能(こんにゃく番所)。温泉駅に戻って解散する午後三時には厳しい残暑が戻っていた。

〔附録〕上山の茂吉歌碑抄
朝ゆふはやうやく寒し上山の旅の宿りに山の夢みつ(JR上山駅前広場)
あしびきのやまこがらしのゆく寒さ鴉のこゑはいよゝ遠しも(斎藤茂吉記念館後庭)
蔵王山その全けきを大君は明治十四年あふぎたまひき(北町弁天の御幸公園)
ゆふされば大根の葉にふるしぐれいたく寂しく降りにけるかも(北町弁天の御幸公園)
蔵王よりおほになたれし高原も青みわたりて春ゆかむとす(鶴脛町の月岡公園)
足乳根の母に連れられ川越えし田こえしこともありにけむもの(鶴脛町の月岡公園)
のど赤き玄鳥ふたつ屋梁にゐて足乳根の母は死にたまふなり(金瓶北の宝泉寺境内)
すでにして蔵王の山の真白きを心足らひにふりさけむとす(金瓶の神明神社境内)
ゆき降りし山のはだへは夕ぐれの光となりてむらさきに見ゆ(十日町亀屋旅館庭内)
上ノ山に籠居したりし沢庵を大切にせる人しおもほゆ(松山春雨庵内)
ひむがしの蔵王の山は見つれどもきのふもけふも雲さだめなき(経塚山頂上)
たましひを育みますと聳えたつ蔵王のやまの朝雪げむり(経塚山駐車場)
松風のつたふる音を聞きしかどその源はいづこなるべき(白禿山頂上)
桜桃の花しらじらと咲き群るる川べをゆけば母をしぞおもふ(皆沢路傍)
上ノ山市長三選成りめでたくて茂吉思ほゆ道を思ほゆ(松山の栗川稲荷神社境内)
by bashomeeting | 2013-09-10 12:26 | Comments(0)

芭蕉会議、谷地海紅のブログです。但し思索のみちすじを求めるために書き綴られるものであり、必ずしも事実の記録や公表を目的としたものではありません。


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