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論文を読む会◆芭蕉の俳文「紙衾の記」から〈あだ〉〈軽み〉に及ぶ

 六日(土)の論文を読む会は安居正浩さんが〈芭蕉の俳文「紙衾の記」を読む〉というテーマで、この作品が出来る前後の作物を、講義のように、読み聞かせのように、丁寧に話をしてくれた。芭蕉について知りたい人が、すべて芭蕉に詳しいわけではないことを踏まえた配慮であったろう。
 後半にいたり、感想を述べあう時間になって、ボクもいくつかの思い込みを述べた。箇条書きすると、以下のようである。

1)はっきりしていない「俳文」の定義をするために、ボクは歴史における「うたの誕生」から説き起こすべきだと考えていること。
2)ボクがこの作品を愛する理由は、『去来抄』の「先師評」「同門評」や『旅寝論』、そして『三冊子』などもふれている「あだ」なる風がよく出ていると思うからである。
3)「あだ」なる風は「無邪気でユーモラスな詩趣」(『総合芭蕉事典』)と説かれるが、「小児のごとき無心な態度から生まれた」(同)という説明では不足で、「貧」や「わび」という世界と深い関わりを持っていること。すなわち、「軽み」という世界の奥行きを広げる大切な作風であること。それは、芭蕉が竹戸に〈なぜ紙衾を与え、「紙衾の記」を与えたか〉ということと無関係ではないと思うこと。
4)ボクらが従うべき心掛けも、こうした芭蕉の晩年にあること。


by bashomeeting | 2014-09-09 11:32 | Comments(0)

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