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俳句会の誕生◆芭蕉会議も連れてこい!

 ボクの俳句は常磐線沿線に住む素十・紅花門の人々に育てられた。彼らは虚子の教えを支えに、ひたすら句作する人々であったが、それは近代俳句史の表舞台とは距離を置く人々でもあった。「世に出ようとしない」という意味である。
 昨年の十一月二十九日(土)と十二月六日(土)の二日間、日立のとある生涯学習センターから県民大学講座の依頼があって、「たしなみとしての俳句 ―心あたりのある風景―」という全十時間のカリキュラムの講師をした。企画担当のkunikoさんから、「東日本大震災後の県民に日本文化のおもしろさに気づく機会を提供して、生き生きと前向きに、生活に張りが出るような手伝いをしたい」、「俳諧の歴史や先人の作品の味わい方、楽しみ方を学んで、自ら俳句を作る生活に結びつく話をしてほしい」と説き伏せられた。
 俳諧の歴史を講じるのが主目的なら、すぐれた研究者を紹介できると思い、固辞もしたが、「俳句を作る暮らしを身につけて、震災後の生活に元気を取り戻したい」と言われると断れなくなった。俳句を作る愉しみを伝えるのが最終的な目的なら、実作と研究の双方に足を突っ込んできた、ボクの仕事かもしれないと思い上ったのだろう。
 実は、引き受けた理由はもうひとつある。二十代から三十代にかけてお世話になった人々が住んでいる、あるいは住んでいた常磐線に乗って、その昔を一人でしみじみと思い出す時間をもちたい。すっかり御無沙汰しているけれど、この県民大学講座の案内をどこかで目にして、「アイツガ来ルナラ、ヒトツ聞キニ行ッテヤルカ」といって会いに来てくれる朋友がいるかもしれないと、ひそかに期待したのである。
 はたして二人の旧知と再会し、この講座からひとつの句会が誕生した。「たしなみ句会」という。十王パノラマ公園と、日本でただ一つの鵜捕り場のある鵜の岬を交互に隔月で吟行しているから、芭蕉会議のメンバーも連れて来いという。
 この講座を引き受けてよかったと思う。

この村の蜷も田螺も素十恋ふ      村松 紅花
街に東風吹きそめ嫁ぐ日もきまり    石井 双刀
駅守る花見句会をあきらめて      戸井田 厚
残る鴨おほかた太り過ぎと見し     戸井田和子
若鮎も山女魚も育ちゐる闇か      小川背泳子
死してなほ翅に風ある蝶々かな     小沼  道子
燕は巣作り校長忙しき         鷺  孝童
一祝あり沼燕ひるがへり        鷺  くら
by bashomeeting | 2015-04-07 10:36 | Comments(0)