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S子の三十三回忌◆般若心経朗誦

 三十三回忌に招かれたのは、これが初めてのような気がする。
 S子が大学の教員になったのは二十九歳ときわめて早かった。そしてその初年度の業務を終えて、新年度を迎えた四月に病没。つまり享年二十九であった。残された者たちに、この四月で三十二年の歳月が流れたことになる。
 御両親から手紙をもらった。娘の短い生涯を思うとき、一緒に勉強をしていた友達を抜きにして偲ぶことはむずかしい。忙しいとは思うが、町役場前の停留所まで迎えに出るから、仏前に顔をみせてくれという。三十三回忌といえば忌あげである。先生が御存命であれば、必ず墓前にお参りしたにちがいないと、新幹線に乗った。
 S子は親の勧めに従って郷里の商業高校へ進学。卒業後は近隣の銀行に勤めて、良縁にもめぐまれ、平穏な家庭を築いてほしいというのが親の希望であった。しかし、その高校で受けた国語の授業で、古典の魅力にめざめ、高卒後は大学に進学して国文学を学びたいと言い出した。親は経済的な理由をあげて引き留めるのだが、夜学を選んで自活するといって説得し東京へ出た。ボクらの時代に珍しくはない学生像だが、初心を見失うことがなかった点で、S子は大いなる刺激であった。
 法事はまず自宅において行なわれ、ボクらは住職に導かれつつ全員で般若心経を朗誦した。
 すなわち、私とは、私の身体を構成する感覚や思考という集合体が反応した生理的な機能である。存在がそのように実体のない複数の集合の機能である以上、自我だの個我だの利己だのというものは幻であって実在しない。逆にいえば、そのようなカタチで存在することを空といい、それに対する執着を捨てさせてくれるのが智恵であるということを、自らに言い聞かせた。
 法要はそれから寺へと出向き、さらに墓前にお参りして御斎となった。三十三回忌とは、初対面の縁者の人々と、時折笑いながら思い出を語ることのできる時間であった。

春風におされて背筋伸ばすなり
行く春の三十三回忌を修す

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by bashomeeting | 2015-05-12 05:55 | Comments(0)

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