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Lecture◆物付と心付(去来『去来抄〈修行〉』による)

  俳諧にいう「物付」と「心付」(去来『去来抄〈修行〉』による)

 俳諧入門書を読んでも、それぞれ解説には微妙な食い違いがあってわかりにくい、という学生の迷いをはらすために、「物付」と「心付」に関して以下の通り整理する。参考文献に示される通りに説いてもわからないわけだから、踏み込んで意訳を試みる。私の姿勢は「『去来抄』を額面通りに読んでは誤解する」という、東明雅先生の考え方に沿う(東明雅『連句入門』)。

【教訓1】物付は避けよ。心付も前句の句意の全体を踏まえることは避けよ。なぜなら散文に似てしまうから。
《去来抄》付物にて付け、心付にて付くるは、その付けたる道筋知れり。
《口語訳》(付句を)前句のことばの縁や、句意(全体の心持ち)を踏まえて付けると、前句とのつながりが容易にわかってしまうのでよくない。

【教訓2】「映り(移り)」・「匂い」・「響き」は余情であって、付け方ではない。
《去来抄》付物をはなれ、情を引かず付けんには、前句の映り・匂ひ・響きなくしては、いづれの所にてか付かんや。
《口語訳》ことばの縁に因らず、しかも句意を付句にそのまま持ち込まないためには、前句の余情(映り・匂い・響き)をしっかり理解することが肝要。

【教訓3】「心付」は意味や場面を転換することで余情を生む。
《去来抄》蕉門の付句は、前句の情を引き来たるを嫌ふ。ただ、前句はこれいかなる場、いかなる人と、その業、その位をよく見定め、前句を突き放して付くべし。
《口語訳》蕉門では前句の意味や内容にぴったり結びついた心付(句意付)を嫌う。(そうならないために)前句はどんな場面か、どんな人物が描かれたか、つまりその人物の行為(業)や品位(位。人や事物にそなわる気高さや、上品さ)を理解し、その上で句意(意味や内容)と距離をおいた心付をすべきなのだ。(つまり、その結果、前句と付句との間に醸し出される余情を「映り」とか「匂い」とか「響き」と言っているわけだ)。

【教訓4】物付も時には腕前である。
《去来抄》先師曰く「付物にて付くること、当時好まずといへども、付物にて、付けがたからんを、さっぱりと付物にてつけたらんは、また手柄なるべし」。
《口語訳》但し芭蕉は次のようにも言った。「今日、ことばの縁で付ける方法は好まれないが、それでも付句がむずかしいときなどに、あっさりとことばの縁で付けるという場合はあって、これはこれで技量の一つといってよい」。

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by bashomeeting | 2015-05-26 06:58 | Comments(0)

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