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海紅山房日誌

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戦争の放棄Ⅰ◆茨木のり子「わたしが一番きれいだったとき」の「ね」

 日本の詩歌を講じる担当科目の前期最後の講義で、橋本多佳子の著名句「祭笛吹くとき男佳かりける」(句集『紅絲』昭24)を取り上げ、この句は祭笛が祇園祭のそれであること、時代が敗戦直後であることを踏まえなければ十分な解釈と鑑賞が難しいことを解説し、俳句はこうした知識を必要としないところまで私意をそぎ落とすところをめざしたいと結んだ。

 そして、その時代背景を想像する目的で茨木のり子の「わたしが一番きれいだったとき 」 を朗読して聞かせた。だが、その末尾に改行して据える「ね」だけは胸が詰まって、どうしても声にならないのであった。

 わたしもまた、子々孫々のために、「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」(日本国憲法第9条)という理想を追求する国を尊敬し、こよなく愛する者のひとりである。


わたしが一番きれいだったとき   茨木のり子

わたしが一番きれいだったとき
街々はがらがら崩れていって
とんでもないところから
青空なんかが見えたりした

わたしが一番きれいだったとき
まわりの人達が沢山死んだ
工場で 海で 名もない島で
わたしはおしゃれのきっかけを落してしまった

わたしが一番きれいだったとき
だれもやさしい贈物を捧げてはくれなかった
男たちは挙手の礼しか知らなくて
きれいな眼差だけを残し皆発っていった

わたしが一番きれいだったとき
わたしの頭はからっぽで
わたしの心はかたくなで
手足ばかりが栗色に光った

わたしが一番きれいだったとき
わたしの国は戦争で負けた
そんな馬鹿なことってあるものか
ブラウスの腕をまくり卑屈な街をのし歩いた

わたしが一番きれいだったとき
ラジオからはジャズが溢れた
禁煙を破ったときのようにくらくらしながら
わたしは異国の甘い音楽をむさぼった

わたしが一番きれいだったとき
わたしはとてもふしあわせ
わたしはとてもとんちんかん
わたしはめっぽうさびしかった

だから決めた できれば長生きすることに
年とってから凄く美しい絵を描いた
フランスのルオー爺さんのように
              ね      ―『茨木のり子詩集』―

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by bashomeeting | 2015-07-27 12:34 | Comments(0)