姿情を求めて10◆春場所という言葉から歳時記の歴史に及ぶ

 「春場所」は大相撲の「三月場所」の通称である。これを季題と認定する歳時記と、まだ季感の定まらない題目として立項しない歳時記とがある。それぞれ見識ゆえ、どちらも否定しないが、芭蕉の「季節の一つも探り出だしたらんは後世によき賜物」(『去来抄』故実)という言葉に寄り添えば、季題として挑戦する意欲を排除してはいけないだろう。

 相撲(角力)に即して、季題と歳時記について復習しておこう。これは「張り合う」「抵抗する」という意の動詞「スマフ(争ふ)」の連用形の名詞化。神事(奉納・占い)と結びついて様式化する歴史を持ち、毎年旧暦七月に朝廷で行われる公事(公務・儀式)として定着。すなわち相撲節会(すまひのせちえ)である。旧暦七月は初秋だから秋の季題となって、後世も秋祭りの社寺で行われたので季感を損ねることはなかった。今も拍手(かしわで)を打ったり、注連縄(しめなわ)をするのは、室町期に教義を確立して白川家(朝廷祭祀を世襲した公家)との地位を逆転させた吉田神道家の仕業か。江戸期には勧進相撲(資金集め)を経て職業化し、年間の場所数は時代の煽りをうけて一定しないが、現代は一月場所(初場所)、三月場所(春場所)、五月場所(夏場所)、七月場所(名古屋場所)、九月場所(秋場所)、十一月場所(九州場所)の全六場所である。なお蛇足ながら、これは興行化が進んだ結果であるから、「季節の一つ」として俳句を探りだすためには、国技とか神事などと言挙げしないほうがよい。それは相撲節会の昔のことなのだから。

 俳句歳時記は広い意味における歳時記の一種であって、この二つは同じものではない。歳時記の歳時とは歳象・時事という二つの言葉の合成である。その歳象は春夏秋冬の、それぞれの季節らしい景色(風光)で、時事はそれぞれの季節らしい人間の生活(人事)のこと。だから、歳時記はそれらを解説した百科全書とみてよい。その俳句版が俳句歳時記である。しかし、四季の変化は土地によってズレがあるし、人の暮らしも変わり続けることを踏まえると、どれか一冊あれば永久に役立つというものでもなさそうだ。俳句歳時記は常に新しい作品によって更新されてゆく。ただし、その更新が伝統を無視したものであってはならない。美学がやせ細るからである。

 俳句歳時記のルーツは四季に排列する中国の漢詩文集までさかのぼる。それを平安和歌が受容して日本の自然観を形成。連歌俳諧はその和歌の美学をもとに成立。俳句はその先に位置づけられる。よって日本の美学は当然のことながら京都の美学であったが、享受する者の裾野が広がるにつれ、本意(イメージ)も新しく豊かになる。生きる時代や住む土地によって伝統的な和歌題(縦題)に新しい意味が追加され、いまふうな俳諧題(横題)がすぐれた作品を生んで、歴史を刻みはじめる。しかし、そこに厳しい批評眼が欠如しているため、現代の季題は二万語をはるかに超えたフォアグラ状態にあるのも事実である。俳句歳時記に法典に価する絶対的なものは望めまいが、季題と認定する道筋については共通理解を深める必要がある。

▶▶ある句会の兼題に「春場所」が決まったが、戦前の春場所が1月だったことから、その混乱を危惧する意見が出た。本稿はその問題を手掛かりに、季題とか季語とかに関する私の立ち位置をしめす意図で転載するものである。

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by bashomeeting | 2018-03-26 20:36 | Comments(0)

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