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姿情を求めて18◆「泥吐き」という姿勢と暮らし

 たしなみ俳句会の二周年と、その選集の完成を御祝い申し上げます。
 すでにお話しさせていただいたことですが、私の教師生活は常磐線沿線の高校教師で始まりました。この地域には私の恩師村松紅花と信頼関係にある俳人がたくさん住んでいて、「紅花先生の指示である」といって、赴任後の私をあちこちの句会に誘ってくださいました。私の俳句は茨城県の俳人に育ててもらったといってよいのです。
 そこで教わったことのひとつに「泥吐き」という言葉があります。鮒・鯉・鯰・鰌、そして貝類などを料理する際の下ごしらえの一種で、魚介類が体内にため込んだ泥や汚物を水中に排出させることを意味します。句作をこの泥吐きに喩えて、よい句はトコトン泥を吐いたあとで、ふうっと口をついて出てくるものだというのです。
 ともすれば、泣いたり笑ったりする日常の感情の起伏を表現するものと、俳句を考えがちですが、そんなものは松尾芭蕉が否定した私意であって、そういうものを吐き出してしまって、ああ、もう言いたいことなど、残っていないという段階に入って、はじめて私情を離れた心底を言葉にできる。それが本物の俳句だ。季題を通して見る天然自然は、魚介類の泥吐きにおける水に等しいのだ。季題を学ばねばならない、あるがままの世界を凝視せねばなるまい。私は「泥吐き」をそんなふうに理解したのでした。そして、今もその気持ちに変わりはありません。
 繰り返しておきます。事実を〈美しく〉切り取り、言い取って、今生きていることを喜びましょう。たしなみ句会発足二周年まことにおめでとうございます。日々の御仕合わせをお祈りしています。
                           平成二十九年年二月十四日の月下にしるす

▶▶これは『たしなみ俳句会』(2周年記念句集、平29年2月刊)に求められた「たしなみ句集Ⅱに寄せて」(平29.2.14稿)の全文です。断捨離の日々の散逸を恐れて、しばらくここに残します。


by bashomeeting | 2019-04-04 12:30 | Comments(0)

芭蕉会議、谷地海紅のブログです。但し思索のみちすじを求めるために書き綴られるものであり、必ずしも事実の記録や公表を目的としたものではありません。
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