この人の一句◆奥田卓司句集『夏潮』たかんな発行所刊
2020年 08月 03日
薄氷を跳ねて寄り来る雀どち
農継ぐは這ふことに似て田草取る
夕立やけふのもろもろ洗ひゆく
蝌蚪覗く校長次いで教頭も
青空のどこかが欠けて夏果つる
この空の裏の記憶や敗戦日
歩数計見て夕月へまた歩く
夕月や妻楽しげに稲架を解く
間伐の木へ結ふリボン斑雪山
灯取虫入りてにはかに雨の音
西瓜食ふ白き歯の子にある未来
稲刈るや来季はやめる米づくり
干鱈をかるく炙つて聞き役に
夕立を眺め老躯を休めけり
夜の障子孤児は人前では泣かぬ
雪の夜や己へ歌ふ子守歌
灯台へ行けと夏草揺れやまず
灯台も世事も小さし朱夏の海
我よりも健康さうな草を引く
神饌のほほづき午後の日を返す
流星やなほ母郷向く兵の墓
悲しみにある安らぎや遠銀河
白梅や生きてゆく日々清らにと
▶▶奥田卓司句集『夏潮』〈たかんな叢書第45編〉。吉田千嘉子序。自跋。名勝、種差海岸写真(岩村雅裕撮影)をカバーとし、自ら題字の筆をとる。序跋によれば、作者は昭和十二年(1937)に東京は小石川に生を享けるが、戦争で父を、空襲で母を失い、孤児同然の生い立ちの由。七歳で青森県の八戸の親族に引き取られ、若くして失意の底をのぞいたゆえか、教育者の道を歩む。現在も、俳誌『たかんな』編集長をはじめ、俳人協会青森県支部幹事、青森県俳句懇話会理事、八戸市文化協会常任理事等々、多くの役職にある。まさに人望の人と評して誤るまい。先達に対して失礼ながら、ボクは常々「失意」は人生最大の贈り物であると語ってきた。本当の人生(自分)はそこから始まる。「失意」を知った人だけが、自分に厳しく、そして優しく、結果としてすぐれた作品を生みだすのである。そんな人品を彷彿とさせる二十三句を選び出してみた。たかんな発行所、令和2年(2020)7月刊。