転載◆句を植えた人々(『俳壇年鑑』2007版/各界展望◎俳文学界)
2020年 09月 11日
その俳句の師が、昭和初期に入植した佐藤謙二郎(俳号念腹)である。念腹は原始林を開墾して珈琲を栽培し、稲や玉蜀黍を植え、豚を飼うという試行錯誤の果てに、牛を飼うことでようやく暮らしの安定をはかり、かたわら九百回におよぶ俳句普及行脚を経て二千数百名の俳人を育て、六百ほどの俳句会を指導した。ブラジルは国民の九十パーセントがカトリック教徒で、ポルトガル語を話す国である。日本移民とはそうした異文化の地に四季を発掘し、俳句を移植するという偉業を成し遂げた人々でもある。
その歴史が佐藤牛童子編『ブラジル歳時記』(十月刊、日毎叢書企画出版)としてまとめられている。これはサンパウロ市の四季(二十四節気)に基づき、巻頭にブラジルの花や果実、二百三十六点のカラーグラビアを掲げる。四季は夏(新年)、秋(二月から四月)、冬(五月から七月)、春(八月から十月)、夏(十一月から十二月)に配列し、全二千百余の季題を立項、季題の解説と例句を収めている。編者牛童子(本名篤以)氏は佐藤念腹の末弟である。
ちなみに、ブラジルでは日本人移住百周年の二○○八年を記念して『人文研究叢書』が刊行され、その四集「ブラジル日系コロニア文芸上巻」に栢野桂山「ブラジル俳諧小史」がある。俳誌『雪』(新潟市)が一月からその転載を始めた。(下略)
▶▶本阿弥書店の『俳壇年鑑』で十年余り、「各界展望◎俳文学界」という欄を引き受けていたことがある。掲出の「句を植えた人々」は、その平成19年(2007)版のタイトルで、転載した部分は導入部。珍しい『ブラジル歳時記』の紹介が目的であった。佐藤念腹評伝『畑打って俳諧国を拓くべし』を紹介したのを好機とみて、ここに併出。やがてどこかに紛れ込んでしまうにちがいない拙文、備忘のつもりである。ちなみに、上塚周平(俳号、瓢骨)は熊本の人で、旧制第五高等学校(熊本大学)で夏目漱石に学び、正岡子規とも接点があって、佐藤念腹と出合う前から俳句をたしなんでいたことを附記する。
大統領選挙の群の跣足人 瓢骨
信あれば文は短し秋灯下 念腹