私は研究も俳句も村松友次(紅花)を最初の師としました。その教えの一つである「我々サラリーマン学者に芭蕉を理解できるはずはない」という話を聞いた際の衝撃と困惑は今も鮮明です(すでに話したかもしれませんネ)。
ところで、その師の句集『簗守』(昭和53)には次の五句が含まれています。
やや学びいよいよ愚か地虫出づ(昭37)
学びて愚働きて貧梅雨長し(昭38)
蛙聞く拙き講義して戻り(昭41)
学いよよ乏しく月の細りつつ(昭41)
つばめ来し去年の無学のままの我に(昭42)
没後十五年ほどを経て、これらの句々を読み直しながら、先生は、つまり「我々は死ぬまで勉強であり、自分さがしを続けるしかないネ」と教えている気がしてきたのでした。
日々の御安全を祈ります。
風吹けば花を案ずる国に住む 海 紅
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