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手帳の国、職人の国

 九月一日である。手帳で確かめたのでまちがいない。雨天。今年は今日で二百四十四日が過ぎ去り、百二十一日を残すばかり。立春からかぞえれば二百十日で台風の季節。陰暦では閏七月九日、つまりまだ初秋である。むかしから風を祭り、農作物を荒らす風を鎮める季節で、確かに青松虫の声も夜ごとに増えている。だが、こんなふうに復誦しても、規則正しい日常をおくることはむずかしい。

 ひとつの仕事に取り掛かると、それが仕上がるまでは仕事場を出られない。今日が何日であるかということまでは気がまわらない。それは出勤の拘束が少ない夏季に多く、時に失敗もする。会議は言うに及ばず、ある人の結婚披露宴をすっぽかしたこともある。その披露宴はボクの記憶より一日早く行われたのだ。以来、その人はボクに口を利いてくれない。記憶より手帳を信じなければいけない。わかっている。だが、仕事のさなかはその手帳までが時々行方不明になるのだ。数日前も、二つの約束、ある記念館訪問と雑誌の出張校正を忘れた。いつになく夏休みの宿題に必死な息子が不審で、尋ねると、明日と思いこんでいた約束の日は今日で、すでに午後になっていた。後の祭りであった。

 自分のために仕事をする。それが結果的に人のためになってゆく。かつて、この国はそんな職人仕事を矜りにする国であった。今は人のために仕事をせよ、それは必ず自分のためになるからとすすめられる時代。そこで粗忽をしないために、職人の国と手帳の国を行ったり来たり、しかしそれではまとまったよい仕事ができないのである。オーナーは要らない。手帳の国で、職人の国にいるボクを見張るアシスタントがほしいと、叶わぬ夢を見たりした。
by bashomeeting | 2006-09-01 10:11 | Comments(0)

芭蕉会議の谷地海紅(快一)のブログです。但し思索のみちすじを求めるために書き綴られるものであり、必ずしも事実の記録や公表を目的としたものではありません。


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