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古りゆくこころ

  このところ、鶯を聞く日々が続いている。
  ― 笹鳴きがはじまったね。
  こう言うと、
 ― 三月三日に、古里の畑で聞いたわよ。
  家人が素っ気なく答えた。
  古里とはわが町のやや奥まったところの地名で、彼女の郷里のことではない。彼女は、その地の農家が提供してくれている畑で、仲間と野菜作りを愉しんでいるのだ。いつ、どのような理由で古里と名付けられたのかは知らない。
  本来、古里とは荒れ果てた土地、その昔に都などがあった古跡をいう。それが郷里の意となった。だから郷里とは万物流転、本質的にさびれた姿をさすものなのである。

   人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香ににほひける(貫之・古今・春上42)

  この貫之の〈ふるさと〉も郷里ではなく、人の心が以前とはすっかり変わりしてしまった土地の意。人の心はあてにならないが、梅の香は昔のままだという。さびれた故郷の姿などというと、現代は産業が衰えたりした町を想像しがちであるが、実は生き死にを含めた人の心の変化を本意とするのだ。もっとも、衣食足りていなければ、すさむのはあたりまえではあるが。
  今年も梅が去り、桜の季節が来ている。
by bashomeeting | 2007-03-22 10:59 | Comments(0)

芭蕉会議、谷地海紅のブログです。但し思索のみちすじを求めるために書き綴られるものであり、必ずしも事実の記録や公表を目的としたものではありません。


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