人気ブログランキング | 話題のタグを見る

談林俳諧とは何か

 俳文学会東京研究例会は、今は昨年と言うべきだが、先月十二月のシンポジウムで「談林俳諧の再検討」(一般公開)というテーマを掲げた。その準備の会合で、再検討と銘打つからにはこのシンポジウムなりに「談林俳諧とは何か」という問いの答えを出すようにしてほしいと希望した。それはかつて『文学・語学』第175号「国語国文学界の動向」(全国大学国語国文学会、平15.2)で「俳諧―草創期に学ぶ」として書いたが、俳文学会発足の気運のひとつに杉浦正一郎の「現代俳句の諸問題―談林にかへれ・其他」(『俳句研究』、昭23.3)という提言、すなわち戦後俳壇に談林に返ることから再出発せよという声があったらしいからで、談林俳諧とは果たして文学潮流たり得たのか否かをぜひとも知りたかったからだ。
 ところが、当日は運悪く他所で公開講座を命ぜられて、シンポジウムには出られなかったので、参加した人々に感想を聞いて廻った。その中で心にのこったのはパネリストの一人中嶋隆氏の俳諧史観である。氏は「西鶴の俳諧―軽口から小説へ―」というタイトルで発言し、玄人のものであった仮名草子が浮世草子の時代になって素人との間に境界線がなくなったように、談林俳諧も専門家のものであった貞門俳諧が好事家との境界線を取り払った結果とみてよい、という類の発言をされたという。散文と韻文の歴史がパラレルであるということは、従来言われていそうで、あまり言われていないのではなかろうか。
 ただし、では浮世草子の完成度に見合う談林俳諧、つまり〈伝統的・和歌的抒情から脱却して新しい俳諧の可能性を切り開いた功績〉(明治書院『日本古典文学大事典』)をどのような西山宗因(梅翁)風作品に見ればよいのか。これについては聞き漏らしたままである。
by bashomeeting | 2008-01-06 14:38 | Comments(0)

芭蕉会議、谷地海紅のブログです。但し思索のみちすじを求めるために書き綴られるものであり、必ずしも事実の記録や公表を目的としたものではありません。


by bashomeeting