第3回 芭蕉会議の集い(1)
2008年 06月 18日
地震の恐ろしさは、札幌の時計台のそばの会社で経理屋をしていた時代に体験している。九階建てのビルが難破船のように揺れた。エレベータを使わずに、階段で逃げるように館内放送があり、押し合うようにして六階のオフィスから地上に降りた。電信柱が曲がり、自動車が道路脇に避難していた。道のところどころが盛り上がっていた。
ふと翌日の芭蕉会議の集いへの影響について考えた。帰宅後、家人がTVニュースの様子をつぶさに教えてくれた。宮城が母方の先祖の地であること、栗駒高原がNさんの北堂が生前に静養されていた明媚の地であることを思った。いわきの海岸では釣人が命を落としたともいう。明日の集いには、その地からIさんが出席のはずである。支障のないことを願った。
桜桃の村に嫁ぎし人思ふ 海紅