最近和洋詩歌考現学4 ―教材◆光のありか
2008年 07月 01日
『蘆陰句選』序 与謝蕪村
むかし丹波のくにゝ、大なる璧もたるおきな有けり。そのたまうちにひかりをかくして、ゆかしさ云んかたなし。人其玉を百貫にかはんといふ。翁おもふやう、かくてだに有を、光まさばあたひなほかぎりあらじとおもひて、百貫にはえぞとてうらず。さて夜に日にすりみがきけるほどに、はつかに瑕あらはれ出ぬ。おきな、あさましとまどひて、いよゝすりみがくにしたがひ、きず大に玉はまめばかりになりぬ。はじめかはんと云し人も、今ははなおほひつゝさたなくなりけるとぞ。
されや大魯が門流、芦陰遺稿といふものを出さんとして序を予にもとむ。予が曰、遺稿は出さずもあらなん。いにしへより作者のきこえあるもの、遺稿出て還て、生前の声誉を減ずるものすくなからず。大魯はもとより摂播洛陽の一大家と呼れて、我門の嚢錐なりし。さればその佳句秀吟は、人おのおの膾炙す。たれか遺稿の出るを期せんや。はた遺稿を出して、かの玉もたる翁に倣ふことなかれ。門流肯ず。ひそかに草稿をあつめて、几董に託して校合せしめ、彫刻半バにいたる。しかしてふたゝび序を予にもとむ。こゝにおいてやむべからず。取てその草稿を閲す。予嘆じて曰、遺稿出すべし。遺稿出て人いよいよその完璧をしるべし。是大魯が身後の栄、ますますそのひかりを加ふるに足らん。門流微笑して去。このこと又序とすべし。
安永己亥孟冬 夜半翁識