海紅山房日誌

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最近和洋詩歌考現学4 ―教材◆光のありか

 たぶん『礼記』以降、〈玉磨かざれば光なし〉と説かれてきた。しかし蕪村は、光が疵から発せられているのだから、玉は磨いても光らないという。詩歌が扱うものは何かを示唆して美しい話である。


     『蘆陰句選』序     与謝蕪村

 むかし丹波のくにゝ、大なる璧もたるおきな有けり。そのたまうちにひかりをかくして、ゆかしさ云んかたなし。人其玉を百貫にかはんといふ。翁おもふやう、かくてだに有を、光まさばあたひなほかぎりあらじとおもひて、百貫にはえぞとてうらず。さて夜に日にすりみがきけるほどに、はつかに瑕あらはれ出ぬ。おきな、あさましとまどひて、いよゝすりみがくにしたがひ、きず大に玉はまめばかりになりぬ。はじめかはんと云し人も、今ははなおほひつゝさたなくなりけるとぞ。
 されや大魯が門流、芦陰遺稿といふものを出さんとして序を予にもとむ。予が曰、遺稿は出さずもあらなん。いにしへより作者のきこえあるもの、遺稿出て還て、生前の声誉を減ずるものすくなからず。大魯はもとより摂播洛陽の一大家と呼れて、我門の嚢錐なりし。さればその佳句秀吟は、人おのおの膾炙す。たれか遺稿の出るを期せんや。はた遺稿を出して、かの玉もたる翁に倣ふことなかれ。門流肯ず。ひそかに草稿をあつめて、几董に託して校合せしめ、彫刻半バにいたる。しかしてふたゝび序を予にもとむ。こゝにおいてやむべからず。取てその草稿を閲す。予嘆じて曰、遺稿出すべし。遺稿出て人いよいよその完璧をしるべし。是大魯が身後の栄、ますますそのひかりを加ふるに足らん。門流微笑して去。このこと又序とすべし。
      安永己亥孟冬           夜半翁識
by bashomeeting | 2008-07-01 07:09 | Comments(0)

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