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A human being

 近松の『国性爺合戦』の第二で、和藤内(主人公〈ワトウナイ〉、のちの国性爺)が、韃靼(ダッタン)の手に落ちた明国を奪還すべく、平戸から出陣に向けて勇み立つ台詞のなかに、次のようなものがある。

  天の時は地の利にしかず。地の利は人の和にしかず。吉凶は人によつて日によらず。

 咀嚼を試みれば、〈戦争に勝つためには、自然条件(季節・天候・昼夜など)、地形情況(敵を防げる地勢か、味方を守れる土地か)、人心和合(味方同志が仲良く信頼し合っているか)という、大切な三つの条件がある。しかし、自然条件がどんなによくても地形が悪ければ勝てないし、たとえ地形の情況がよくても、人心がひとつにまとまらなければ、勝利することはできない。要するに、自然条件にも地形情況にも恵まれねばならないが、それが有効に働く前提として、人心の和合一致が不可欠なのである。そもそも、良い結果を得るか、悪い結果に陥るかは人間次第であり、けっして日の良し悪し(天気が良いか悪いか、要害かどうかなど)によるものではない〉ということになろうか。

 「天の時は」から「和にしかず」までは『孟子』公孫丑章句下の冒頭そのままで、「吉凶は人によつて日によらず」は、『徒然草』九十一段の結びの「吉日に悪をなすに必ず凶なり。悪日に善をおこなふに必ず吉なり、といへり。吉凶は人によりて日によらず」にそっくりである。『徒然草』のこの箇所も通釈しておけば、〈縁起のよい日でも、悪いことをすれば必ず悪い結果に終わり、縁起の悪い日でも、よいことをすれば必ずよい結果がでる、というのは昔からよく言われることである。つまり、吉凶とはその人の考えや方法によって決まるのであって、日の良し悪しに左右されない〉となろう。つまり兼好の場合は、吉凶の縁起をかつぐ無意味さを、この世の不確実性、つまり無常観を以て説いていて、人間の和合一致の意義を積極的に説く『国性爺合戦』と同日の論ではない。だが、通底することは A human being 、つまり人間が中心にいるということである。自他共に、人間をおろそかにしてはならないということである。なお、これらの典拠には中国の元の時代の『事文類聚』(前集)なる稀覯本(和刻本もある由)で、沈顔の言説を参看する必要があるようだが未見。
by bashomeeting | 2008-07-27 18:35 | Comments(0)

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