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早合点を戒める

 明け方の五時、飼い犬のテツが吠える声に目覚めて外に出ると、電線に十五、六羽のツバメが止まっている。茅屋を巣立ってからほぼ一ヶ月、こうして時々来し方を振り返るように、仲間と訪ねてくれる。こののち帰燕までの一ヶ月余り、今朝のような景色を愉しませてくれるはずである。
 今年の春先に南方からツバメが戻って、茅屋の巣に落ち着いたばかりのカップルは、出来のよくない奴らに思えた。例年は欠けたお椀のような巣の修復をすぐにも始めるのに、今年は何日も放置したままなのだ。それで、愚かな夫婦め!などと悪口を言ったりもした。しかし、愚かなのはボクの方であった。巣の修復には、雨で柔らかくなった土が必要である。今年は雨が少ないが、彼らがやってきた時期も同じで、何日も降っていなかった。修復をしようにもできなかったのである。ボクの早合点であった。
 ふと、『徒然草』の第十段を思い出した。〈家居のつきづきしく、あらまほしきこそ、仮の宿りとは思へど、興あるものなれ〉という冒頭を示せば、君も思い出してくれるに違いない。ここは表向き住居論とみえて、実は人間論である。住居によって、その家の主人の人柄がわかるという話であった。
 この章段に西行が出てくる。後徳大寺の大臣、つまり藤原実定邸を訪ねたところ、その屋敷の屋根に縄が張ってある。理由を問うと、鳶を止まらせないためであるという。西行は、屋根に鳶が止まることさえ嫌う藤原実定にその心の狭さを読み取り、以後彼を訪ねることはなかったという。兼好はこの逸話を紹介したあと、池に棲む蛙が烏に食われないようにという配慮で、妙法院の屋根にやはり縄が張られているという自分の経験をもとにして、実定の屋敷の場合もこれに似た事情があったのかもしれない、と西行の早合点を咎めている。

   電線に燕のをらぬ時雀   素十(S26.4/6)
by bashomeeting | 2008-08-04 10:48 | Comments(0)

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