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講座:奥の細道―古人とともに生きるⅡ※

 七月三日(金)の第二回目は「なぜ旅に出たのだろう」というテーマだった。聴講者が予想しているであろう従来説にはふれず、「持病があったから」という話をして、第一章(発端から遊行柳)までを、日光や雲巌寺に重点を置きながら、仏道に関わりある描写で筋を追いかけた。芭蕉には江戸に出るころには持病があった。延寳八年(一六八〇)の深川隠棲の最大の理由はそれで、病に関わる関連書簡や文書は臨終の年まで書き綴られている。創作である『おくのほそ道』の飯坂や越後路の「持病さへおこりて、消入計になん」とか、「此間九日、暑湿の労に神をなやまし、病おこりて事をしるさず」という記述は故なきことではなかったのである。
 深川に隠棲の折に、芭蕉が禅僧仏頂に親しく学んだのは事実である。一般に言って、仏道が急に身近になるのは、生老病死に関わる深刻な事態を突きつけられてからである。古代からそうした事例には事欠かない。芭蕉は持病ゆえに予定通りにすすまない人生の悩みを仏頂にぶつけた。仏頂は禅僧なら誰でも言うであろうことを答え、特別なことは言わなかったであろう。禅の公案は無数であっても、禅修行のゆきつくところは「無」の発見である。病気を歎き人生を佗び尽くして「無」を自覚する。芭蕉にとって、これは病気を受け入れること。それが中国の詩人気取りの深川隠棲を終わらせた。すなわち晩年の十年を旅に費す活力になったのではなかろうか、という話をしたのである。逆説的に響くかもしれないが、禅は「あるがまま」を受け入れること。つまり病気が「よく生きよ」という積極性を生み出してくれたのである。ここでは、聴講者に示した資料は省略する。

〔千年氏の以下のコメントに感謝する〕Commented by 千年 at 2009-07-11 00:00 x
「はるかなる行末をかゝへて、かゝる病覚束なしといへど、羈旅辺土の行脚、捨身無常の観念、道路にしなん、是天の命也と、気力聊とり直し、道縦横に踏で伊達の大木戸をこす」・・・芭蕉は観念といっていますが、観念的といった意味での観念という捉え方をして、そして、気力いささかとり直し(現実に生きていく自分に戻り)、行くしかないぜと、だてな足取りで越した・・・元気芭蕉!
by bashomeeting | 2009-07-13 19:45 | Comments(0)

芭蕉会議、谷地海紅のブログです。但し思索のみちすじを求めるために書き綴られるものであり、必ずしも事実の記録や公表を目的としたものではありません。


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