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講座:奥の細道―古人とともに生きるⅢ

 七月十日(金)の第三回目は「みちのくって、どんなところ」と題して、まず歌枕の宝庫であることを説き、古歌ゆかりの地、およそ六十を例歌と共に示した。『おくのほそ道』行脚に「耳に触れて、いまだ目に見ぬ境」(草加の章)を訪ねる目的があったことは知られているが、聴講者にとって、それがどれほどの数で、その背景にどれほどの古歌が隱れているかを把握する機会は、今まであまりなかったはずと考えたからである。作品の裏に隠されている「隅田川」、歌枕とは何かを定義してみせる「室の八島」など、『おくのほそ道』において、それぞれの歌枕がどういう扱いを受けているかを略述し、陸奧の入口である「白河の関」から「松島」を経て「象潟」までの、主要な地を古歌と共に解説した。
 時間不足で詳細に及ばなかった話の一例を示す。
 例えばみやこびとが鄙びた地を訪れて、地元の娘と契る伝説は各地にある。蘇民将来説話や鬼神神話、あるいは折口信夫のマレビト信仰の類型のような原始的で野蛮な匂いのする話であるが、福島市山口の「信夫の里」に平安朝以来語り継がれる摺衣(すりごろも)伝承もそのひとつである。嵯峨天皇の子で陸奥国按察使という源融が、おしのびでこの地に来て長者の世話になる。その娘である虎女と契るが、やがて京に戻った融への虎女の慕情は押さえがたく、恋しさのあまり、もじ摺り石を麦草で磨いて、融の面影を映し出しては慕った。しかし精魂尽き果てて死ぬという話。次の歌は、都に戻った河原左大臣(源融)から信夫の里の虎女に送ったものとされて長く伝承を支えてきた。『おくのほそ道』はこれを踏まえていることは言うまでもない。

  陸奥のしのぶもぢずり誰ゆゑに乱れむと思ふわれならなくに(河原左大臣・古今・恋)

 『おくのほそ道』はあちこちに創作があり、「信夫の里」の童とのやりとりも例外ではないと思うが、この古歌が源融の変わらぬ思いを虎女に伝えたものという伝承を知っていることは、やはり『おくのほそ道』鑑賞の大きな助けになるという話をしたかったのである。
by bashomeeting | 2009-07-17 07:21 | Comments(0)

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