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2012年 12月 23日 ( 1 )

Kさんへ
 師走も年用意を急がねばならない時期に入りました。先日はメールをありがとうございました。医師の薦めで検査を済まされた由、よい決断をされたことに敬意をおぼえます。除夜の鐘を聞く前に、恙の不安を払いのけておくのは追儺のむかしからのならいです。芭蕉会議の集い(忘年句会)を御一緒できなかったことは残念ですが、霞ヶ浦も筑波嶺も逃げ出すことはありませんから、いずれ季節をかえて御一緒したいものです。

 さて三十数年ぶりの高浜、ボクは幹事としての事前確認と懐旧にひたる目的で、十五日(土)の朝食後には自宅を出て、まず常磐線の景色を懐かしみました。高浜は冬のものとは思えない温かい雨に包まれていました。昔と変わらない駅や駅前にむしろ驚きながら、恋瀬川沿いを、傘をさして遠い記憶をたどりながら歩き始めます。いづみ荘が見えるあたりでケイタイが鳴って、遠来のS氏が予定よりも早く、すでに宿で待っているとのこと。二階の句会場に荷物を置いて雑談に花を咲かせていると、女将が床の間に素十句碑のもとになった色紙「湖の月の明るき村に住む」(野花集・S27)を掲げてくれます。そして素十門の人々の名をつぎつぎと口にするものですから、ボクは懐かしさに胸がつまってしまいます。傘をさして、S氏とふたりでその句碑のある寺を訪ねました。そこは廃寺となって久しい寺で、高淵寺観音堂と言います。

 戻ると宿のマイクロバスを利用したメンバーをはじめ、大方の参加者が揃っていましたので、再びそして正式に句碑への案内。雨に濡れる山茶花の下に傘をひろげ、高浜駅長だった戸井田厚・和子夫妻がこの句碑守をしていたことを紹介し、紅葉散り敷く墓地をめぐって宿に戻りました。足弱のMさんが、思案の末に石段を登ることを断念。傘をさして観音堂の下で待つという姿も旅情を深くするもののひとつでした。宿に戻って、「素十の秀句 (冬)」という話をしました。

 初日の雨は天気予報通り、夜半までにはあがりました。翌十六日(日)の朝は、早起きした仲間が霞ヶ浦の名前そのままに、冬霧に蔽いつくされた湖畔を歩いて、年を惜しんだようです。カモやカイツブリが見え隠れしていましたが、地元の人の話ではすでに白鳥も来ているとのこと。おそらくウソ・シメ・ゲラ・ジョウビタキなども人目を忍んでいたにちがいありません。まことに幻想的な世界の出現といえるものでした。その景色も朝食後には一転して冬晴れとなり、句会を終えて宿をあとにして、恋瀬川べりを歩いて、古式ゆかしい高浜神社なども拝んで帰途につきました。いづみ荘の鯉の甘露煮も評判で、みんな喜んでくれたようです。年が明けましたら、Kさんを含めた有志で再訪を計画したいものです。

句碑守は駅長さんよ山茶花よ   市川千年
恋瀬川果てなんところ時雨宿   伊藤無迅
山茶花にたつぷりの雨素十句碑 小出富子
無患子を拾ひ一人の恋瀬川    根本文子
実南天崖の下にも墓のあり    米田主美
冬の靄押し黙りたる湖畔かな   三木つゆ草
冬日濃き霞ヶ浦の目覚めかな   情野由希

これは句会の成果の一部です。みんなうまくなったものです。
最後に愚句を少々お目にかけます。御批判下さい。

  いづみ荘 七句
○雀らの仲良きことよ枯木宿
  鴨の子に見ゆるは鳰よ恋瀬川
○同宿に冬の蝿ゐることも旅
 冬霧のはれゆく迷ひ解く如く
  冬霧のはれゆく謎を解く如く(改案)
 鴨の声沼に迷ひを解きに来し
○枯芦や月の明るき村はここ
 色紙見てその句碑を見て年惜しむ

〔付記〕K氏からすぐに返信があり、〈会員諸兄の俳句いいですね。驚きました。特に富子さんの「山茶花にたつぷりの雨素十句碑」にひかれました。「素十句碑」と言って、吟行であることをはっきりさせながら、一般性のある句になっている点が立派だなと感嘆〉とあった。なお拙句のうち、○印はK氏の合点を得たものである。
by bashomeeting | 2012-12-23 19:42 | Comments(0)