海紅山房日誌

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はじめての連句2018◆「魚鳥の」脇起こし半歌仙

魚鳥の心は知らず年忘れ      芭蕉
帽子につもるほどの初雪      富博
ストーブも焚火も季語と驚いて   知里
今も昔も風の子といふ       菜月
石畳来る足音に月白く       真聖
換気扇から届く蕎麦の香       功
虫の夢虫の声とはかぼそくて    真聖
父の上着に口紅の跡         葵
恋仲を見てみぬふりの笠地蔵   舞里奈
大きなビルに変はる四つ辻      功
本当は漫画を描いて稼ぎたい   香葉子
呼んでも返事をしない不機嫌    菜月
人多き待合室もホームにも     千映
賛美歌響く夏の夜の月      真太郎
先生に隠れてアイス食べてをり   香葉子
後悔多き日記読むらし      舞里奈
お下がりの着物にみえず花吹雪   海紅
壺焼きを買ふ青きマニキュア     葵  

▶▶平成9年度以降、30年度まで学部3年4年ゼミは連歌俳諧研究で、友人と編んだ『連句の世界』(新典社)を教材にした。毎年30名程度のゼミ生が所属したというと、他大学の研究者は、その受講生の多さに驚いた。連歌俳諧の分野に、毎年そんな人数が集まるものかと疑いの眼を向けるのだが、事実である。本年もその最後に、作る側にまわって芭蕉の「年忘れ」の句を立句に、「はじめての連句」を創作。こうした文芸に一座した昔の人々の知性に驚いてもらった。句案はなかなか難しいらしく、ここに登場するゼミ生は10名(ワタナベ・トミヒロ/フジヌマ・チサト/ゴトウ・ナツキ/トウドウ・マサト/クボタ・タクミ/スガワラ・アオイ/ヒラコ・マリナ/タカハシ・カヨコ/イケダ・チアキ/カンバラ・シンタロウ)だが、切り短冊を受け取って、付句に智恵をしぼった総数は30名である。
by bashomeeting | 2019-01-19 12:21 | Comments(0)
あけましておめでとうございます2019

 平成三十一年年己亥 歳旦

定年といふ字を太く初硯  海 紅

▶▶詩歌の表現の本質は省略にある。それが生む間にある。間は余韻(心情)を盛りつける皿である。皿はどんな読者の心をものせ得る普通の皿(一般性・普遍性)であってほしい。年頭にあたって思ったことです。日々を御大切にお過ごしください。
by bashomeeting | 2019-01-01 09:46 | Comments(0)
  季題とそれ以外の部分を、混じり合わない「水と油」と考えてみてください。「水と油」をよく振れば、少しの間は混じり合ったように見えます。俳句はそのような状態です。実際に見たからといって、その季題を添えるだけでは俳句にならない。よく振るという努力をしてみてください。(「わくわく題詠鳩の会会報88」より転載)
by bashomeeting | 2018-12-17 11:02 | Comments(0)
この人の一首◆短歌誌『迯水』通巻500号記念特集、迯水短歌会(渓声出版内)

  七十路に入りゆく春のさみしさのふとつのり来て筆を止めたり  市村 宏

▶▶市村宏先生創刊の、迯水(にげみず)短歌会誌『迯水』通巻500号記念特集(2018.12.1)をいただいた。巻首に木沢文夫・杉本照世編「迯水通巻500号の歩み」が13頁のアルバムになって載る。それによれば、昭和48年(1973)12月10日創刊(謄写摺り、58頁)、昭和49年10月秋季号(活版印刷に移行)、昭和51年(1976)6月惜春号(写植オフセット印刷に移行)。平成元年(1989)市村宏先生逝去。以後、歌誌はその教え子たちによって継承。この46年間を蔭で支える赤木賢而氏(渓声出版)の超人的なエネルギーに敬意をおぼえる。私事ながら、昭和48年といえば学費が払えなくなって軽井沢に遊び、復学した時期である。
by bashomeeting | 2018-12-17 10:23 | Comments(0)
この人の一句◆中崎良子句集『青水無月』たかんな発行所

薄氷の何か言ひたき泡ひとつ
夕焼に窓開け放つ保育園
群衆のずんと揺れたる大花火
一人居の丸ごと囓る林檎かな
たましひのゆつくりほどけ日向ぼこ

▶▶中崎良子句集『青水無月』〈たかんな叢書44〉(2018.11.15、たかんな発行所)をいただいた。冒頭に「一句鑑賞」として藤木倶子氏の句評を掲げ、全5章の編年体編集。吉田千嘉子跋と作者のあとがきを添える。総句数333句。中崎氏は俳人協会会員。八戸市根城に発行所を持つ俳誌『たかんな』は藤木倶子氏の後を継いで、現在吉田千嘉子主宰。

by bashomeeting | 2018-12-16 14:58 | Comments(0)
 卒業生のKさんから、山本美香(写真と文)『これから戦場に向かいます』(ポプラ社、平28)が送られて来た。ボクの定年退職が近いことを知って、その慰労を用件とする手紙だが、それに添えられた一書である。Kさんの弟君の企画編集に成る。
 TVに加えてネットが世界を席巻し、ニンゲンをさがすのが難しい時代だから、忘れてしまっている人のためにいえば、山本美香氏はアフガニスタンを起点に、イラクその他の紛争地を取材しつづけ、平成24年8月20日、内戦下のシリア(アレッポ)で政府軍の銃撃をうけて死去したジャーナリストである。享年45歳。山梨県都留市の人と聞いていたが、生まれが北海道帯広市であるとは知らなかった。
 なんども広島に行っていながら、広島平和祈念資料館にだけは入ることのできないボクには、きわめて辛い本であるが、中に真紅と黄色のポピーと思われる草原が見開きで掲げられているのが救いであった。それとも、この一枚にも犯罪の温床を読むべきなのだろうか。

   寒ければ涙こぼるる齡かな  古沢水馬


by bashomeeting | 2018-12-10 16:17 | Comments(0)
 「増頁総力奮努号」と銘打って、詩歌誌『北冬』18号が届いた。「奮努」という言葉を使ったことがない。奮励努力か、「奮闘努力の甲斐もなく 今日も涙の 今日も涙の陽が落ちる」(「男はつらいよ」作詞:星野哲郎)の奮闘努力を約めたものであろうか。

 企画名は「藤原龍一郎責任編集」による「特集・[江田浩司]は何を現象しているか。」という。「減少している」は使うが、「現象している」は使ったことがない。どんなありさまを提示しているか、どのように見えているかというふうな意味であろうか。先進とか前衛という場所に似合いの言葉である。

 江田浩司氏は歌人で、現代短歌史を論ずる評論家である。ついでに言えば、わたくしの親しい友人でもある。その江田浩司という「現象」について、神山睦美・野村喜和夫・筑紫磐井・島内景二ら、全38名が筆をとっている。そのなかに「江田浩司と俳句」という雑文をものした、わたくしも含まれている。ひとつの「現象」にこれだけの数の人々が集うこともまた興味深い「現象」といってよいだろう。

 しかし、毎日拾い読みを続けながら、わたくしの関心はこの多彩な執筆者を逸れて、彼らをしっかり束ねている北冬舎の編集・発行人柳下和久なる人物にそそがれている。遠くを観る目と、見続ける心の強い働きがなくては、このような仕事の継続はむずかしいからである。
by bashomeeting | 2018-11-23 17:19 | Comments(0)
 海紅山房日誌の「姿情を求めて11◆自分を愛してはいけない」(2018年 09月 11日)で、〈「教えてはいけない」という教訓〉についてふれたのち、ぼんやりしていた記憶がよみがえってきた。それは芭蕉のことばであった。備忘として、以下に写しおく。

 俳諧は教へてならざる処あり。よく通ずるにあり。ある人の俳諧はかつて通ぜず。ただ物をかぞへて覚ゆるやうにして、通ずるものなし。(土芳『三冊子』)

▶▶咀嚼すると「俳諧は教えればうまくなる世界ではなく、自分で到達する世界である。ある人の俳諧は少しも読者に届かない。その理由は、ものを数えるように、理屈でわかろうとして、感じようとしないから。これでは俳諧をたしなむ意味がない」ということか。
by bashomeeting | 2018-09-30 12:03 | Comments(0)
 私の勤める大学に通信教育部があって、年に一度の地方スクーリングをしてきました。今年は『おくのほそ道』結びの地である岐阜県大垣でした。今年度で定年の私にはこれが最後の集中講義でした。感極まったわけではないのですが、最後であると思うとみんな教えてしまおうという気になって、しゃべりすぎたかと反省しています。恩師の「教えてはいけない」という教訓を破ってしまった気がするのです。これは、教えてもらおうとする学生は伸びないという哲学なのですが、最後の年に失敗してしまいました。「いつまでも俳句が下手な原因は自分を愛しているから。自分ではなく、人生を愛した方がよい」というのもそのひとつです。日々の御仕合わせを祈ります。

   靴下のかたちに折れて野分去る      海紅

▶▶『たしなみ俳句会報』44号(平成30年9月)より転載。
by bashomeeting | 2018-09-11 12:31 | Comments(0)
 市村宏先生の担当科目は万葉集で、ボクの分野からはかなり遠いのだけれど、そもそも大学院開講科目にボクの分野はひとつもなかったのだから、当時のボクにとって受講科目と自分の分野との遠近などたいした問題ではなかったことになる。数年のうちに、他大学の研究者と仕事をするようになって、彼らが大学院で専門性を磨いてきたと知って、正直おどろいた。ボクの場合、70年安保騒動の余波で十分に学ぶことのできなかった、その学部時代を補うために大学院に残ったわけで、郷里に戻って教員になる前に、もう少し深く学びたかっただけであった。

 先生の郷里は信州の小布施で、何度か小林一茶の話をしてくださったことを覚えている。ある年、その小布施の寺で一茶資料展をするというので、先生に誘われて何人かの大学院生と一緒に出かけた。先生の御親戚に泊めていただくという、かなり図々しい旅であったが、はじめてイナゴを食べることになるなど新鮮な経験であった。そして、一茶資料にはニセモノが多くて、とてもボクの手に負えるものではないことがわかるのは、それからまもなくのことである。その生涯も作品もなかなか個性的な一茶なのに、その筆蹟はまことに癖がなく、その分、ニセモノも多く作られたのである。それで、一茶については、いまだに真贋を見分ける自信がない。

by bashomeeting | 2018-08-15 17:53 | Comments(0)

芭蕉会議、谷地海紅のブログです。但し思索のみちすじを求めるために書き綴られるものであり、必ずしも事実の記録や公表を目的としたものではありません。


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