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江岸寺の句碑

  本駒込の江岸寺に、御衣黄(ぎよいこう)という珍しい八重桜があると誘われて出掛けると、御住職は一面識のある方であった。
  本堂に向かって右脇の植え込みに古い句碑があって、読めというから読んで、同行のAさんに書きとめてもらった。碑面は次の通りで、梅翁(西山宗因の俳号)を継ぐ「謄雲庵厄簾」という俳諧師のものとわかるが、「厄」は難読である。江戸談林七世は一陽井素外(文政六年〈1823〉没)だから、その後継。しかし手許の資料で「謄雲庵」の詳細はわからない。

     現 世
  おもしろや月ゆき
   花に渡る世は
       謄 雲 庵
    俳諧談林梅翁八世
            厄 簾
     辞 世
   長々の御世話に
   なりぬ雪月花

  碑陰に「安政五年戊午年十月」とあり、建碑に関わった門人連中の名がある。安政五年は西暦1858年。以上、手控えに書きとどめておく。なお、「長々」の踊り字は平仮名「く」の縦長に見えるものだが、横書きの制約から「々」とした。
by bashomeeting | 2007-04-17 02:43 | Comments(0)

余花の神田川を歩く

  昨日の午後は、誘われて早大のM氏を訪ねた。研究室で一仕事を終えて神田川沿いの並木道を歩いて帰る。
 ― 残りの花見という、中世の美意識を生きてみませんか。
 というM氏の趣向であった。
雹まじりの雨後に虹が架かり、残花の淡い粧いと、落花を見届ける桜木の赤い額とをこきまぜて、美しい夕暮れが訪れていた。

  花冷や脛に短き宿浴衣      海紅
    杉の板目に朧なる月      游
  満ち潮に磯巾着の浮き立ちて  海紅
by bashomeeting | 2007-04-10 09:34 | Comments(0)

美しい四月

 蕪村の俳画に関する私の仮説に、「フォト五七五」(NHK教育TV)のプロデューサーが関心を示されて、番組構成のお手伝いをした。私の顔も少し出た。三月三十一日(土)の午前七時三十分から一時間の特集番組である。
 放映の日は、思い立って家族を引き連れ、鎌倉と横浜に遊んだ。鎌倉は花曇りで、翌日の横浜は半袖姿を見かける絶好の行楽日和、運よく横浜の蒔田町の和風旅館に泊まることもできて、存分な桜と歴史と食事を愉しんだ。母の死と向き合っていた昨年までは考えられない時間が流れた。それは豊かだが淋しい時間であった。
 四月一日に帰宅すると、案の定、数枚の葉書と手紙が舞い込んでおり、留守番電話が点滅し、電子メールがいくつか届いていた。おおかたはTVを通した再会を喜んでくれるものであった。丹後の俳人AIさんからの葉書に〈カレンダーの絵や写真が俳句の説明になっているのを見るたびに俗っぽさを感じ、父母に聞いた俳画と違和感を持っていたが、すっきりした〉とある。私にとって、これ以上ありがたい感想はない。私の見解はまだ検証を重ねるべき仮説だが、世の片隅にある論文に目をとめてくれた番組のスタッフに感謝している。
 AIさんの絵はがきには〈丹後へ来る時は連絡しなさい〉ともある。昨年、東京でお目にかかった時に、蕪村の母親伝説がある丹後のことで話が弾んだことを思い出した。
 帰宅した日は一重の山吹が三分咲きに、満天星つつじが一つ二つ花を垂れ、ヒトリシズカが仲良く群れ咲いていた。昼間は野原に遊びに出掛けているツバメも、夜にはきちんと巣に戻って眠る。美しい四月が始まっている。

   空をゆく一かたまりの花吹雪    素十
by bashomeeting | 2007-04-07 11:39 | Comments(0)

ツバメ来る

昨晩遅く帰宅すると、ツバメが巣に住みついていた。
メスがマグカップのような巣に首をすくめて、
オスは巣の淵に止まって、そのメスを見守っている。
一年ぶりに見る景色。
これからしばらく、
不毛なボクの日常に小さな刺激を与え続ける景色である。
by bashomeeting | 2007-04-06 01:10 | Comments(0)

芭蕉会議、谷地海紅のブログです。但し思索のみちすじを求めるために書き綴られるものであり、必ずしも事実の記録や公表を目的としたものではありません。


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