海紅山房日誌

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 先日の「芭蕉会議の集い」でのこと。座談会「秋櫻子と素十に学ぶ」のあとで、N.Michikoが、サイトの「秋櫻子と素十―カノンの検証」所載句以外で気に入った句を抜いてみたといって、私の手に一枚の紙を渡した。彼女が選んだ句は以下の通り。

   鯛焼きの鰭よく焦げて目出度さよ  秋櫻子
   牡蠣鍋の葱の切つ先そろひけり   同
   わが好む蛤汁も葛西風        同
   水の上に花ひろびろと一枝かな   素十
   指ふれて加賀の春霜厚かりし    同
   一枚の冬波湾を蔽ふとや       同

  この紙には選句後に感じた疑問をいくつか添えてある。いずれも難問で、即答は出来そうにない。それで、昭和六年(1931)に秋櫻子から「『自然の真』と『文芸上の真』」という文章によって議論を仕掛けられた素十の返答「秋櫻子君へ」という短文を掲載して代用とする。掲出にあたっては、海紅のさかしらにて、当世風の文体に置き換えて提供する。玩味していただきたい一心によるものにて、他意のないことをおことわりしておく。

   秋櫻子君へ            高野素十

  秋櫻子君、君が説く「自然の真」も、その「自然の真」を究め尽くして、さらにエキスを加えたという「文芸上の真」も僕は知らない。そして知らないことを恥ずかしいとは思わない。
  君が蔑む鉱石には鉱石の美しさがあり、鉱石を精製してつくった金属には精錬された金属の美しさがあろう。僕の場合は、自然の種々相つまり山川草木それぞれにある美しさを発見し、それを写そうとしただけである。君が「自然の真」を究め尽くしたと考えて、それに「エキス」なるものを加えている間も、僕は自然の相を写していたが、それでも写し得たと納得できる句はほとんどない。かりに三千年の寿命をくれたとしてもそれは無理であろう。自然の相とはそういうものであって、容易に究め尽くせるものではあるまい。
  ではなにゆえに写し続けるのか。それは「俳句は花鳥諷詠の文学なり」という言葉を肯定し、それに満足しているからである。この言葉は、俳句とは文芸上からも自然からも離れられないものであるという意味である。君が「自然の真」というものを究めて、それに書斎で養った頭脳で「エキス」というものを加えた結果、君のいう「文芸上の真」なるものに仕立て上げられたとしても、それが俳句である以上は「自然の実相」というべき性質のものである。うまくいっても、ふたたび、いわゆる「自然の真」に還元されたとみるべきではなかろうか。
  純金というものは人間が造り得る一方で、自然にたくさんころがっているものでもある。その「自然の真」を究めたという君が、なにゆえさらに「心」を深くする必要があるのか理解できない。「心」を深くして何を観察し、何に興味を持とうとしているのかわからない。
  僕は、君のように数冊の芸術論や美学論を読んで、すぐに「芸術とは何か」がわかるような明晰な頭脳を持っていない。書斎で文献を渉猟し、竹ノ台の展覧会に出掛けて絵画彫刻を鑑賞して、それで深くすることの出来る「心」を持っていない。
  「この花を彼がどのように見たか」とはよく聞く言葉である。だが僕はそんなふうに「この花」を見たことがない。「どのように見たか」というような考え方を無くそう、無くそうと努力したことはある。人それぞれの見方でなく、僕には「この花」だけが大切なのだ。
  僕は流れゆく雲の姿を追いかけて愉悦を感じる人間である。君が軽蔑する「自然の相」が眼前に去来するのを眺めて楽しみとする輩である。
  僕の俳句に取り沙汰される問題があるとしても、君の芸術理論によって左右されるとは思わない。左右されるとすれば、それは僕自身の心の興味によってであろう。宗教とはそんなものではなかろうか。 ― 昭和6年10月『まはぎ』―
by bashomeeting | 2007-06-25 00:06 | Comments(3)

山の裾野に暮らす

 六月十七日(日)に、「第2回 芭蕉会議の集い」がおこなわれて、「秋櫻子と素十に学ぶ」という座談会、森あづさ氏「俳句知らずが俳句漬けになった話」、安保博史氏「朔太郎と蕪村」という講演、そして懇親会を滞りなく済ませた。冒頭で、この会の原点を忘れぬよう、またこの日の話し合いの呼び水になることを期待して「山の裾野に暮らす」という話をした。以下は、その際に伝えたかったことの要約である。

  昨年の東京新聞に次のような話が紹介されていた。

  作家の夢枕貘さんがまだ二十代のころ、ある編集者から「流行作家の椅子はいくつあるかご存じですか」ときかれた。▼「知らない」と答えると「十五です。いつの時代も十五しかない。誰かが座れば誰かが落ちる。そのうちの一つに座ってみませんか」と持ちかけられた。「実は今、椅子が一つ空いているのです。ついしばらく前まで新田次郎という方が座っていた椅子です」という▼この話は、柴田錬三郎賞に輝いた夢枕さんの傑作山岳小説『神々の山嶺』(集英社文庫)の「あとがき」にあるのだが、すごい口説き文句があったものだ▼新田さんが亡くなられた直後の話で、夢枕さんはそれから十五年がかりで『神々の山嶺』を仕上げる。(下略) ―『東京新聞』「筆洗」(平十八・五・二)

  山の頂上ともいうべきこうした場所は、流行作家の世界に限らず、どの分野にもあろう。俳壇の場合とて似たり寄ったりにちがいない。秋櫻子と素十がいまだに近代俳句史のカノン(正典・尺度)として取り沙汰されるのは、本人がそれを望んだかどうかは別にして、権威の椅子に坐っていたからである。だが、何をもって素十といい、秋櫻子というのかは覚束ない。私たち自身の近代を自覚するためにも、今日はその暗闇に少しばかり光をあてたい。
  ところで、芭蕉会議に集う人々は山の頂上をめざす人々の集まりではない。山の裾野に暮らすことに少しも不満のない人たちの集まりである。われわれは、俳句という短詩型の伝統を持つ国に暮らしているものだから、誰でもふと秀句を残したりすることがある。それは偶然、あるいは奇跡といってよい事柄である。しかし、それでいっぱしの俳人になったような気になる人がいる。山の頂上に登る資格を得たかのような錯覚に陥る。それで古典を読まない。芭蕉会議はその道を嫌う。
  なぜなら、わたくしの私らしさ、つまりOriginalityとは既成の言葉の海で浄化するという、矛盾という名の工程を経て、はじめて形状をなすことを知っているから。言葉は私物化できない。だから古典に学ぶ。
by bashomeeting | 2007-06-24 15:52 | Comments(0)

「切れ」の参考文献

  必要があって 「切れ」の主要な参考文献を抜き出したので掲載しておく。

●近世期
「浪化宛去来書簡(真蹟去来文)」(元禄7・5・13付)
去来・許六『俳諧問答』「俳諧自讃之論」(元禄10去来奥書・同11許六奥書)
去来『旅寝論』(元禄12・3自序)
李由・許六『宇陀法師』(元禄15刊)
土芳『三冊子』「白雙紙」(元禄15成)
去来『去来抄』「故実」(宝永1頃成)
許六『歴代滑稽伝』(正徳5刊)
支考『俳諧古今抄』(享保15自跋)
支考『二十五箇条』(享保21刊)
呂丸『聞書七日草』「切字弁」(享保年間成)

●近現代
浅野信『切字の研究』桜楓社 昭37
小林祥次郎「芭蕉と切字」(『言語と文芸』四七、昭41・7)
外山滋比古「省略の文学―切字論」(『芭蕉の本』四 角川書店 昭45)
栗山理一『芭蕉の俳諧美論』塙書房 昭46
浜森太郎「『去来抄』における切字説の背景―口伝公開の意味するもの」(『近世文芸稿』一七、昭48・2)
上野洋三「切字断章」(鑑賞日本古典文学33『俳句・俳論』角川書店 昭52)
by bashomeeting | 2007-06-11 16:51 | Comments(0)

続「切れ」をめぐって

  しかし、芭蕉は其角の〈山吹や〉という提言を採用しなかった。その理由は古来山吹と取り合わせる蛙は河鹿であり、それでは芭蕉の意図に反する、つまり先人が詠み古した領域であるからだ。河鹿は清らに音を立てて流れる渓流のものである。それが歌語の世界である。和歌伝統の世界である。

   古池や蛙飛びこむ水の音

 芭蕉の意図は、蛙が飛びこむ水の音である。渓流では蛙の飛びこむ音は聞こえない。つまり其角の提言〈山吹〉は〈蛙飛びこむ水の音〉にふさわしくないのである。
 飛びこむ音が聞こえるのは、水の流れのない湖沼や田圃以外には考えられないであろう。とすれば、想念にある蛙は河鹿に先駆けてあらわれるカエル一般のことである。清流の河鹿ではない。一句を〈古池〉とする必然がそこにある。こうして枯淡閑寂を破る春の息吹が創出されたのである。
  ところで、其角趣向の〈山吹や〉の句は取り合わせ(配合・二句一章)だが、成案である〈古池や〉の句が一物仕立て(一句一章)であることにお気づきだろうか。韻律上は切れているが、蛙という題意の範囲内のものであることはおわかりだろうか。つまり、其角案から芭蕉成案への道筋は、取り合わせから〈金(こがね)を打ち延べたる〉句への頓悟・無作為への道のりだった。そのことは手近には『去来抄』「修行」の部や『旅寝論』を読めばわかることである。
  〈切れていなければ俳句ではない〉〈切れていれば俳句である〉と考えがちな人が少なくないので、少し頭の中を整理してみた。これらは〈古池や〉の句をもって「芭蕉開眼」の句と沙汰する諸問題と無関係ではない。取り合わせの方法は容易だが安易。取り合わせは芭蕉の言説の半面でしかなく、無作為の境地というめざすべき地点があることを忘れてはならないように思う。
by bashomeeting | 2007-06-11 12:02 | Comments(0)

芭蕉会議、谷地海紅のブログです。但し思索のみちすじを求めるために書き綴られるものであり、必ずしも事実の記録や公表を目的としたものではありません。


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