海紅山房日誌

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 Tuyukusaさんの句と写真が再び採用されるということで、九月三十日(日)のTV「フォト五七五」を見た。句は「眠る子の産毛そよぎて秋涼し」で、写真は何かに揺れ続けるレンゲショウマの花であった。句と写真との間隙に「可憐」が息づいて美しかった。

 番組の出演者は、愛想のよい俳人、控えめな写真家、決めつける物言いが癖らしい作家、そして素人役を仰せつかったらしい女優(と思われる人)など個性に富んでいて、ディレクターのキャスティングの腕がうかがわれた。つまり、出演者の役柄自体に「玄人」と「素人」とをこきまぜて、俳諧という文芸がプロとアマとの境界の見えにくい世界であることに配慮してあった。紹介される作品が、優劣とりまぜたものである点も心憎い知性である。むろん、だから選者としての品質はなおさら問われ続けなければいけないのだが、TVという媒体には限界もあろう。

 ともあれ、三月末のこの番組で、古典における「付合の心」を紹介したボクとすれば、今回の作品は以前に比べてまばゆいものばかり。「俳句」「短歌」などと同じように、だれか「フォト五七五」というジャンルにふさわしい名前をつける人は出てこないであろうか。
by bashomeeting | 2007-09-30 10:10 | Comments(0)
 芭蕉会議の兼題句会「鳩の会」は、まもなく「わくわく題詠 鳩の会」という名称に変わる。その最近の題「桑摘」の出句に「五齢」という語があって、その意味がわからなかった◆八月の末に作者のMiyukiさんにお目にかかる機会があったので尋ねたら、わかりやすく図解してくれた◆幼虫が繭を作り始めるまでに一齢から五齢までの脱皮があって、つまりサナギになる前の最終段階。身体と首を上下に振り上げ、振り下げする姿は可愛らしいのだという◆こんなことを知らなかった自分を恥ずかしく思って、少し調べてみたら、毎年庭先で見守っている揚羽蝶が、羽化する前の姿に似ている◆「鳩の会」の出題は現在では馴染みの少ない難題が多いと嘆かれることが多いけれど、こうして懐しい日本語をわがものにするよろこびは捨てがたい。

   紙切れに一語教えて爽やかに   海紅
by bashomeeting | 2007-09-17 18:18 | Comments(0)

仮の世とはどこか

 会津は近代史の初めから登場します。戊辰戦争(鳥羽伏見の戦い・会津北越戦争・函館戦争)ですね。これはイギリスが後ろ盾の倒幕派とフランスが後押しする諸藩連合派との内乱で、結果は大方の予想に反して、ご存じのように薩摩・長州を中心とする倒幕派が勝利し、明治新政府、つまり新しい中央集権国家が生まれます。〈新しい〉と断ったのは、中央集権国家をはじめて作り上げたのは徳川家康であるからです。
 会津は諸藩連合派でありましたから賊軍として処分されます。今日はその戦場跡を案内してもらうのだと思いますが、要するに会津の戦死者は国賊とされて、その遺体処理さえ許可されなかったという哀話を聞くことになるでしょう。それで見かねた僧がひそかに埋葬したという話に目頭を熱くすることになります。とりわけ、飯盛山の中腹で自刃した若き白虎隊の話はよく語り継がれています。
 一方、勝ち組である薩長中心の官軍の戦没者は東京招魂社に祀られます。これは明治十二年に靖国神社と改称されます。陸軍・海軍所管で軍神を作る宗教施設です。つまり天皇を現人神(アラヒトガミ)とする皇室神道の下に国家宗教の確立をめざすのですが、ご存じのように、第二次世界大戦後の神道指令によってこの国家神道は解体されています。神と教え込まれてきた天皇が人間宣言をしました。
 こういう議論があります。この国がすでに薩長の手を離れた統一国家ならば、また天皇が人の姿になってこの世に現れた神様ではなくなった以上、言葉をかえれば、主権は国民にあるという憲法が虚偽でないならば、戊辰戦争で賊軍とされた死者たちも近代国家建設の犠牲になったという意味では同じなのだから、勝ち組で命を落とした者たち同様に靖国神社に祀るべきだというのです。心情的にはよくわかります。この国の国家観がもう少し成熟していれば、そうしたことも考えられるのでしょう。しかし、もし精神が肉体を離れて生きつづけるとして、勝ち組であれ、負け組であれ、その精神は神様になることを望み、特定の神社におさまりにくるでしょうか。
  霊あらば親か妻子のもとに帰る靖国などにゐる筈はなし 市村 宏(『東遊』)
 もし仮に霊魂というものが肉体を離れても存在するものならば、死者のそれは親元か妻子のところに帰るはずである。それ以外の場所には決していない。まして靖国神社などにいるはずはないのだ、という歌をもういちど読んでおきます。会津の死者たちもきっと同じで、郷里以外のどこにも帰る気持ちはないでしょう。
  其子等に捕へられむと母が魂蛍と成りて夜を来たるらし 窪田空穂(『土を眺めて』)
 この空穂の歌が人の心に響くのも同じ理由によってでしょう。仮の世とは無常な現世のことであると教わってきましたが、あの世のことなのかもしれません。
 貴賤・都鄙・優劣・貧富・強弱などに拘わって消えることのない差別意識、現世はそういう淋しい時空ですが、自分の目をそむけぬように暮らし続けたいと思います。
by bashomeeting | 2007-09-16 04:37 | Comments(0)
 年に一度のこの旅行も十二回目になるんですね。いろいろな歴史や文学散歩を重ねて、ことしは会津だと案内をいただいて、〈私どもの受けた歴史教育はところどころ間違っている、ということを教えてくれる会津で、皆さんに再会できることを嬉しく思う〉と返事をしたら、幹事のHirooさんから〈今年は歴史の話をせよ〉という御下命があった。それで少しお話をしているわけですが、下段のように戦争を一覧してみると、「モノの見方」を少し変えなければいけないと思っていただけるのではないでしょうか。
 戦前というとき、第二次世界大戦の起こる前、つまり昭和十四年八月以前のことを思い浮かべますよね。ドイツ軍がポーランドに侵攻した九月一日が大戦の始まりと教わっているからです。それで、近代史の研究者でもないかぎり、それ以前は〈ナンニモ、ワルイコトヲ、シテイナイ〉と受けとめている。
 でもね、明治以後の歴史全体が実は戦争と同義語とも言うべき時代であった。そこで、およそ二百五十万人の父や夫、息子や兄や弟が自分の人生を全うできずに戦死していった。とすれば、戦前とは第二次大戦の前などというのはまやかしで、近代の全体が戦争の時代だったことになる。漱石や晶子、啄木や光太郎、そして朔太郎や三島もこうした狂気の時代に生きざるを得なかった人々なわけです。進化論的に、近代文学をそれ以前より秀れた作品の集積と考える場合は、こうした時代の異常性を踏まえた上でのことでなければいけない。
 戦前とは明治維新の前、少なくとも二百七十年にわたり戦争をしなかった江戸時代をさす。これと言った戦争を避け続けた知恵だけでも評価し直した方がよい。江戸時代、すなわち徳川の近世とは、本当に葬るしかない時代だったのか。つまり鎖国にも学ぶことはあるのではないか、ということなんです。これは、いろんな国があっていいという話でもあります。個人主義の確立したという国々ならばなおのこと、他者の尊厳を忘れてはならないという話でもあります。自我が確立して長いはずの西欧がどういう理屈を付ければ植民地主義を肯定できたのかということなんです。


1,慶応四年(1868)  戊辰戦争(倒幕派=英国×公儀政体派=仏国)
2,明治六年(1873)  〔徴兵令〕*20歳以上男子。抽選。3年。当主、嗣子、金持ち、役人、官立校生、養子に免除)★
3,明治七年(1874)  台湾出兵
4,明治十年(1877)  西南戦争(征韓論派の反乱)
5,明治二十二年(1889)  〔大日本帝国憲法〕*天皇に国土人民統治権
6,明治二十七年(1894)  日清戦争(朝鮮覇権)
7,明治三十三年(1900)  北清事変
8,明治三十七年(1904)  日露戦争(満州・韓国併合)
9,大正三年(1914)    第一次世界大戦(権益争い)
10,大正十四年(1925)  〔治安維持法公布〕*共産主義抑圧策▲
11,昭和二年(1927)   済南事変(権益争い)
            〔兵役法を定め徴兵令を廃止〕★
12,昭和三年(928)   〔治安維持法改正〕*言論思想の蹂躙▲
13,昭和六年(1931)   満州事変(中国東北侵略戦争)◇
14,昭和十二年(1937) 日中戦争(中国全面侵略戦争)◇
15,昭和十四年(1939)  第二次世界大戦(権益争い)
16,昭和十六年(1941)  太平洋戦争(日本×米・英・オランダ・中)
17,昭和二十年(1945)  広島・長崎に原爆投下・ポツダム宣言(無条件降伏)
18,昭和二十一年(1946) 〔日本国憲法公布〕*国民主権・戦争放棄
19,昭和二十五年(1950) 朝鮮戦争(韓=米国×鮮=中国)
20,昭和四十一年(1966) 〔治安維持法全面改正〕▲
21,昭和四十五年(1970) 〔治安維持法廃止〕▲
by bashomeeting | 2007-09-13 06:10 | Comments(0)
 いい歌でしょう。ボクは生まれつき泣き虫なのだけれど、毎年八月にはこの歌を思い出しては涙を流してしまう。この歌の主題は政治や宗教にかかわる事柄で、そういう主義主張と混同される危険性があるから、扱いには注意が必要です。それは知っているのです。ボクが言いたいのはネ、詩歌にはこんな力、つまり一切を総合して示す力があるとことを誇りに思って欲しいということなんです。こういう歌を詠める人を真の知性というのではないでしょうか。ボクには政治家の才もなければ、出家を覚悟するほどの出遭いもなかった。文学というか、読書を仕事とすることができてよかったと、しみじみ思うんです。
by bashomeeting | 2007-09-13 04:02 | Comments(0)

混沌の雪だるま

  「ゐる筈はなし」(7/27)と呟いてから一ヶ月以上が過ぎた。まるでこの日誌にも夏休みがあったかのような空白であるが、実はそうではない。面接授業・墓参に加えて業務命令に似た講演、すすんで引き受けた講話、そして予期せぬ出来事など、平生では割り込むことのできない事柄が待ちかまえていたかのように押し寄せた。それをあくせくこなして、坂を転げてゆく季節はずれの雪だるまのように、ただ混沌の固まりとなって膨らんで、そう、今は平地にとどまっているものの、混沌のまま小さくなってゆく雪だるまのようだ。だが、このまま溶けてしまっては、転げ落ちてきた意味がない。
by bashomeeting | 2007-09-13 03:16 | Comments(0)

芭蕉会議、谷地海紅のブログです。但し思索のみちすじを求めるために書き綴られるものであり、必ずしも事実の記録や公表を目的としたものではありません。


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