海紅山房日誌

kaicoh.exblog.jp
ブログトップ

<   2008年 01月 ( 8 )   > この月の画像一覧

◆谷地:一年間の蕪村講義もその試験も済んだし、講義計画に入っていない連句という文芸についてミニ・レクチャーして、君たちの批評がほしい。今日はそんなつもりの座談会です。
◆敦子:座談会ってどんなもの?ウーン、ちょっと不安だけど、先生の話おもしろいし、出てみようかって、そんなノリで今日は来ました。
◆麻実子:わたしは、なにやるのかな…、新たなロマンがあったりして…なんて、期待して来ました(笑)。
◆谷地:あいにくだったね。
◆敦子:でも、先生のブログを教えてもらったし、いいことありましたヨ。
◆麻実子:…ロマンの代わりに、懐かしい遊びを思い出しました。
◆谷地:鬼ごっこか何か…。
◆麻実子:まさか…。わたしも高校時代に、友だちと連句を壊したものに似た遊びをしていました。楽しいですよね。意味不明に思えても、実はすごく深い世界が見えてきたりネ…。こんなことをやるゼミがあったなんて知らなかった。ちょっと後悔してます。
◆希恵:参加するともっとおもしろいんだろうな。
◆由美子:そうそう、今日のお話を聞いてまず思ったのは、わたしもつくってみたいということ、ホントです。
◆麻美:前後の句がつながりを持っているのに、最初の句から通して全体を読むと、思いもよらない展開をみせている点がおもしろいよネ。
◆由美子:解釈に自分の想像力を介入させていいというのは新鮮です。
◆麻美:一見するとなんの関連もない二行、でもいつのまにか、その関連を読み取ろうとしているですね、読者は。
◆敦子:最近テレビで、リレー小説をつくる番組があるんだけど、連句は読んでいる人も参加できるところが楽しい。創造力豊かになりそうです。こんど友だちとやってみて、報告します。
◆希恵:大学の講義の多くは、学生が一方的に聞くだけのものだから、参加できる文芸という感じがいいのだと思う。それが古典への入口にだってなるかもしれないし…。
◆奈美:ウーン、与謝蕪村の特講は一年間受講したけれど、正直なところ句の内容がきちんとわかるまでにはならなかった。でももう、古典を食わず嫌いすることはないと思うよ。わからなくても、わからないなりに想像するという楽しみ方がある。連句の形を壊してみるという「卒業」という一篇も、けっしてわかりやすくはない。でもむずかしい分、考える楽しみが増えるという感じです。
◆由美子:〈連句を壊してみる〉というのは、とてもよい発想です。壊して、はじめてわかることがあるのは子どものころから経験してましたから、なおそう思うのかもしれません。
◆奈美:連句のつながりはカメラワークに似ていませんか。視点を動かしてゆくごとに、さまざまなものが見えてくる、これが連句だなと思いました。
◆本樹:僕はすこし意見が違う。連句をどう捉えるかはむずかしい。そもそも現代において、詩歌の果たす役割や意義をあまり感じない。いわんや連句においてをやです。
◆谷地:何年も韻文の講義を聴いている人の意見だけに私も考えてしまうね。
◆本樹:連句という文芸自体、ある意味で閉じられた世界。だから、単なる読み手には取っつくにくい。
◆谷地:座の文芸という言葉には、たしかに閉じられた意味もあるね。
◆本樹:でも、それではということで、今回のように五・七・五の韻律を崩してみる試みはどうだうか。僕はどちらかというと反対なんだ。
◆谷地:理由も聞きたいネ。
◆本樹:そもそも、詩歌は昔から韻律そのものじゃないでしょうか。意味はもちろん大切です。でも詩歌の詩歌らしさの一番は音楽性ですよ。日本語は西欧の言語のようには韻を踏めないと聞いたけれど、だからこそ五音・七音のリズムは排除したくない。いや、私たちには無意識のうちに、このリズムが身についているはずだ。
◆谷地:いわゆる賛成意見ばかりでなく、反対意見も聞くことができてよかった。今日はありがとう。
by bashomeeting | 2008-01-21 15:13 | Comments(0)
 昭和五十九年八月十日、中央大学湯河原寮で、『連句辞典』(東京堂出版)の編集委員有志が歌仙を巻いた。実作を共に体験し、辞典の編集に生かそうとするもので、慰労と親睦を兼ねた合宿であった。先にあえて連句を壊した例をあげたので、ここでは姿の整ったテキストの例に、その一巻を掲出しておこう。引用は『季刊 連句』第七号(昭和59.12.1)による。

  山荘の湯        東 明雅 捌
山荘の湯をまづ浴びて残暑尚     健 治
 月を育むごとき夕風          海 紅
蜻蜒舞ひ遊ぶ子供の影もなし     文 人
 浜より帰る舟人の声          真 彦
焼鳥につぎし熱燗舌を焼き       徒 司
 重ね着の上頬被りして         明 雅
減反の年の瀬きびし出稼ぎに        治
 上野の駅の町騒の朝            彦
先生のネクタイの色気になると       同
 どこかしほらしツッパリの恋        治
てらてらと手垢に光る百度石        司
 廃庵一つ残る山里              紅
夏の月水疱瘡をわづらひぬ         人
 目が明いてみる辛き世の中        同
リャンピンをつもればリーチ即かけて    治
 離れの人が妙に気になる          彦
下駄の音生まれて花の雨に消え      紅
 淀んだ沼に泣きべその蝌蚪        司
爪切りて深爪になる遅日なり         彦
 浮世之介に書きし誓文           治
逆さまに吊されたるは妻か何        彦
 狸見つけし土肥の温泉           司
落選に父祖代々の家を売り         紅
 帰るあてなき留学の画家          同
「ひまわり」の第三号は宇宙へ        治
 眼を楽しませ肌をやく午后         司
ジャズダンス河童の如く跳びはねる    彦
 襟巻トカゲ遠き故郷             紅
東京の砂漠に赤き月かかり         司
 屋上に佇ち鳩を吹く夕            人
冬物を出す算段に秋たけぬ         司
 渋茶を汲んで労いやし合ひ        人
而して愛用の杖ぼろぼろに         紅
 神に祈りし辞書の出版           彦
大学の才子集めて花の宴          雅
 毛深き胸を春の蚊が刺す       執 筆

昭和五十九年八月十日    連衆 大畑健治
於 箱根中大湯河原寮         谷地海紅
                       二村文人
                       宮脇真彦
                       杉内徒司
by bashomeeting | 2008-01-17 05:20 | Comments(0)
 大学の三・四年のゼミで俳諧(連句の世界)を扱って、最後にゼミ生と半歌仙を巻いたりしてきたが、今年は学んだルールをあえて壊して遊んでみた。そのことが逆に季や雑の句の必要性を教えてくれ、また韻律の美しさや去嫌等の歴史を学ぶのに有効かもしれないし、現代に連句を再生するための近道でさえあると思ったからだ。その結果を記しとどめておく。

   卒 業
この冬が過ぎれば卒業だね     海 紅
蜜柑をどうぞ               知 子
駐車場に猫がうずくまっている    菜央子
眠たそうな欠伸             奈 央
お月様の場所が動いた        太 造
別れようか                海 紅
あの虫の音を覚えていてね      綾 乃
澄みわたる湖              本 樹
雨が降り出した             宏 明
ゴム長靴が好きだった        勇 太
今日は欠勤               美 穂
あれは万国旗というんだ       聡 志
リレーは赤が勝ち          友 也
トトロの森へご招待         雅 樹
大統領はカボチャです        彩 乃
初当選です             美 南
胡蝶蘭の花を贈ろう         郁 恵
監獄の暖かいこと          志 乃
十年は長いよ            利 弘
餅を焦がしちゃった         ゆうた
手袋の忘れものです         冴 生
片方では使えない          高 悠
病棟が青ざめている         幸 平
男の左耳にピアス          一 馬
フランス語はわかりません      健太郎
ノンシャラン…           久 美
車をぶつけたのです         智 春
運が向いてきました         幸 平
雪、雪、雪              小 暮
失恋が佇っています         海 紅
栞ははさまれたままです       郁 恵
百二十三頁             祐 子
参考文献がいっぱい         寿 美
三十七名の左手に花         亜沙子
俳諧ゼミの春はめでたい       翔 吾
by bashomeeting | 2008-01-11 11:25 | Comments(0)
 前項で引用した拙文「俳諧―草創期に学ぶ」には、〈戦後俳壇には談林に返ることから再出発せよという声があったともいう〉という一文に続き、その段落を〈とすれば、研究への渇きと創作への渇きとは一体のものであり、俳文学会発足の志とは古典研究と現代俳句との架橋にあったともいえよう〉と結んだ。
 わたくしが連句の魅力をとば口にして俳諧というジャンルに入り込んだころ、俳文学会に求めたものはこの〈研究への渇きと創作への渇き〉の二つをともに癒すこと、満たすことであった。しかし、自分に都合よい清水を余所に期待するのは虫のよい話である。わたくしの清水はわたくしが探しあてねばなるまい。入会してそう遠くない時期に、わたくしはそう思うようになった。
by bashomeeting | 2008-01-07 06:29 | Comments(0)

談林俳諧とは何か

 俳文学会東京研究例会は、今は昨年と言うべきだが、先月十二月のシンポジウムで「談林俳諧の再検討」(一般公開)というテーマを掲げた。その準備の会合で、再検討と銘打つからにはこのシンポジウムなりに「談林俳諧とは何か」という問いの答えを出すようにしてほしいと希望した。それはかつて『文学・語学』第175号「国語国文学界の動向」(全国大学国語国文学会、平15.2)で「俳諧―草創期に学ぶ」として書いたが、俳文学会発足の気運のひとつに杉浦正一郎の「現代俳句の諸問題―談林にかへれ・其他」(『俳句研究』、昭23.3)という提言、すなわち戦後俳壇に談林に返ることから再出発せよという声があったらしいからで、談林俳諧とは果たして文学潮流たり得たのか否かをぜひとも知りたかったからだ。
 ところが、当日は運悪く他所で公開講座を命ぜられて、シンポジウムには出られなかったので、参加した人々に感想を聞いて廻った。その中で心にのこったのはパネリストの一人中嶋隆氏の俳諧史観である。氏は「西鶴の俳諧―軽口から小説へ―」というタイトルで発言し、玄人のものであった仮名草子が浮世草子の時代になって素人との間に境界線がなくなったように、談林俳諧も専門家のものであった貞門俳諧が好事家との境界線を取り払った結果とみてよい、という類の発言をされたという。散文と韻文の歴史がパラレルであるということは、従来言われていそうで、あまり言われていないのではなかろうか。
 ただし、では浮世草子の完成度に見合う談林俳諧、つまり〈伝統的・和歌的抒情から脱却して新しい俳諧の可能性を切り開いた功績〉(明治書院『日本古典文学大事典』)をどのような西山宗因(梅翁)風作品に見ればよいのか。これについては聞き漏らしたままである。
by bashomeeting | 2008-01-06 14:38 | Comments(0)

この人の一首◆田村曼鈴

ほととぎす枯れゆくさまをあかず眺め来年の秋をひとり思へり  田村曼鈴

【参考】作者田村曼鈴さんは昭和五十五年(1980)ころに短歌をはじめた女性歌人。長崎県生まれで、〈中国人として日本で生まれ育った〉(歌集『時空を超えて』あとがき)という。作品も同書(溪声出版、平19.11)による。なお、歌俳の歴史は共に「杜鵑草」と書いて「ほととぎす」と読むことに疑問を感じていないようだが、字余りになっても初句は「ほととぎす草」とするか、「杜鵑草(トケンソウ)」とせねば鳥の時鳥との間に困惑をもたらし、読者に不親切になるであろう。
by bashomeeting | 2008-01-04 23:05 | Comments(0)

この人の一句◆宮 沢子

  野火猛る妻であること忘れさう  宮  沢子

【参考】作者宮沢子さんは平成九年(1997)ころに句作をはじめたという女性俳人で、栃木県生まれ。豊島区で二十年余り続く古典講読の会「かげろう金曜会」のメンバー。作品は句集『草笛』(文學の森、平17.10)による。
by bashomeeting | 2008-01-03 18:47 | Comments(0)

平成二十年戊子歳旦

平成二十年戊子歳旦

初空に紙飛行機の飛び出せる    海紅
by bashomeeting | 2008-01-03 18:27 | Comments(0)

芭蕉会議、谷地海紅のブログです。但し思索のみちすじを求めるために書き綴られるものであり、必ずしも事実の記録や公表を目的としたものではありません。


by bashomeeting