海紅山房日誌

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続 身体を使って詠む

 文子さんが便りをくれて、〈先生は予言者かも…〉という。彼女が郷里の「登米芭蕉祭俳句大会」に投じた三句のうち、ボクがなにげなく〈これが特選だよ〉と言った句が、本当に蓬田紀枝子氏の特選一席に入選したのだ。彼女が事前に投句を見せてくれた理由は、三句のうちの一句中に、『おくのほそ道』をテーマに地名「登米」を詠み込む句があり、それを『おくのほそ道』曽良本の表記に忠実にするかどうかで迷っていたからだ。『おくのほそ道』の「登米」は「戸伊摩」の三字を宛て、しかも「摩」の中は略されている。マダレだけなのである。ボクは、そこまで表記にこだわる必要はないと答えて、ほかの一句を指さして〈これが特選〉と言った。不遜ながら励ましのつもりであった。
 毎年、投句用紙が届いても参加したことがなかったという。最近、厳父が先立たれている天界に御母堂を送られて、心持ちが改まったのであろう。句は次の通り。

  梨の花鍵あけて入る父母の家     文子

 過日「身体を使って詠む」という一文を書いたが、この句はその例にふさわしい。予言者になるのも悪くはないが、その修行とは一枚刃の足駄で山を翔けたり、箒に乗って空を飛んだりするのであろうか。ボクはその器ではない。
by bashomeeting | 2008-06-27 14:52 | Comments(0)
 肉親や郷里、母校や自国を語ることが苦手である。手前味噌になるのが怖いのである。それで、安吾についてふれることはなかったが、芭蕉会議で近代俳句に関する話題が盛んなので、「第3回 芭蕉会議の集い」を終えた今を好機と見て、安吾の「第二芸術論について」を紹介する。異論を聞きたいからである。

   第二芸術論について   坂口安吾

 近ごろ青年諸君からよく質問をうけることは俳句や短歌は芸術ですかということだ。私は桑原武夫氏の「第二芸術論」を読んでいないから、俳句や短歌が第二芸術だという意味、第二芸術とは何のことやら、一向に見当がつかない。第一芸術、第二芸術、あたりまえの考え方から、見当のつきかねる分類で、一流の作品とか二流の作品とかいう出来栄えの上のことなら分るが、芸術に第一とか第二とかいう、便利な、いかにも有りそうな言葉のようだが、実際そんな分類のなりたつわけが分らない言葉のように思われる。
 むろん、俳句も短歌も芸術だ。きまっているじゃないか。芭蕉の作品は芸術だ。蕪村の作品も芸術だ。啄木も人麿も芸術だ。第一も第二もありやせぬ。
 俳句も短歌も詩なのである。詩の一つの形式なのである。外国にも、バラッドもあればソネットもある。二行詩も三行詩も十二行詩もある。
 然し日本の俳句や短歌のあり方が、詩としてあるのじゃなく俳句として短歌として独立に存し、俳句だけをつくる俳人、短歌だけしか作らぬ歌人、そして俳人や歌人というものが、俳人や歌人であって詩人でないから奇妙なのである。
 外国にも二行詩三行詩はあるが、二行詩専門の詩人などという変り者は先ずない。変り者はどこにもいるから、二行詩しか作らないという変り者が現れても不思議じゃないが、自分の詩情は二行詩の形式が発想し易いからというだけのことで、二行詩は二行の詩であるということで、他の形式の詩と変っているだけ、そのほかに特別のものの在る筈(はず)はない。
 俳句は十七文字の詩、短歌は三十一文字の詩、それ以外に何があるのか。
 日本は古来、すぐ形式、型というものを固定化して、型の中で空虚な遊びを弄(もてあそ)ぶ。
 然し流祖は決してそんな窮屈なことを考えておらず、芭蕉は十七文字の詩、啄木は三十一文字三行の詩、ただ本来の詩人で、自分には十七文字や三十一文字の詩型が発想し易く構成し易いからというだけの謙遜な、自由なものであったにすぎない。
 けれども一般の俳人とか歌人となるとそうじゃなくて、十七字や三十一字の型を知るだけで詩を知らない、本来の詩魂をもたない。
 俳句も短歌も芸術の一形式にきまっているけれども、先ず殆(ほとん)ど全部にちかい俳人や歌人の先生の方が、俳人や歌人であるが、詩人ではない。つまり、芸術家ではないだけのことなのである。
 然し又、自由詩をつくる人々は自由詩だけが本当の詩で、韻のある詩や、十七字、三十一字の詩の形式はニセモノの詩であるように考えがちだけれども、人間世界に本当の自由などの在るはずはないので、あらゆる自由を許されてみると、人間本来の不自由さに気づくべきもの、だから自由詩、散文詩が自由のつもりでも、実は自分の発想法とか、自由の名に於て、自分流の限定、限界、なれあい、があることを忘れてはならない。
 だから、バラッドやソネットをつくってみようとか、俳句や短歌もつくってみたいとか、時には与えられた限定の中で情意をつくす、そのことに不埒(ふらち)のあるべき筈はない。
 十七文字の限定でも、時間空間の限定された舞台を相手の芝居でも、極端に云えば文字にしかよらない散文、小説でも、限定ということに変りはないかも知れないではないか。
 芥川龍之介も俳句をつくってよろしい。三好達治も短歌も俳句もつくっている。散文詩もつくっている。ボードレエルも韻のある詩も散文詩もつくっている。問題はただ詩魂、詩の本質を解すればよろしい。
 主知派だの抒情派だのと窮屈なことは言うに及ばぬ。私小説もフィクションも、何でもいいではないか。私は私小説しか書かない私小説作家だの、私は抒情を排す主知的詩人だのと、人間はそんな狭いものではなく、知性感性、私情に就ても語りたければ物語も嘘もつきたい、人間同様、芸術は元々量見の狭いものではない。何々主義などというものによって限定さるべき性質のものではないのである。
 俳句も短歌も私小説も芸術の一形式なのである。ただ、俳句の極意書や短歌の奥義秘伝書に通じているが、詩の本質を解さず、本当の詩魂をもたない俳人歌人の名人達人諸先生が、俳人であり歌人であっても、詩人でない、芸術家でないというだけの話なのである。

【附記】「第二芸術論について」は『詩学』二巻四号(昭23・12)所載。『詩学』は『ゆうとぴあ』(昭21・9~22・2、全6冊)の改題誌。本文は、ちくま文庫『坂口安吾全集15』(平3・6)によった。当文庫の解題によれば、安吾生前の刊本には収められていないという。
by bashomeeting | 2008-06-23 15:03 | Comments(0)
 五時少し前に、乙鳥の親が目覚めて、雛に餌を運びはじめる声が聞こえたので、朝刊を取りに出る。東京新聞の「筆洗」にシラーの言葉を引いて「〈時の歩みは三重〉になる。なぜなら〈未来はためらいつつ近づき、現在は矢のようにはやく飛び去り、過去は永久に静かに立っている〉から」とある。今日が沖縄の「慰霊の日」であることをテーマとする文章で、「歴史は残そうとする努力があってはじめて残るもの」ともいう。含みのある内容に眼を見開いた。過去の多くは眠ったままで、語られることはない。
by bashomeeting | 2008-06-23 05:26 | Comments(0)
 近松作品の講読は時代物『世継曽我』と世話物『曽根崎心中』『心中重井筒』『心中天の網島』の三篇を読み終えて、いま『国姓爺合戦』の第二場に入ろうとしている。それは「緜蛮(めんばん)たる黄鳥(くわうてう)丘隅(きうぐう)にとどまる。人としてとどまる所にとどまらずんば、鳥にしかざるべしとかや」と始まる。〈美しい声で囀る鶯は丘隅の木々といったその止るべき所をよく知っている。まして人としてそれに相応しい所に留まらなかったなら鳥にも及ばないといえる〉(新潮古典集成『近松門左衛門集』頭注)という意味で、経書の『詩経』や『大学』にある帝王学で「詩云。緡蛮黄鳥。止于丘隅。子曰。於止知其所止。可以人而不如鳥乎」を写したもの。君に帝王学は無縁だが、今どこにいるのか、そこが相応しいところかどうかは常に考えねばならない。
by bashomeeting | 2008-06-22 11:22 | Comments(0)
 芭蕉会議の前日、つまり六月十四日(土)は『野ざらし紀行』のスクーリング二日目であった。この日は母の正忌でもあったので、早朝に仏壇に手を合わせ、玄関先の乙鳥の巣を一瞥して電車に乗った。だから、宮城岩手内陸地震のことは知らなかった。講義が始まってまもなく事務局のS氏が受講者名簿を持って教室にあらわれ、地震の影響で新幹線が止まっている影響で、欠席の可能性の高い学生の名を示した。だが、該当者のKさんはやはり早朝に上京して、すでに教室に来ていたので、地震による欠席者は皆無であった。

 地震の恐ろしさは、札幌の時計台のそばの会社で経理屋をしていた時代に体験している。九階建てのビルが難破船のように揺れた。エレベータを使わずに、階段で逃げるように館内放送があり、押し合うようにして六階のオフィスから地上に降りた。電信柱が曲がり、自動車が道路脇に避難していた。道のところどころが盛り上がっていた。

 ふと翌日の芭蕉会議の集いへの影響について考えた。帰宅後、家人がTVニュースの様子をつぶさに教えてくれた。宮城が母方の先祖の地であること、栗駒高原がNさんの北堂が生前に静養されていた明媚の地であることを思った。いわきの海岸では釣人が命を落としたともいう。明日の集いには、その地からIさんが出席のはずである。支障のないことを願った。

桜桃の村に嫁ぎし人思ふ     海紅
by bashomeeting | 2008-06-18 17:21 | Comments(0)

身体を使って詠む

 三宅相舟氏が毎日新聞(別冊・月刊特集号、H20.6)に、「現代かな書の先駆けとなる」(コラム 書の世界)という題で取材を受けている。中で〈大学では大字の漢字を研究したことが、現代かなで小字を書くのに大変役に立っています。大字は身体を使って書くので筆の勢いが紙に負けないんです〉という一節に打たれるものがあった。身体を使って書くことの大切さは絵や音楽、文学の世界に共通であって、書の世界に限られる事柄ではない。俳句も身体を使って詠む世界であろう。
by bashomeeting | 2008-06-17 08:13 | Comments(0)

俳句のここが嫌い

  ―『野ざらし紀行』スクーリング受講者38名に聞く―

◆第Ⅰ類 規則や形式
1.規則が多く、不自由なところ。
2.五・七・五という字数制限、あるいは文体(短い文で多くの事柄を述べようとする点)や、季語を入れるという形式的な部分。
3.短歌の自由な言葉に対して、歌枕や季語の記号論的で固定的なイメージ。

◆第Ⅱ類 難解な意味
4.読んでも意味がわからないところ。
5.独りよがりに思えるところ。
6.歴史や作者に関する知識を必要とするところ。
7.漢詩文の素養を求めるところ。
8.古典や、先行作品を踏まえたり、鑑賞にもそれを要求するところ。
9.難しい言葉や、古語を用いるところ(解釈と鑑賞がむずかしい)。
10.言葉をいちいち調べなければ理解できないところ。
11.直截的でなく、婉曲的、つまり遠回しな表現。
12.結社によって作風の異なるところ。
13.俳句をたしなむ者以外には、善し悪しがわからないところ。

◆第Ⅲ類 その他
14.『野ざらし紀行』に象徴される重たいイメージ。
15.俳句になった点。つまり連歌俳諧の唱和性や問答性を捨てたところ。
16. ごまかしのない自分をさらけ出さねばならないところ。
17.嫌いではない。
18.旧仮名遣いと音便がむずかしい。
by bashomeeting | 2008-06-13 19:40 | Comments(0)

わがふるさとの作家


 五月と六月が入れ替わるころに、母の三回忌で郷里へゆく。千歳で飛行機を降りて特急電車に乗り、滝川で一輌の富良野線に乗り換えて郷里へ。車輌の隅の座席越しに何度か首を伸ばして、こちらを見る人がいる。会ったことがあるような、ないような不思議な気持ちのまま郷里に着く。友人の店で夕食をとっていると、件の女性が入ってくる。昨夏の墓参の折、俳句連盟に頼まれて講演をしたが、その際に中心となって活躍されていた良枝さんであった。それと気づかなかったことをお詫びすると、良枝さんは見慣れぬ電車の客をボクとわかったらしく、連盟の会長である大硯先生にすでに電話連絡をしたとのこと。まもなく先生が隣町から駆けつけて、四方山話に時を忘れることができた。
 別れに芦別俳句連盟創立五十周年記念誌『蘆』をいただく。帰途につくボクのよい旅の友となった。その中から、心に残る句を摘記して記憶にとどめる。とりえず女性作家篇。

高原の丘へ緑の風上る           良枝
秋風や海女小屋荒く釘うたれ        良枝
作小屋の屋根に石置く暮の秋        良枝
草笛にきりりと光る父の星         良枝
威を張れる雄鳥もまた羽抜鳥        良枝
米研ぎし水地に還す終戦日         良枝
鴈行くや母に返せぬ借りいくつ       良枝
じやが薯のやうな子で良し肩車       良枝
唇にふるることなし雛の笛         良枝
貨車過ぎて花菜あかりに鉄匂ふ       良枝
病む人に選ぶ言葉やさくらんぼ       きよ
春を待つ王様クレヨン十二色        きよ
短日をまつすぐ落す砂時計         きよ
鳳仙花弾けて女盛り過ぐ          きよ
室咲へ小さき一灯消さずをく        きよ
ポケットに握るものなき夜寒かな      きよ
利子で買ふ菓子一袋山笑ふ         きよ
妻の肩ばかり持つ子やビール注ぐ      きよ
ガスの炎の点いて今年の始まりぬ      澄子
春寒や願ひの絵馬のもつれあふ       澄子
海開き祝詞の終り待ちきれず        澄子
ぎしぎしと並べ白菜漬けにけり       澄子
立秋やぷるんと朝の目玉焼         澄子
笑はせて終る法話や小春空         俊子
春風や産着の中の大欠伸          俊子
灯さねば霧におぼるる通過駅        光子
亡き夫の名刺一枚秋の暮          光子
神鈴を大きく振りて年新た         一枝
枕辺にそつときてゐる初明り        一枝
雪舟の絵画の中へ冬の旅         みつ子
色褪せし洗濯ばさみ冬に入る       みつ子
夏帽に手を添へゆきて女らし       冨美子
白米をほこほこ食す終戦日        冨美子
枝豆の運ばれてくる通夜の席        栄子
菊の香へ追善の膝正しけり         貞子
戦なき空を選びて鳥帰る         まさ子
春耕やリストラの子が農を継ぎ      よね子
by bashomeeting | 2008-06-10 04:27 | Comments(1)

芭蕉会議、谷地海紅のブログです。但し思索のみちすじを求めるために書き綴られるものであり、必ずしも事実の記録や公表を目的としたものではありません。


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