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海紅山房日誌

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芭蕉会議、谷地海紅のブログです。但し思索のみちすじを求めるために書き綴られるものであり、必ずしも事実の記録や公表を目的としたものではありません。

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独り善がりは醜悪である

  いま、五月末投句締め切り分の「わくわく題詠鳩の会」の会報を作っている。この会は奇数月の末日が投句の締め切り日、つまり今日がその日なのだ。じきに次の句稿が押し寄せる。尻に火がついたとはこのことだ。
 巻頭には「てにはは公界(くがい)ものなり」(幽斎述、烏丸光広記・耳底記)をとりあげた。前号の「ことばが光を放つとき」と、いくらかの脈絡があると思ったし、七月十二日(土)の俳文学研究会のミニ講話のテーマが「音便」についてで、十九日(土)の俳文学会東京研究例会(於早大)の「第13回 テーマ研究(公開)」が「俳諧・俳句と文法」と題して、片山由美子氏(俳人)・林義雄氏(専修大教授)を迎えたりしているので、ちょっとした文法月間になると思ったからだ。
 さて、「てにはは公界ものなり」という細川幽斎の話は、「てには」つまり、助詞・助動詞・接尾語・用言の活用語尾等の規則は社会的なきまりなのだから、自分流に用いてはいけない、という意味。公界は公的な場、世間の意。ちなみに(いまさら聞けないという人のために書けば)接尾語とは語の末尾に付けて意味を加え、品詞を変える語〈閑かさ〉の〈さ〉、〈僕ら〉の〈ら〉など、用言とは動詞・形容詞・形容動詞ことである。もっとも、例外とか秘伝・口伝とかがある世界のことだから、杓子定規には言えないのだけれど、自分流という世界が妙に受け入れられる時代だからあえて言う。独り善がりは醜悪である。
by bashomeeting | 2008-07-31 13:05 | Comments(0)

ことばが光を放つとき

 「わくわく題詠鳩の会」の会報では、巻頭に先人の名言を掲げて、句作の刺激にしてもらっている。三十五号で「詞にて心を詠まむとすると、心のままに詞のにほひゆくとは、変はれるところあるにこそ」(為兼・為兼卿和歌抄)という一節を示したところ、多少の反響があったので、この日誌にも保存することにした。京極為兼は、〈美しいことばに頼って感動を歌にしようとするのと、感動を詠むにつれて、ことばが美しい光を放つのとは、別である。ことばは感動によって光を放つ〉と説いているように思う。芭蕉の教えに似ている気がする。思えば出るよ、というボクのくちぐせにも似ているように思う。
by bashomeeting | 2008-07-31 12:08 | Comments(0)

『二松俳句』の魅力

 矢羽勝幸氏御指導の『二松俳句』28号(二松学舎大学矢羽研究室)が届いた。矢羽さん、二村博さん師弟の手で、近世の「付け廻し歌仙」資料が紹介されている。大谷弘至氏による『春秋庵幹雄家集』の翻刻も始まった。いずれも従来の研究史が看過していた問題意識である。
 二松俳句会は二松学舎関係者による俳句愛好者の機関である。だから俳句会の成果である学生や大学院生の俳句がたくさん掲載されている。そこに仲良く先掲の研究成果が並んでいる。このような雑誌、つまり実作と研究とが同居するものはめずらしい。そして懐しい。かつては多くの俳句雑誌がこうであったが、現在は実作と研究とがきれいに棲み分けてしまって、今では少数派と言えるのではないだろうか。少数派を堅持できる理由は、ひとえに矢羽さんの学識による。ここに伝わる古くて新しい鼓動をうらやむ。
by bashomeeting | 2008-07-29 11:37 | Comments(0)
 この日誌の六月十四日に、「俳句のここが嫌い」というタイトルで、『野ざらし紀行』受講者を対象にしたアンケート結果を紹介したが、その三日間の集中講義で、彼らの不審すべてに答えるのは無理であった。それで、残る疑問のうち〈今更聞けない…〉類の「音便とは何か」については、七月十二日(土)の俳句会のミニ講座で話すことにした。
 ……「文語は詩語である」というテーマの一部として取り上げるので、関心のある人は出席してください。
 と言ったところ、予想以上の人が集まった。それで、むりやり句会にも参加してもらった。それに気をよくした俳文学研究会幹事のMさんは、閉会を前に、
 ……俳句会に、はじめて参加した人たちが、次回も気兼ねなく顔をみせられるようなヒントを聞かせてください。
 とボクに意見を求めてきた。唐突な要求で戸惑ったが、おおよそ次のようなことを言った。当たっているといいのだが。
 ……あなたの目がとらえたものが、つまりはあなたが感じたことです。それをそのまま、あたりまえの言葉で描く。思えば言葉に出ます。ゆめゆめ、文学的であろうとしてはいけません、著名俳人の句などを読んではいけません。市場は市場の論理で動いているのですから。感動は身近にころがっています。今まで、わたしたちはそれを見ていなかっただけなのです。
by bashomeeting | 2008-07-28 21:33 | Comments(0)

A human being

 近松の『国性爺合戦』の第二で、和藤内(主人公〈ワトウナイ〉、のちの国性爺)が、韃靼(ダッタン)の手に落ちた明国を奪還すべく、平戸から出陣に向けて勇み立つ台詞のなかに、次のようなものがある。

  天の時は地の利にしかず。地の利は人の和にしかず。吉凶は人によつて日によらず。

 咀嚼を試みれば、〈戦争に勝つためには、自然条件(季節・天候・昼夜など)、地形情況(敵を防げる地勢か、味方を守れる土地か)、人心和合(味方同志が仲良く信頼し合っているか)という、大切な三つの条件がある。しかし、自然条件がどんなによくても地形が悪ければ勝てないし、たとえ地形の情況がよくても、人心がひとつにまとまらなければ、勝利することはできない。要するに、自然条件にも地形情況にも恵まれねばならないが、それが有効に働く前提として、人心の和合一致が不可欠なのである。そもそも、良い結果を得るか、悪い結果に陥るかは人間次第であり、けっして日の良し悪し(天気が良いか悪いか、要害かどうかなど)によるものではない〉ということになろうか。

 「天の時は」から「和にしかず」までは『孟子』公孫丑章句下の冒頭そのままで、「吉凶は人によつて日によらず」は、『徒然草』九十一段の結びの「吉日に悪をなすに必ず凶なり。悪日に善をおこなふに必ず吉なり、といへり。吉凶は人によりて日によらず」にそっくりである。『徒然草』のこの箇所も通釈しておけば、〈縁起のよい日でも、悪いことをすれば必ず悪い結果に終わり、縁起の悪い日でも、よいことをすれば必ずよい結果がでる、というのは昔からよく言われることである。つまり、吉凶とはその人の考えや方法によって決まるのであって、日の良し悪しに左右されない〉となろう。つまり兼好の場合は、吉凶の縁起をかつぐ無意味さを、この世の不確実性、つまり無常観を以て説いていて、人間の和合一致の意義を積極的に説く『国性爺合戦』と同日の論ではない。だが、通底することは A human being 、つまり人間が中心にいるということである。自他共に、人間をおろそかにしてはならないということである。なお、これらの典拠には中国の元の時代の『事文類聚』(前集)なる稀覯本(和刻本もある由)で、沈顔の言説を参看する必要があるようだが未見。
by bashomeeting | 2008-07-27 18:35 | Comments(0)

ニンゲンのゆくえ

ヤンマ おい、おい。
ニンゲ なんだよ。
ヤンマ わしだよ。
ニンゲ 生きていたのか。
ヤンマ 死んでりゃ、話しかけたりしないさ。
ニンゲ おれたちは、死んでからでも話しかけるよ。
ヤンマ 本当かい?
ニンゲ あの世があるからね。
ヤンマ 行ってきたのか?
ニンゲ 行っちゃ、戻ってこられない。
ヤンマ じゃ、なぜわかる?
ニンゲ わからないよ。
ヤンマ いい加減なやつだな。
ニンゲ みんながそういうんだから間違いない。
ヤンマ いい加減だってかい?
ニンゲ 違うよ、あの世があるってことさ。
ヤンマ 多数決を信じちゃいけない。
ニンゲ いや多数決ということでもない。
ヤンマ どういうことだ。
ニンゲ 実は数えたことはないんだ。
ヤンマ じゃあ、まだわしらと変わりはない。
ニンゲ ところで、なにか用事かい?
ヤンマ 今朝の命拾いの礼を言いに来たのさ。
ニンゲ 義理堅いね。
ヤンマ ついでながら…。
ニンゲ 礼は聞いたよ。
ヤンマ ブログを読んだよ。
ニンゲ だから、なんだ?
ヤンマ 間違っているよ。
ニンゲ どこが?
ヤンマ 食物連鎖のことさ。
ニンゲ どこが?
ヤンマ わしが死ねば、カマキリに食われる。カマキリが死ねば小鳥に食われる。小鳥が死ねば鷹がたかる。
ニンゲ そんな駄洒落じゃ、笑えない。
ヤンマ 「タカがタカル…」、なるほど、うまい。いやいや、わしの言いたいのは、その食物連鎖にニンゲン様は含まれないってことさ。ニンゲン様は牛を殺し、豚を殺し、魚を殺して食べ続ける。野菜や果物を含めて、食べるために、育てては殺している。遣らずぶったくりたあ、おまえさんらニンゲンのことよ。
ニンゲ 厳しいね。
ヤンマ その傲慢さがわかりゃ、せめてニンゲンがニンゲンを殺すのだけはやめることよ。それが、ニンゲンが自分の都合で命を奪い続けている生き物に対するつぐない。われわれの食物連鎖に加わりたきゃあ、それが出来てからにすることだナ。輪廻転生なんて虫のイイこたア、そのずっとあとで考えるがいいヤ。
by bashomeeting | 2008-07-27 11:04 | Comments(0)

オニヤンマのゆくえ

 …… オニヤンマが、蜘蛛の巣に掛かって、もがいている。
 洗濯ものを干す手をとめて、家人が『おでかけずかん』(チャイルド社)を持ってやってきた。それは甲斐正人・須田孫七監修『チャイルドブック・ジュニア』(平成十二年四月号)の特別付録で、幼稚園の先生をしている姪が教材の余りものだからといって、かつてわが娘たちにくれたものだ。そのころの彼女たちは、外出のたびに、この文庫本ほどの図鑑を持ち歩いていた。日本で一番大きなトンボという説明がある。一番でもビリでもいいが、苦しんでいる様子は見かねる。それで助けることにした。オニグモ系と思われる蜘蛛の巣を払って、もがきのせいで傷みかけた一枚の翅を丁寧に整えてやる。そして、丸くふくらんでいるドウダンツツジに霧吹きをして、その上に横たえた。しかし、四枚の翅を不釣り合いに動かしている姿は、自力で飛び立つことがしばらく無理のように見えた。仕事に戻って十五分ほど、ふと思い出して庭に出ると、オニヤンマの姿がない。地面の草陰を丁寧に捜したが、落ちた気配はなかった。自力で飛び立ったか、それとも小鳥の餌食となったのであろうか。むろん飛び立っていてくれたほうがよいのだが、何かに食われてしまったとしても悔やむまい。わたくしども人間を含めて、自然はひたむきな食物連鎖でつながっているにちがいないのだから。

  少年の顔に戻りて夕端居    海紅
by bashomeeting | 2008-07-25 09:21 | Comments(0)
 阪神淡路大震災という名は、平成七年(1995)一月十七日五時四十六分に起きた地震に与えられた名称である。M7.2、死者六千四百三十二人、およそ五十一万棟の住宅が全半壊、一部損壊の悲劇を蒙った。一年後の毎日新聞(平成8年1月15日朝刊)は追悼のページを組んで、この地震で亡くなった父に宛てたM.Mという名の幼児の手紙を掲載した。以後、文芸創作の講義では、必ずこの手紙にふれてきた。その意図は、心という器には〈非在という実在〉の住処があるということをわかってもらうこと。それは〈思う〉という働きを通して生まれるということを伝えたいからであった。長く教材とさせていただいたことに感謝しつつその全文を掲載し、例によって受講者の感想の一部を添えて鎮魂とする。
 昨夜、また東北を大きな地震が襲った。

     パパへ

  パパ、てんごくでなにしているの。
  マーちゃんをおそらからみてるの。
  パパは、じしんでてんごくにいっちゃったから、
  もう、マーちゃんのおうちには、こないの。
  じしんのまえ、
  パパとおえかきをしたり、
  おうたをうたったね。
  どうぶつえんにも、ゆうえんちにもいったね。
  パパのくるまでおかいものにもいったね。
  パパは、マーちゃんがビールいれるとおいしそうにのんだね。
  また、おうちにきてくれたら、
  ほいくえんのおはなしもしてあげるよ。
  おいしいビールのませてあげるよ。
  てんごくに、でんしゃないのかな。
  マーちゃんが、おおきくなったら、
  パパのところにいけるの。
  それまでマーちゃんのことみててね。
  パパ、もういちどマーちゃんをだっこしてね。

******* 受講生の感想から *******

先生の〈死なれてはじめて生きる〉という言葉に共感、深く考えさせられるものがあった(T.T)/「パパへ」の素直で真っ直ぐな点に心打たれた。自分の詩にそれはないから、とてもまぶしい、うらやましい(M.U)/描いている時にツマラナイと思ったら、その時点で次の言葉の色は変わる気がする。純粋な詩は「叫(シヤウト)び」だと思った。飾りの多い詩よりずっと心を打つ。年をとるにつれ、感受性は衰える気がするけれど、人間らしくありたいと思った(S.M)/「パパへ」には過去・現在・未来とひろい時空が展開している。対する私の詩はある瞬間に止まっている。僕の詩は写真、「パパへ」はビデオである。私の「死」は消滅、「パパへ」のそれは再会への確信が前提にある。マーちゃんの中に父親が生き続けるに違いない(I.K)/マーちゃんの文章は詩というよりも手紙。いや詩とは手紙なのかもしれない。それでパパの存在が見えるのだ(N.A)/純粋ということ、その切実さや必死なところが、まるでわたしと違う(Y.A)/「パパへ」の語尾が人を感動させる。つまり問いかけるというカタチ。これは詩歌表現の効果という視点で重要(K.H)/成長するにつれて、できることと、できないことが見えてくる。「マーちゃん」はまだ見えていない。そのあわれが人の心を打ってくる(Y.M)
by bashomeeting | 2008-07-24 11:34 | Comments(0)
   狂句こがらしの身は竹齋に似たる哉   芭蕉
    たそやとばしるかさの山茶花       野水
   有明の主水に酒屋つくらせて        荷兮

 時季でいえば〈木枯〉にはまだ早過ぎるのだが、忘れぬうちに書く。
 千年氏が芭蕉会議の掲示板に、七部集『冬の日』の「狂句こがらしの」歌仙の第三にある「酒屋」について一説を紹介し、それが掲載されている連句誌『れぎおん』(2002年春号)のコピーを送ってくれた。杉山壽子「『冬の日』第一歌仙〈第三句目〉名古屋的解釈の一考察」である。
 それは、〈第三の「酒屋」が「サカヤ」ではなく「シュウヤ」と読むべきという意見。これは敷地内にこしらえた、お酒を飲めるオープンカフェ、茶席の待合ではないが、そんな感じの、酒樽をすえて、歓談できる自家製宴会場。著者が祖父から聞いた話を基にしている〉(千年談)。
 私はこの「シュウヤ」説を面白いと思う。こうしたホームバーのような、いや祭の屋台のような、バーベキュー・パーティのようなことが尾張で、いや尾張でなくとも、江戸期までにおこなわれていて(おこなわれていないわけはない)、しかも「シュウヤ」の日本語用例が確認できるとなおよい。
 私は思っていた、いくら第三が転じの場と言えど、暉峻康隆説の通り、当時幕府は酒株制度を敷いているから、造り酒屋などは論外である(『芭蕉の俳諧』)。また、いわゆる酒を売る店や居酒屋を意味するという定説も、大げさで、不自然であると。一方で、杉山壽子稿には大いに納得したが、、野水の邸宅がもとは作事(建築)の棟梁(大工頭)中井大和宅で、その子孫に中井主水という棟梁がいて、芭蕉(竹斎もどき)を歓待する目的で、その主水(もんど)に酒屋(シュウヤ)を作らせたいう深読みは捨ててよい。当座の情況と、言葉の世界である付合をこき混ぜてしまっては混乱をまねくからである。
 虚に遊ぶ俳諧は、言うまでもなく転じるところに醍醐味がある。第三の場合は発句(打越)からの転じをまず愉しまねばなるまい。つまり芭蕉(竹斎)を引きずって第三を読むのはよろしくない。むしろ、前句(脇句)に漂う風雅人の高貴(気品)を付所(つけどころ)として、発句のうらぶれた竹斎像から離れ、脇句の気品にみあう「有明の主水」なる宮中ゆかりの人物を創出したとみるのが穏当ではなかろうか。つまり第三は発句の竹斎ごとき客でなく、山茶花の散りかかる旅笠の人を身分のある客と読み替えたのであろう。例えば、『埋木』に「第三は脇の句によく付候よりも、たけ高きを本とせり。句がらいやしき第三は本意ならず候。又云、第三は相伴の人のごとし。たけ高く優なるを、こひねがふ事に候」とあるが、発句と第三は格調の高さにおいて等しく、その世界は異なるものであるはずだ。
 ただし、とりあえず覗いた『日本国語大辞典』には「シュヤ」「シュウヤ」のいずれも立項されていない。
by bashomeeting | 2008-07-23 14:10 | Comments(0)

思い出への旅◆丸加高原

 末弟の納骨で帰郷した平成十七年(2005)の夏は、姉一族にもてなされて、丸加高原(北海道滝川市江部乙町)に遊んだ。三百メートル近い標高に深く呼吸し、バッタやキリギリスを追いかけて緑蔭に憩い、亡き弟の生涯をなんどか思い返した。「文学の径」という散策路があって、十数基の句碑がある。しかし、いずれも路傍の草の姿に及ばない。人は何ゆえに句碑などを建てたがるのであろうか。三百六十度の眺望に夜の帳が下りた。

  父にならぶ弟の名や墓洗ふ     海紅
by bashomeeting | 2008-07-23 11:18 | Comments(0)

芭蕉会議、谷地海紅のブログです。但し思索のみちすじを求めるために書き綴られるものであり、必ずしも事実の記録や公表を目的としたものではありません。


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