海紅山房日誌

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「七夕や」表六句

 「わくわく題詠 鳩の会」担当の、いろはさんと句稿のやりとりするメールの副産物で、以下のような付合が生まれたので、書きとどめておく。いずれ即興にて、式目にそわぬ処は許されたい。

    「七夕や」表六句
七夕や鼻緒をすげてもらひけり   いろは
  蚊遣の煙もるる格子戸       海紅
法師蝉遠方の客見送りて      いろは
  モカの酸味と若きショパンと    海紅
月光の運河に響く舟の唄       いろは
  中に紫苑の丈高き庭        海紅
by bashomeeting | 2008-08-31 11:03 | Comments(5)
 このメンバーの多くは熟年世代なのです。二十三日(土)と二十四日(日)の『おくのほそ道』行脚のことです。つまり、宿や食事のことで四の五の言う人たちではない。寝床や食べ物などについて好き嫌いを言うのは品のないことだとしつけられた世代です。にもかかわらず、なかなか上等な宿に泊まる。芭蕉さんに申し訳ないほどです。二十三日は秋保の緑水亭でした。「篝火の湯」という惹句を用いているようです。燃える火は好きです。どこで見たものもおぼえています。生家の居間の石炭ストーブ、父の工場の薪ストーブ、実家の裏の鉄道用地、奥頼城の溪流の川岸、高校の文化祭の後片付け、積丹の美国海岸、高尾の料理屋、信濃のキャンプファイヤー、宿泊句会の焚火などなど。緑水亭の露天風呂の篝火も忘れないでしょう。雨でしたから尚更です。心残りは、磊々峡や秋保大滝など近辺を歩くことができなかったことです。『おくのほそ道』がテーマですから致し方ありません。
by bashomeeting | 2008-08-29 11:23 | Comments(0)
 二十四日(日)、『おくのほそ道』行脚の疲れを癒やすべく、作並温泉の岩松旅館に泊まる。文字通り岩と松に包まれる広瀬川ぞいの露天風呂が目的であったが、昨夕から降り続く秋雨による川の増水により入浴禁止の札が立ち、蒲団をかぶって眠る。幸い、朝に入浴再開という知らせがあり、同宿の男を誘って八十数段の板敷きの階段を下りて念願を叶えた。同宿の男が言うには、戦時下は辺りの村にたくさん児童生徒が疎開してきて、集団でこの露天風呂に入れられたという。そんな話を聞きながら湯につかっていると、脇を流れる川音が次第に当時の子供たちの賑やかな声に聞こえてくる。話をしてくれる男は国民学校の最後にあたる年齢である。蛇足ながら、国民学校とは天皇の統治する国の民であることを教育し、戦時体制に即応すべく作った初等教育機関。初等科六年、高等科2年。昭和十六年(一九四一)から昭和二十一年(一九四六)まで続いた。

   赤のまゝ昔話のつゞきをり    海紅
by bashomeeting | 2008-08-26 07:46 | Comments(0)
 『おくのほそ道』「室の八島」章段の執筆意図について、講義では繰り返し話しているつもりだが、小論文(essay type )試験をすると、〈「旅で初めて訪れた歌枕」にもかかわらず「本命とする陸奥のはるか手前の名所だった」ことや「この歌枕が期待を裏切るものであった」ために曽良の縁起譚のみに終始している〉という論調がほとんどである。尾形仂著『おくのほそ道評釈』(角川書店)に従っている人々である。
 だから、あえて繰り返しておこう。芭蕉の陸奥行脚の目的のひとつは歌枕探訪である。陸奥行脚は白河の関からはじまるが、そこに至る前の、なるべく早い時期に「歌枕とはなにか」を解説する必要がある。その適切な箇所として室の八島が選ばれている。その本意を縁起という方法で解説しているのである。このことは「又煙を読習はし侍るもこの謂也」という知識を踏まえて、「糸遊に結つきたる煙哉 翁」(『曽良旅日記』)とあることでもわかると思うのだが…。
by bashomeeting | 2008-08-21 11:13 | Comments(6)
 文芸に限らず、一般に芸術活動の産物である作品は、〈AはBである〉という命題によって要約できる主題を持っている。それは作品の分量にかかわらずひとつあるはずだ。しかし『おくのほそ道』の主題は以下のような七種の見解が併立したままである。

1,「不易流行」という世界観の提示。
2,「不易流行」という世界観、及びその根本理念に基づく蕉風(詩精神)の提示。
3,「造化随順」思想に基づく自然と人生への賛歌。
4,風雅に徹して生きようとする人間の理想像の提示。
5,『伊勢物語』の延長線上に、元禄の「東下り」を描いたもの。
6,奥羽の自然描写を主眼に、人事面では「恋」を描いたもの。
7,中心主題はなく、小主題(意味の焦点)を並立的に展開したもの。
               ―堀切実編『「おくのほそ道」解釈事典』東京堂出版による―
 
 これらを整序することは大して難しいことではない。君の卒業論文に期待していることは、根幹では矛盾することのない、これら七点を秩序立てて整理することである。
by bashomeeting | 2008-08-21 10:15 | Comments(0)
霊あらば親か妻子のもとに帰る靖国などにゐる筈はなし 市村 宏(『東遊』)

【附記】この歌は昨年のこの季節にも掲げた。来年の夏にも思い起こしたい。
by bashomeeting | 2008-08-16 15:25 | Comments(7)

忘れ得ぬことば◆拒否

 国家の安全や人道にそむく命令は拒否できるばかりでなく、実行せず、上級へ訴えねばならぬ。
                                        ―ド・ゴール―

You must appeal to the upper grade without you cannot refuse the order against national security and humanity, and carrying it out.

   【附記】 このことばを、どこで目にしたかを忘れている。ここは日記から写す。
by bashomeeting | 2008-08-14 21:06 | Comments(0)

忘れ得ぬことば◆軍隊

 軍隊は、いくさをする人の集団である。いくさとは、軍隊と軍隊とがたたかうこととされている。したがって軍隊以外の市民・国民をいくさの対象とすることは、軍隊の本来のありかたではないことを自覚した軍隊であって欲しい。
 右のことを原則にして、まず、日本の軍隊は国内治安のために出動することを禁じられた軍隊であって欲しい。
 つぎに、非戦闘員への加害と次代への後遺症を防ぐために、核兵器・化学兵器を一切装備しない軍隊であって欲しい。そして、このことを世界にむけて言明できる政府の政策を望んでやまない。
                                        ―本田徹夫― 
                          ―『思想の科学』(思想の科学社、昭和57・7)―

The armed forces are fighting groups. War is that the armed forces fight against the armed forces. Therefore it is a mistake to call a fight of the civic participation war. Therefore, the Japanese armed forces must not be dispatched for the domestic peace and order.And do not be equipped with a nuclear weapon and chemical munitions to avoid the civic damage and future aftereffects. I hope in the Japanese Government to declare this for the world.

                                  - Tetsuo Honda -
by bashomeeting | 2008-08-14 19:03 | Comments(0)
 小さな『おくのほそ道』研究会がある。相澤泰司・谷地快一の二名からなるゆえに、いつのころからか「二人会」という。やや淋しき名称である。
 さてそこで『校本芭蕉全集』第六巻を参看の折に、以下の通りの誤読を確認したので、備忘録として残す。○印が正しく、X 印が誤読である。

○ 玉よそふ墓のかさしや竹露 曽良(曽良旅日記影印P89ウ)
X…………暮………………  ……(校本芭蕉全集P271)

○しほらしき名や小松吹萩薄  翁(曽良旅日記影印P90オ)
X………………………荻…  …(校本芭蕉全集P271)
注・影印は「荻」とも読める。校本の誤読はその結果である。ただし、新編日本古典文学全集『松尾芭蕉集①』(小学館)では真蹟懐紙等を参照して「萩」とする。ちなみに『おくのほそ道』は「しほらしき名や小松吹萩すゝき」。

○ ケン住アン(曽良旅日記影印91オ)
X ………庵 (校本芭蕉全集P274)

○大坂立賣堀北かわ三丁め(曽良旅日記影印98ウ)
X…………………………目(校本芭蕉全集P275)
by bashomeeting | 2008-08-10 15:55 | Comments(0)
 論文の目的は、ある問題について新説(仮説)を立てる、つまり新しい意見を述べること、もしくは従来説の一部を修正することである(従来説の整理はレポートにすぎない)。そのためには、論文は書くものではなく、あくまで作品(資料)を読むことで成立する、というふうに、発想の転換をはかるべきである。その際、つねに戒めとして、自問自答してきたことを、参考までにあげる。

1,虚偽=うわべだけで答えを出していないか。
2,削除=都合の悪い事実を隠蔽していないか。
3,誇張=言及の仕方が大げさではないか。
4,捏造=確証なしに事実めかしていないか。
5,歪曲=意図的な偏向を加えていないか。
by bashomeeting | 2008-08-07 09:23 | Comments(3)

芭蕉会議、谷地海紅のブログです。但し思索のみちすじを求めるために書き綴られるものであり、必ずしも事実の記録や公表を目的としたものではありません。


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