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海紅山房日誌

<   2008年 09月 ( 8 )   > この月の画像一覧

〈チョ〉というまでの間

  すいつちよのちよといふまでの間のありし  実花

 「海紅句抄」は季題別だから、句作時期に関係なく掲載される。今季の拙句「馬追の声につつまれ校正す」は俳句を始めて一、二年、まだ大学院生と田舎教師の二足のわらじを履いていたころの句である。井本農一先生に命ぜられて『芭蕉・蕪村発句総索引』の校正をしていた秋の句で、すこぶるなつかしい。

 コメント欄の応答が実を結んで、ちちろさんがたくさんの馬追の句を紹介してくれた。最初に示した下田実花の句が含まれている。やはり実花はいいナ、としみじみ思う。感謝の思いでここにコピー。 ちなみに実花は新橋一の名妓と言われた人で、誓子の妹である。
by bashomeeting | 2008-09-23 17:54 | Comments(0)

山寺スクーリングにて◆句碑判読(2)

  花見ては花に忘るゝその日かな 風虎
  雨雲のちきれて涼し暮の山

注・場所はせみ塚(風虎・壺中らの名を刻む台座にすえられた芭蕉塚)の左、「壺中居士」塚、「風草居士」塚の右なり。「雨雲の」句の作者は土に埋もれて確かめ得ず。
by bashomeeting | 2008-09-20 14:06 | Comments(0)

山寺スクーリングにて◆句碑判読(1)

  冬の日や御坂おりくる沓の音 青楓

注・場所はせみ塚のやや下段なり。
by bashomeeting | 2008-09-20 10:05 | Comments(0)

山寺スクーリングにて◆はじめての連句

 例年のように、『おくのほそ道』と、それにゆかりの連句を学んだあと、創作に挑戦して遊んだ。今回は花の定座と折端を強引に春季とした以外、捌きの手を加えず、山寺で目にした秋の景物ならなんでも詠み込んで遊ぶことにした。式目を問題にすれば、改変を余儀なくされる。それでは受講者がつまらないだろうと思ったから。これなら、この付合を見るたびに、山寺スクーリングのあれこれを思い出すよすがになるだろう。折端は立石寺参詣に合流してくれた、いろはさんにお願いした。

 「秋風に」半歌仙

秋風に足投げ出して芭蕉論     博 子
 オカリナを聴き仰ぐ山寺      八重子
七竈ますます赤く雨に濡れ     亜由美
 目に美しき硝子戸の外       智 代
雲間より月明かりして芝広き     博 美
 十七人で連句楽しむ        富美子
学び終へ出羽の名酒と蕎麦の味  陽 子
 お国訛りの色白き人         玲 子
太陽に携帯掲げメール読む     明 美
 異国の景色その中にあり      順 子
木犀の狭き夜道を手をつなぎ    真 理
 耳やや遠き人を愛して       海 紅
祖母あての敬老祝ひ持ち帰る    由 希
 秋刀魚の香るだんらんの膳    奈奈絵
その中の菊の膾の甘く濃く     真 澄
 あけび取りたる昔懐かし      英 行
花咲けば芭蕉気取りの一教師   宏 美
 カメラの先に蝶が飛び出す    いろは


首2008年9月14日 尾2008年9月15日
於 山寺芭蕉記念館研修室
連衆
伊藤博子・関口八重子・狐塚亜由美
小薬智代・宮崎博美・小笠原富美子
稲毛陽子・遠藤玲子・荻 明美
中ノ薗順子・今村真理・谷地海紅
情野由希・大塚奈奈絵・高橋真澄
飯塚英行・丹野宏美・吉田いろは
by bashomeeting | 2008-09-18 17:55 | Comments(0)

山寺スクーリングにて◆紫陽花が咲いていた

     山寺芭蕉記念館

  山寺はまだ紫陽花の九月かな    海紅
   子育て終えて夜学愉しく       同
  十六夜やルージュ筆箱よりころげ   同
by bashomeeting | 2008-09-17 21:08 | Comments(0)

孤独な親鸞

 「忘れ得ぬことば」に「卜筮祭祀」を取り上げて、平成十九年初冬に中世文学会で福岡に出かけたことを思い出した。学会の二日目は、太宰府にできて二周年の九州国立博物館に一人で出かけた。親鸞七百五十回忌記念の本願寺展があったからだ。そこで親鸞と仏教伝来の道を堪能した。とりわけ蓮如筆の『歎異抄』や『三帖和讃』、『本願寺本三十六人家集』他、本願寺所蔵の『栄花物語』などの至宝をに目を奪われた。中に、「末の松山」という銘の盆石もあった。貧しい門徒の集まりだと思っていた浄土真宗がずいぶんお金持ちであることがわかって、頭の中が混乱してしまった。親鸞は孤独である。
by bashomeeting | 2008-09-17 10:40 | Comments(0)

世阿弥元清作「恋の重荷」◆「第21回 としま能の会」(東京芸術劇場)

 豊島区の古典講読の会「かげろう金曜会」の企画で、「第21回 としま能の会」(東京芸術劇場)に出かけた(8月31日)。宝生流舞囃子「放火僧」、和泉流狂言「六地蔵」、観世流 能「恋重荷」。それぞれ、学ぶところ少なくなかったが、身分違いの女御を恋してしまう菊守を諦めさせようとして〈これを持って、庭を百度、千度とまわれば女御を拝ませてあげる〉という難題の重荷がきれいな張りぼてであったのは可笑しかった。そして胸が傷んだ。少年時代に読んだ、三島由紀夫の短篇小説『志賀寺上人の恋』が脳裏で重なったからだ。
 女犯の罪を犯すことなく老齢を迎えた志賀寺上人だが、美しい京極御息所を見て、ついに恋に落ちてしまう。上人は御息所の庭に、杖にすがりながら一日一夜立ち尽くす。そして御息所が御簾の前に上人を招くと、彼は御息所の手を、しばらく、うやうやしくささげたあと、手をほどいて立ち去ってゆく。そして数日後、上人は入寂するという話である。
 少年期の恋と、「恋の重荷」や「志賀寺上人の恋」などの老の恋が、その精神の透明性において深くつながっている、そんな気がしたのである。
by bashomeeting | 2008-09-08 10:27 | Comments(0)

忘れ得ぬことば◆卜筮祭祀(ぼくぜいさいし)

   かなしきかなや道俗の
   良時吉日えらばしめ
   天神地祇をあがめつつ
   卜筮祭祀をつとめとす    (親鸞『三帖和讃』)

 附記:「わくわく題詠 鳩の会」の最近号兼題に「優曇華」があって、その解説に〈優曇は祥瑞(吉兆)の意の梵語〉と書いて、ふと連想から、この和讃を思い出した。親鸞の歎きは「悲しいことには、出家も在家もみなすべて、日時の吉凶善悪をえらぶ占いを信じたり、天地の神々を崇拝し、除災招福のまじない・祈祷にもっぱら励んでいる」(新潮日本古典集成『歎異抄・三帖和讃』)ということである。
by bashomeeting | 2008-09-04 17:57 | Comments(0)

芭蕉会議、谷地海紅のブログです。但し思索のみちすじを求めるために書き綴られるものであり、必ずしも事実の記録や公表を目的としたものではありません。
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