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海紅山房日誌

<   2009年 02月 ( 9 )   > この月の画像一覧

 ここ数日、普段の仕事部屋を出て、座敷いっぱいにゲラを広げ、ラジオを聞きながら校正をしている。Q先生の遺稿である。今日は森山良子さんの番組で、それとなく「家族写真」という唄を聞いていたが、〈忘れないで/思い出はどこへも行かない/忘れないで/ぬくもりは/どこへもいかない〉という結びに泣かされた。そこで、埃だらけの詩集を引っ張り出してお茶にすることに……。

  唄    プレヴェール/小笠原豊樹訳

  きょうはなんにち
  きょうは毎日だよ
  かわいいひと
  きょうは一生だよ
  いとしいひと
  ぼくらは愛し合って生きる
  ぼくらは生きて愛し合う
  ぼくらは知らない 生きるってなんだろう
  ぼくらは知らない 日にちってなんだろう
  ぼくらは知らない 愛ってなんだろう
by bashomeeting | 2009-02-27 11:51 | Comments(0)

西行と「さはこの御湯」伝承

 昨年七月三日(木)の『東京新聞』に平田研二氏(ライター)による「〈ゆめぽっけ〉のんびり立ち寄り湯」という「首都圏情報」があって、飯坂温泉の鯖湖の湯が紹介されていた。ヤマトタケルゆかりで、芭蕉がこの湯に入ったことは文献ではっきりしていると断じ、加えて西行の「あかずしてるる人のすむ里はさはこのみゆる山のあなたか」(不知・拾遺・巻七)を引いている。読人不知とは必ずしも作者未詳という意味ではないから、西行作という資料や伝承があるのかもしれないが、それはなにか、『おくのほそ道鈔』以降の古注にも出てこない。それで、この新聞記事がその出典に触れてくれれば、どんなにかありがたいのにと不満に思った。ちなみに芭蕉が飯坂に泊まったことは『おくのほそ道』及び『曽良旅日記』に明らかだが、その宿や湯がどこかは厳密にはわからない。久富先生の『おくのほそ道 全訳注』(学術文庫)には、横井博著『ふくしま 奥の細道』から「芭蕉は滝の湯の湯番小屋に泊ったという口碑があり、その跡に記念碑が建立されている」という記事が紹介されている。
 ところで件の『東京新聞』に、鯖湖の湯について「じゃぶじゃぶ入るお湯ではないです。静かに入って熱くなったら上がるを何回も繰り返す…」という旅館の女将のアドバイスが紹介されていた。それで、平成十七年八月に、ちちろさんと一緒にこの湯に入ったが、熱くて二秒も湯につかっていられなかったことを思い出した。飯坂温泉で『おくのほそ道』スクーリングをおこなった二日目の夕刻の思い出である。
 
  ※附記 「あかずして」の歌のある『拾遺和歌集』巻七は物名歌の集。つまり「さはこのみゆ」を詠み込んだ歌で、『類字名所和歌集』には「陸奥」として掲出。『曽良旅日記』によれば、飯坂の湯ではなく鳴子の湯のことらしい。


  榛の花咲きて昔のまゝの村   渡辺信一
 
by bashomeeting | 2009-02-22 10:19 | Comments(0)

佳句は御当所性を超える

 胎中千枝子さんから、昨年十月に刊行された『俳句でめぐる北信濃 飯山』(近代文芸社)をいただいた。彼女にはすでに句集『春の色』があり、このたびの句文集の姉妹篇と思われる『飯山を俳句に包む』という一書もあるようだ。飯山への思い入れは、そこが父君の郷里であることによる。帯にある「飯山をこよなく愛する著者が、12のエリアを厳選、俳句に解説を交えてその魅力を紹介する 」という一文が本書の性格を説き尽くしている。すなわち、飯山市全図と部分地図を示して、①玉巵苑(ぎよくしえん) ②寺めぐり遊歩道 ③正受庵 ④雁木通り ⑤飯山城址 ⑥菜の花公園・千曲川 ⑦瑞穂・棚田 ⑧小菅神社・阿弥陀堂 ⑨北竜湖 ⑩なべくら高原 ⑪富倉 ⑫斑尾高原、の十二章をもうけ、飯山で詠んだ句と、その地の解説を加えたもの。文字通り「歩きながら手軽に読める冊子」(はじめに)となっている。俳句を何らかの方針で並べるだけの句集が多い中に、こんなスタイルのものがあってよい。
  春泥の納屋までつづく桟俵
  麦秋の真中通る農耕馬
  人古りて鐘楼古りて蝉時雨
  寝ころべば土筆の群れの寄りてくる
  虹の根にお花畑の見えてきし
  啄木鳥の啄き造るや山日和
  湿原をめぐり青葉をくぐりけり
 私の心をとらえた七句をあげてみた。飯山の個別性は文章にこめて、飯山を通して詠みながら、飯山を超える普遍性を描ききったものによい句があると思った。
by bashomeeting | 2009-02-21 15:58 | Comments(0)

梅花 ― ある手紙より

     梅 花

  近頃なんだかさびしいなと思ったら
  芭蕉会議から遠ざかっていた
  梅の花が香っている
by bashomeeting | 2009-02-16 05:23 | Comments(0)

前田司郎「お買い物」

 地方出張から戻ったら、家人が「お買い物」というNHKドラマを見ていたので、つられて最後まで見た。若いころからカメラ趣味のある会津の老人が、東京渋谷のカメラ屋から届いた中古品セールのダイレクトメールに心が動いて、思案の末に老妻を伴って渋谷行きを断行、なけなしの貯金と宿泊代まではたいて、ついにあこがれのコンタックスを購入し、やむなく一人暮らしの孫娘を頼って、その部屋に泊まって帰宅。その間の喜劇悲劇をコンタックスに残して死んでゆくという話。鋳型にはめてできたようなドラマで、新しみはなかったが、少し泣いた。こんなお仕着せで涙を流すのは年齢のせいか、上手な役者のおかげであろう。どんな作者がこんな既製服のようなドラマを書くのかと新聞を調べたら前田司郎という人であった。芝居も書く人のようだから、鋳型によらない自信作を舞台で見たいものだと思った。

 墓のべの草を焼きしも供養かな    高野素十
by bashomeeting | 2009-02-15 21:09 | Comments(2)

うえやまとち

 先日目が覚めてお茶を入れてTVをつけたら、福岡のKR君によく似た人がインタビューを受けていた。懐かしくて見続けていたら、その人は「うえやまとち」という不思議な名前の漫画家であるらしい。KR君と再会した気になって、耳を傾けていると都会論や漫画の素材論できわめて共鳴できる話をしていた。人間としてはボクも近いな、と妙に感動した。ボクは漫画とは何十年も無縁だが、どんな作品を描く人なのだろう。
 ところで、KM君とはトキワ荘に遠くないアパートの、三畳間に住んでいた学生時代の隣り同士、貧を分かち合った人である。ボクは北国育ちで職人の子、彼はお坊さんの子なので、お互いの話がめずらしく、おもしろく、仲良くしてもらった。福岡に帰って、学校の先生をしているはずである。彼は漫画にも詳しかったから、ウエヤマトチというどこで切って読めばよいかわからない人のことも知っているにちがいない。

  踏みし麦立ちなほりしと見て通る  出羽里石
by bashomeeting | 2009-02-13 12:35 | Comments(1)

立春

     春の信仰          ウーラント/片山敏彦訳

なごやかな風がめざめて
そよぎつつ織る、昼と夜とを。
その風は生き生きと物の隈々に行きわたる。
おお 爽やかな薫り、新しいひびき!
さあ 愁ひを拂へ、あはれな心よ!
今は何もかも新しくなる。
日ごとに世界が美しくなり、
まだ此の上どう成ることか果がしれない。
花々は留めどなく咲く。
いちばん遠い いちばん深い谷にも咲く。
さあ 苦しみごとは忘れ果てよ、あはれな心!
今は何もかも新たになる。
by bashomeeting | 2009-02-05 11:13 | Comments(4)

豆撒き

 二月三日は二人会で。いつもは終了後に一献傾けるのだが、この日は豆撒きなのでまっすぐ帰宅した。深夜の零時ころまで起きていて、家人の用意してあった豆を撒いた。
 ……福はウチ、鬼もウチ、
 わが里は鬼を追い払わないのである。ボクの中にもいとしい心の鬼が住み着いている。

興福寺塔の上より豆を打つ   内貴 白羊
狩衣を脱げばこぼるゝ福の豆  金田 金鈴
豆叩きをりしが立ちて躍り踏む 木戸口金襖子
豆打つも畑打つも老余呉百戸  浜岡 延子
by bashomeeting | 2009-02-05 10:56 | Comments(0)

俳諧を専攻した理由2008

 二十七日(火)は卒業論文口述試問をおこない、終了後に恒例のコンパを実施。以下はその際に、ゼミ生が提出してくれた「俳諧専攻の理由」のしゅたるものである。

1十七音にそのすべてをこめる俳文芸は、その短さゆえに作者・読者の想像力に依存するところが大きい。それがおもしろいと思ったから(HM)。
2連句は規則にしばられる文芸だが、それゆえに自由な発想もできるという点に関心をもったから(HA)。
3和歌や連歌にくらべて身近な内容で、ありのままを写している詩のように思えたから(SA)。
4今では近寄りがたい印象の俳諧だが、近世の人にとっては娯楽性の高い遊び。私も愉しめるようになりたかったから(MN)。
5短詩型ゆえの深さを知って、どうせならその難しさにチャレンジしようと考えたから(SK)。
6芭蕉が『おくのほそ道』以外に、俳諧(連句)作品で高い評価を得ていることを理解したかったから(NY)。
7二年次の『おくのほそ道』講義で聞いた、芭蕉独自の作風(蕉風俳諧)というものに興味が湧いたから(TK)。
8「連句の規則は自由な発想の追求のために不可欠なルールである」という説明に同感したから(MT)。
9俳諧ゼミで連句を今風にした連想ゲームにふれたことがきっかけでした(KM)。
10蕉風俳諧とは、実は形式にとらわれず、余情を重んじる世界だという点に興味をもったから(OA)。
11二年次に、先生がポツリと「ジャズと連句って似てるかもナア……」と言ったのがきっかけです(YS)。
12読者が、次には作者になるという詩の形式がおもしろいと思ったから(YM)。
13細かい規則にしばられた、ゲーム性の高い文学として魅力を感じたから(NS)。
14以前から俳諧に興味があり、自分も俳句を作れるようになりたいと考えていたから(NS)。
15『おくのほそ道』受講の際に、芭蕉が生涯を掛けて向き合った文芸と聞いて、それを知りたかったから(OK)。
16中学のころから、隠逸者の文学に親しみがあり、後世にその読者が絶えない理由をしりたかったから(MK)。
by bashomeeting | 2009-02-01 09:42 | Comments(0)

芭蕉会議、谷地海紅のブログです。但し思索のみちすじを求めるために書き綴られるものであり、必ずしも事実の記録や公表を目的としたものではありません。