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海紅山房日誌

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芭蕉会議、谷地海紅のブログです。但し思索のみちすじを求めるために書き綴られるものであり、必ずしも事実の記録や公表を目的としたものではありません。

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 国際交流基金の文化派遣講師として、ウクライナのキエフを訪れた加藤耕子氏が、『東京新聞』(〇九・四・二一、朝)に、「ウクライナで芭蕉教育―日本と同レベルで授業実践」という文章を寄せています。旧ソ連圏が、日本文化に強い関心を示してきたことは、先生からなんども伺っていたことなので読んでみました。
 内容は〈ウクライナでは今、俳句が活気づいて〉いて、〈国民的な関心を集めている背景には、小学校で芭蕉の句を学ぶことが義務付けられていることが〉あげられるとあります。ウクライナでは〈日本の小学五年生にあたる中学一年の国語の授業で、年間三時間だけではあるが、芭蕉の二十句を学ぶことになって〉いて、〈芭蕉は、ゲーテなどと並び、世界六大詩人の一人〉とされ、〈日本の、ひいては東洋の文化を知るための優れた教材〉なのだそうです。〈教科書には句が日本・ウクライナ両語で紹介〉され、〈芭蕉の人物解説〉があり、〈定型や季語などのきまりごと〉をも教え、さらに〈音読・暗唱〉させては、〈句のイメージを絵に描かせたりしている〉とのことです。〈俳句の理解を深めるため、「精神的世界と物質的世界の調和」などをキーワードに日本文化の特色を教えていた〉とありますから、どうやら日本文化を物と心が均衡を保つ領域ととらえ、その象徴として俳句が採用されているようであります。やはり鈴木大拙やブライスの禅と俳句理解の影響なのでしょう。
 こうした記事を読むと、一方で俳句を自虐的に第二芸術などと思い悩んでいた時代のあったことを思い起こします。そして、現在のウクライナに明治時代に横溢していた日本のエネルギーを感じます。明治時代と無条件降伏後の昭和は、外圧の重苦しさにおいては似ていますが、内実は快活と卑屈という正反対の空気が流れていたにちがいありません。とすれば、〈ウクライナでここまでできるならば、日本は国語教育、詩歌教育に一層力を入れ、言語能力の基礎づくりを充実させるべきだと強く思った〉という総括は、帰納のすじみちが、ややちがうのではないかと思いました。

〔ウクライナ〕東ヨーロッパ平原南西部に位置する国。首都はキエフ。北にベラルーシ、東にロシア、南に黒海、北から西にかけてハンガリー、ポーランド、スロバキア、ルーマニア等。ソビエト連邦の連邦構成共和国であったが、近年(1991)ソ連崩壊によって独立。肥沃な穀倉地帯で天然資源にも富む。
〔ブライス〕Reginald Horace Blyth(1898―1964)。昭和三十九年東京で没、六十五歳。法名「不来子古道照心居士」。イギリス(イルフォード)生まれ。文学者。大正十三年(一九二四)京城帝国大学予科講師として来日。東洋文化に関心を示し、仏教学者の鈴木大拙に傾倒。複数の大学で英文学を講じつつ、禅と俳句・川柳の研究に没頭し、俳句を「東洋文化の最後に咲いた花」(ブライス著『俳句』第一巻序)として西欧に紹介した。なお、ヘンダソンとともに「昭和天皇の詔書」、いわゆる「人間宣言」に関わった。三石庸子・村松友次訳『俳句』第一巻(永田書房)がある。
〔京城帝国大学〕大正七年(一九一八)の帝国大学令による、日本人・朝鮮人共学の帝国大学で、大正十三年(一九二四)、日本統治下の朝鮮京畿道京城府(現ソウル)に設立。帝国大学とは、国家の近代化を具体的するために必要な高い能力を持った人材の養成機関。帝大としては、東大・京大・東北大・九大・北大につぐ六番目。昭和二十一年(一九四六)八月、米軍法令により閉鎖。
by bashomeeting | 2009-04-25 11:27 | Comments(0)
 ちょうど先生が亡くなられるころ、つまり例年よりややはやく戻っていた乙鳥が、本格的に巣作りをしています。わたしが近づくと逃げますが、もうすぐ警戒を解くにちがいありません。
 眸子さんのすすめで、月刊『俳句文学館』(俳人協会)の六月号に、先生の追悼文を書きました。遺影は眸子さんが二年前に先生をお訪ねした際の写真を提供してくださるとのことです。編集部のUさんが、尾形仂先生の追悼と同じになります、と感慨深げでした。

  つばめ来し去年の無学のまゝの我に    紅 花

 眸子さんが、紅魚さんを誘って三人で会おう、と言ってくれましたので、近いうちに実現いたします。この三人そろって会うのは二十数年ぶりではないかと思います。
by bashomeeting | 2009-04-25 08:34 | Comments(0)
 眠れぬ夜の、ある時は枕辺に句集を引き寄せる。昨夜は根本文子句集『雁のやうに』(二〇〇九・三、本阿弥書店)。そのなかの一句を深更の友として、泣き疲れて眠る。句は、よき母のよき娘を得たるすがたかな。ボクにも、よき息子、よき弟子、よき教師たらんと努めたころはあったのだが……。

  十八のつもりの母と早春賦   文子

〔早春賦〕大正二年(一九一三)、『新作唱歌第三集』に発表された唱歌。唱歌は明治初期から学校教育用に作られた童謡で、旧制の小学校では教科のひとつでもあった。昭和十六年(一九四一)、小学校が国民学校(初等科六年、高等科二年)と改称された年に音楽と改称された。

  早春賦   吉丸一昌作詞/中田章作曲

 春は名のみの風の寒さや
 谷のうぐひす歌は思へど
 時にあらずと声もたてず
 時にあらずと声もたてず

 氷解けさり 葦はつのぐむ
 さては時ぞと思ふ あやにく
 今日も昨日も雪の空
 今日も昨日も雪の空

 春と聞かねば知らでありしを
 聞けばせかるる胸の思ひを
 いかにせよとのこのころか
 いかにせよとのこのころか
by bashomeeting | 2009-04-20 10:36 | Comments(1)

死んで生きる

 「死んで生きる」ということばを聞いたことがある。人は死んだ後ではじめて、この世に残った人々の心に生きはじめるというのだ。死を境にして、その人の人生はようやく私たちの心に棲みつくという。ずっとむかし、詩を書いていたころに、たくさん読んだリルケの一篇にこんなものがあった。

   或る四月の中から     リルケ/片山敏彦訳

  ふたたび森が薫る。
  われらの肩に重かつた空を
  雲雀たちが引き上げながら漂ひ昇る。
  枝間に見える晝の光は まだ冬枯の時のままだと思つてゐるうちに
  毎日の午後を雨が降り 時の歩みが緩やかだ。
  そんな午後が幾日か續いたあとで
  こんじきの光にまみれた
  目立つてさわやかな時間が來る。
  こんな新しい時間から遁げさらうとでもするやうに
  遠方の家々の前面の
  どれもこれも傷ついてゐる窗々が
  はばたく
  それからやがてひつそりとする。降る雨さえも音をひそめて
  石の、静かに暮れゆく輝きを濡らして過ぎる。
  ありとあらゆるものの音が 全くひそみ入る、
  樹々の小枝に輝いてゐるたくさんの蕾の中へ。


〔リルケ〕Rainer Maria Rilke、。1875~1926 五十一歳。チェコ(プラハ)の人。ドイツの詩人。貴族の家柄に生まれたが、幼年学校を中退し、ロシアやイタリーを遍歴し、パリでは彫刻家ロダンの秘書になった。結婚したが、貴族の家に客寓することが多く、ほとんど孤独な生涯を過ごす。『新詩集』『ドゥイノの悲歌』『オルフォイスに捧げるソネット』などで二十世紀最高の詩人と評され、小説『マルテの手記』は青年必読の書といわれた。
by bashomeeting | 2009-04-15 19:33 | Comments(0)

無常迅速

 鶯は例年の通りだが、今年はほぼ同じころに時鳥が啼きはじめた。例年より二ヶ月は早いだろう。そこに小綬鶏が加わり、雲雀が飛びまわり、紋白蝶が舞い込んで、乙鳥が子作りに戻っている。こんなことでは今年の六月には何を聴き、何を見ることになることやら。だが君よ、嘆くなかれ。無常迅速、すなわちこうした贅沢な瞬間こそ、ボク等の暮らしを実感を以て手づかみできるよい機会なのだから。
 ―― 人生ハコンナモノダ。
 医者が先生に病名を告げた日、先生は電話でぽつりとこう言った。稿債ごときでしょげていてはならない。

  金魚らと話す気なくて春の風邪   海 紅
by bashomeeting | 2009-04-14 11:51 | Comments(0)
 思い切って海紅さんへお電話し、紅花先生の近年の御様子を伺えたことに感謝しております。先生亡き後の情況について理解するとともに、海紅山房日誌を通して、先生と交流があった方々の悼む思いに触れ、御葬儀に参列できなかったゆえの漠然とした喪失感が、現実味を帯びてまいりました。
 先生には学生時代のみならず、卒業後の辛い状況にも見守っていただきました。そのうえ、お仲人までしていただきました。五年後に生まれた息子を、先生はことのほか喜んでくださり、アロハシャツでおいでくださった先生を支えに、つかまり立ちをした七ヶ月の息子の姿を昨日のように思い出します。その子もいまは高校三年生。部活に熱中し、ほんのすこし受験勉強にも目覚めているこのごろです。
 住居は先生のご自宅とそれほど遠くはないものですから、いつでもお目にかかれると思っていたのです。うかつなことでした。
 校庭の桜木が日毎に色を濃くしています。それをながめる余裕もなく、新学期の準備に慌ただしい時間を送りながら、御冥福をお祈りしております。 (み)
by bashomeeting | 2009-04-05 20:02 | Comments(0)

常世へ12―夢にみる過去

 悲しいお知らせに接し、残念でなりません。いまは句作を離れてしばらくになりますが、時々先生やみなさまと御一緒した時代を夢に見ることがございます。小生はいま郷里にあって、二十四時間体制で本務に臨んでいるため、御返信遅くなりました。巨星落つるの感です。 (ま)
by bashomeeting | 2009-04-02 09:23 | Comments(0)

芭蕉会議、谷地海紅のブログです。但し思索のみちすじを求めるために書き綴られるものであり、必ずしも事実の記録や公表を目的としたものではありません。


by bashomeeting