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常世へ24―夕虹

    深悼 村松紅花先生
  夕虹の立つやみ佛かと拝む  村中美代
  夏冷もまた大いなる淋しさよ    同     ―俳誌『雪』九月より転載―
by bashomeeting | 2009-08-30 06:25 | Comments(0)

村松紅花追補1

訃報                     東京新聞(平21・3・24)他
逝去報告              葛発行所  葛(四・一)平21・4
泰と朱鳥(二)            村松 紅花 葛(四・一)平21・4
俳文・病室での酒          赤池 孝之 葛(四・一)平21・4
消息                   紅花 葛(四・一)平21・4
権威嫌った晩学の大きな成果―俳文学者村松友次さんをしのぶ―
                       後藤 喜一 東京新聞(朝) 平21・5・1
    ○『葛』(四・三)に「反権威を貫いた見事な生涯」と改題し転載。
素十俳句鑑賞(13)          村松 紅花 葛(四・二)平21・5
遺影                      葛(四・二)平21・5
揮毫・葛の家に生まれて葛といふ俳誌    紅花 葛(四・二)平21・5
揮毫・月浴びに月を浴びゐる庵を出し    紅花 葛(四・二)平21・5
    ○落款は昔小生が贈りしものと見ゆ。
追悼                山元 土十 葛(四・二)平21・5
遺稿・評釈蕪村全句(186)       村松 紅花 葛(四・二)平21・5
たより(紅花宛)           デリューシナ キツネ 葛(四・二)平21・5
お返事(デリューシナ宛)       村松 紅花 葛(四・二)平21・5
お返事のお返事(デリューシナ キツネ・小斎棹子・新津稚鴎) 葛(四・二)平21・5
消息                   土十 葛(四・二)平21・5
後記                   木瓜 葛(四・二)平21・5
後記                   畝風 雪(三二・八)平21・5
村松紅花名誉会員を悼む 谷地 海紅 俳句文学館(458)
 ―虚子敬慕を貫かれた人 ○『葛』(四・三)に転載。   平21・6・5
花鳥諷詠を忘れるな         村松 紅花 葛(四・二)平21・6
素十俳句鑑賞(14・15 )        村松 紅花 葛(四・二)平21・6
校勘記               谷地 海紅 葛(四・三)平21・6
追悼・文学の質は酒の量に比例する  江田 浩司 葛(四・三)平21・6
追悼・師去りぬ           赤池 孝之 葛(四・三)平21・6
追悼・紅花先生         リヒテルス直子 葛(四・三)平21・6
消息                   土十 葛(四・三)平21・6
後記                   木瓜 葛(四・三)平21・6
写生俳句              山元 土十 葛(四・二)平21・7
はるかなるおくのほそ道(一)     赤池 孝之 葛(四・三)平21・7
小諸三誌合同俳句大会              葛(四・三)平21・7
消息(紅花先生追悼句会)          土十 葛(四・三)平21・7
後記(吟法院紅花友善居士)         木瓜 葛(四・三)平21・7
村松友次先生のこと         佐藤多太子 雪(三二・十)平21・7
俳句入門 一―1何のために作るか  村松 紅花 葛(四・四)平21・8
はるかなるおくのほそ道(二)     赤池 孝之 葛(四・四)平21・8
悼む                今井千鶴子 葛(四・四)平21・8
追悼・強東風            後藤 壱岐 葛(四・四)平21・8
追悼・別れ             青木 徘徊 葛(四・四)平21・8
追悼・不言実行           鷺  孝童 葛(四・四)平21・8
追悼・不言実行           鷺  孝童 葛(四・四)平21・8
追悼・虚子の一句碑         鷺  孝童 葛(四・四)平21・8
後記(多賀城碑の文字)           木瓜 葛(四・三)平21・8
俳句入門 二―2写生 その一    村松 紅花 葛(四・四)平21・9
追悼・村松先生を思い出しながら   デリューシナ キツネ  葛(四・四)平21・9
はるかなるおくのほそ道(三)     赤池 孝之 葛(四・四)平21・9
大学時代の思い出          宮島 蘭丸 葛(四・四)平21・9
追悼句               村中 美代 雪(三二・十)平21・9
by bashomeeting | 2009-08-28 04:10 | Comments(0)

郷愁の戻りたい色

 アヤコさんから便りがあった。〈お墓掃除と廃屋の整理に帰省して〉いた由。子規の足跡を追って木曽路を歩くなど、健脚をほしいままの様子である。〈先生の「木苺」の句を拝見していると、子規が奈良井宿で茱萸を求めて喜び、上松、須原の道々、「覆盆子桑の実に腹を肥やしたれば昼餉もせず」と歩く箇所がかさなり、木苺などの赤い木の実は誰の心にもある望郷、戻ることのできない、でも戻りたい郷愁の色であることに気づかせてくれます〉とある。過分なほめことばだが、これは彼女が詩人のせいである。詩人は駄句をもよく味わう感性を持ち合わせている。

  戻りたし木苺摘みし山の子に  海 紅
by bashomeeting | 2009-08-18 16:00 | Comments(0)

モノの言える距離

 夕食後になにげなくTVを見ていたら「NHKスペシャル」であった。「日本海軍400時間の証言」という企画の第二夜ということで「やましき沈黙」というタイトルがついている。八月は毎年こういう特集があって辛いので、TVは見ないようにしているのだが、この夜は逃げ出すタイミングを失った。「生きる」選択肢を百パーセント奪い取った特攻隊という戦略で、五千人以上の若者を死に追いやった元海軍の中枢の人々の証言を編集したものだが、それを聞く限り、なにをか言わんやである。モノの言える距離を保てないなら組織にいる資格はない。

  霊あらば親か妻子のもとに帰る靖国などにゐる筈はなし 市村 宏(『東遊』)
  長崎の原爆の跡みてしより描き続けて撓まず倦まず    同(『千曲川』)
by bashomeeting | 2009-08-12 12:00 | Comments(0)

常世へ23―命を終えたあと

 トシヒロ君から便りあり。〈村松先生への追悼文、海紅山房日誌で読んでいます。命と命が出会う偶然と、別れの必然。誰もが、ひとりで死んでいくという現実。身体だけでなく、心の疲れにも気をつけて、多忙な季節を乗り越えてくださいね〉とあって、小さな巻き貝の殻を数十個同封してある。アリナミンAの小瓶を探し出して〈南の島の小さな命のかけらたち〉というメモ書きと共に収めて机上に置いてながめる。命を終えたあとも美しいものだ、貝殻は。

  燈籠の間をぬけてより大泣きす  海 紅
by bashomeeting | 2009-08-12 11:36 | Comments(0)

石挽蕎麦 むそう庵

 縁あって、八月五日(水)から群馬県高崎市に三泊した。集中講義のためである。早起きすれば通勤できない距離ではなかったが、講義に集中するためと、めったにない機会を友人との四方山話に費すためである。ふたりで三晩、席を替えて夕食と雑談を愉しむ。旅先は呼吸をするだけでも新鮮な気持ちになるが、とりわけ二日目の「むそう庵」という蕎麦屋さんが忘れられない。高崎から高崎線で二つ目の新町駅を出てまっすぐ、国道十七号線を横断してまもなくのところに、まるで子どものころに親に手を引かれて通った、ジジババの家のごときなつかしい和風のたたずまいで、すっかり長居してしまった。そば殻が少なく、東京ふうで透明度の高いお蕎麦であった。

  噴水も研究棟も夏休み   海 紅
by bashomeeting | 2009-08-11 19:03 | Comments(0)

この人の一首◆中川英子

  吊橋は二つの川の合ふあたり人の渡ればゆらゆら揺れぬ    中川英子

 この歌は『朝陽』(七月刊、渓声出版)による。病を得たことが、今まで以上に自分を前向きにしていると「あとがき」にある。すでに歌集『夕陽』があるのだけれど、ぽつりぽつりと知己の歌集が送られてきて、読んでいるうちに、自分ももう一冊の歌集を編みたくなったともある。自分史であろう。巻軸は「皆さんに感謝の気持伝へたく写真も載せて思ひ出にせむ」と結ぶ。二十数年前になるだろうか、私の勤めていた高等学校に教育実習でやってきた英子さんが脳裏によみがえる。多芸多能は芸術家であった父君の血をひくか。その力で病を追いやってもらいたい。
by bashomeeting | 2009-08-10 06:02 | Comments(0)

講座:奥の細道―古人とともに生きるⅤ

 七月二十四日(金)は第五回目、つまり最終回であった。テーマは「俳句って、なんだろう」である。これは俳人も研究者もあまり扱わない茫洋たる問題だが、言葉や私(ego)を過信しないために、ときどき古典(過去)の側から見直すべき問題だと思っている。
 「言葉は残る」「心は焼けない」という話を枕に、従来の教わっている常識を疑いながら、古人とともに暮らして、自分の知らない自分をも唄えるようお願いした。結局「俳句のすすめ」になったかもしれない。
 配布した資料は『おくのほそ道』の旅の大石田(山形)で巻いた「五月雨を集めて涼し最上川」歌仙と、その歌仙式連句の構成図である。話した(かった)項目を挙げれば、以下の通り。

1.俳句は十七音の歌である。
2.俳句は今も連句の発句である。
3.芭蕉の生涯に四〇〇に近い連句(付合)が残っている。
4.『おくのほそ道』の旅でも四〇に近い連句(付合)が試みられている。
5.連句には俳句(史)のすべてがある。
6.連句を知らずに、俳句を語る人を信用しない。
7.俳句を知らずに、連句を語る人を信用しない。
8.季題(季語)や切字は俳句固有の条件ではない。
9.挨拶・滑稽・即興は俳句でなく連句の性格である。
10.子規の連句否定論理は的外れだが、俳句の隆盛に大きな働きを見せた。
11.写生は景気と同じく、直叙を避けるという描写論。明治に始まったことではない。

 終了後、この企画の万端をととのえてくれたYさん、Nさんと打ち上げの一献。
 今夜は三日月と聞いて、さがすのをやめた。
by bashomeeting | 2009-08-02 12:50 | Comments(0)

常世へ22 ―追悼文◆江田浩司※

   文学の質は酒の量に比例する                     江 田 浩 司

 私が村松先生に初めてお会いしたのは、東洋大学の二年生の春ではなかったかと思う。私が東洋大学に入学したときが、村松先生の国内留学の年に当たっており、一年生の折には、お会いする機会は訪れなかった。今から三十年ばかり前の話である。
 当時、学部のサークルの一つである中世近世文学研究会に所属していた私は、村松先生から芭蕉の連句の解釈と俳句の実作のご指導を受けた。多少は本を読んでいるという自負を持っていた私は、村松先生に俳句や文学についてずけずけと率直な質問をした。青二才の思い付きの質問にも関わらず、村松先生は静かに耳を傾けられ、丁寧に答えて下さるのが常だったように記憶している。また、遠慮のない私を却って面白がって頂き、村松先生の方から質問されることもあった。
 その頃の私が好んでいた俳句は、山口誓子や中村草田男の句である。正直なところ、高野素十の句の良さがよくは分かっていなかった。客観写生と花鳥諷詠の大切さを、やさしく噛んで含めるように教えて下さる村松先生に、誓子や草田男の句のすぐれた面を吹聴していた。
 しかし、村松先生はそのような私に自由に俳句を作らせ、ご自分の俳句観に無理に引き込もうとはなさらなかった。それは私の俳人としての資質に、早々と見切りを付けておられた上でのことであったかもしれない。
 しかし、私は自分の思うがままに句作を続けさせて頂けたことで、そのときの体験が現在にも活かされていることを、最近とみに感じることが多い。村松先生のご指導により短詩型文学の本質に真正面から向き合うことができたのではないかと思っている。
 ある日のお酒の席で、村松先生が「文学の質とお酒の量は比例するものだよ。」と仰ったことがあった。もちろん、冗談である。しかし、そのお話の続きに、虚子も素十も酒豪であったが、お酒のときには俳句の話はしなかったというお話が続いた。句会に全身全霊で集中し、その後の酒席では句会の緊張感から心身を解放するために、お酒をじっくりと味わうという意味のお話だったように記憶している。今思い返してみると、そのお話は私に対する戒めの言葉でもあったのではないかと思われる。私は句会の後の酒席で、俳句について議論をするのが常であった。村松先生が私に対して本当に仰りたかったのは「文学の質とお酒の飲み方の質が比例する。」ということではなかったのだろうか。
 また、あるとき「幸福の量と不幸の量が比例している。」というお話をなさったことがあった。それは、世の中についてのことだったように思うが、私には個人の問題として身に染みた。私にとっての幸福の一つが、村松先生にお会いできたことであるのは申し上げるまでもない。そして、村松先生のお人柄に触れさせて頂けたことが、私に不幸に打ち勝つ勇気を与えてくれたことも確かである。
 句作をされているときの近づきがたいご様子と、打って変わった酒席でのご温顔を忘れることができない。
 村松友次先生の安らかなご冥福を、心よりお祈り申し上げたい。
                                          ―『葛』六月号より転載―
by bashomeeting | 2009-08-02 08:42 | Comments(0)

常世へ21―哀悼歌◆江田浩司

     村松友次先生を哀悼する             江 田 浩 司

 降りしきる雪に古人の貧しさを讃へたまひし師は逝きたまふ
 感情の沼に櫻のちりゆけば恩師のことば頰を照らせり
 己が身にゆれやまぬ水 文学の質にふれたる師の言の葉は
 学問に貫き通す反権威 うす闇をさし傷まみれなる
 旅に病む芭蕉を説ける講義かな湖底に棲めるこゑはくれなゐ
 温顔に底光りせし反骨の魂はなほ死なず書にあり
 紅花とふ俳号を虚子に賜りて風花のごとき俳句をなしぬ
 あをぞらを自在に飛べる雪片の浄き墓標をなさむ紅花忌
 十七音の宇宙に響く言の葉を清き一掬の水として聴く
 北寿老仙をいたみて啼ける雉子なり師の学恩に報はざる身も

                                  ―『未来』七月号より転載―
by bashomeeting | 2009-08-01 15:10 | Comments(0)

芭蕉会議、谷地海紅のブログです。但し思索のみちすじを求めるために書き綴られるものであり、必ずしも事実の記録や公表を目的としたものではありません。


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