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海紅山房日誌

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芭蕉会議、谷地海紅のブログです。但し思索のみちすじを求めるために書き綴られるものであり、必ずしも事実の記録や公表を目的としたものではありません。

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 久しぶりに『文芸春秋』(7月号)を買った。電車で読むものがないことに気づいたことと、〈井上ひさし「絶筆ノート」全文掲載)という広告を目にしたからだ。そこに藤原正彦氏の〈一学究の救国論「日本国民に告ぐ」)と、江刺昭子氏を司会に長崎暢子・大口勇次郎・北原敦各氏による〈「聖少女」樺美智子の青春と死)、すなわち〈安保50年5時間大座談会)という企画も収められていた。井上さんの最期は痛々しくもサラリとした印象。また、著者みずからナポレオン占領下で「ドイツ国民に告ぐ」という講演をしたドイツの哲学者〈フィヒテのひそみに倣い)という、藤原氏の救国論は〈独立自尊のために戦争は不可欠だった)という立場に立つが、対象とする歴史の幅の狭さを感じさせる点が惜しい。一方、〈聖少女)座談会からは〈岸総理を退陣させた伝説の女子学生の素顔)と呼べるものまでは読み取れなかった。

 茶飲み話に、こんな話をしたら、Qが『新潮45』(7月号)は〈特集「田中角栄」待望論)を編んでいると差し出した。この雑誌がまだ続いていたのかという驚きと懐旧から、これも読了。新潟日報社常務取締役である小田敏三氏の〈心持ちはいつも「村の長」)が一番おもしろかった。亀岡高夫氏の文章からは〈追憶の誤謬)という言葉を学んだ。年をとって、俺の時が一番だったと思い込むこと、つまり若者の台頭を認めない情況をこう呼ぶのだそうだ。野坂昭如さんが近況を連載していたことも嬉しかった。

〔フィヒテ〕 ヨハン・ゴットリープ・フィヒテ(Johann Gottlieb Fichte)。 1762年~1814年。カントからヘーゲルにつながる哲学者(ドイツ観念論)。イギリス以外のヨーロッパを征服したナポレオン1世占領下のベルリンで、十四回にわたる講演「ドイツ国民に告ぐ」を行ない、国民教育論を展開したことで知られる。

〔ドイツ観念論〕 カントに始まり、フィヒテ・シェリングを経てヘーゲルにつながる理想主義。自然よりも精神を優越的地位に置き、人間を含むこの世界を神(絶対者)と呼ばれる観念的原理の展開として把握しようとする。
by bashomeeting | 2010-07-10 14:51 | Comments(0)

捜索◆正岡子規の本

◇多湖 輝著『正岡子規―運命を明るいものに変えてしまった男』 (ワイド新書) 新講社
by bashomeeting | 2010-07-08 08:34 | Comments(2)

学習◆比較文学とは

 とりあえず『広辞苑』(電子辞書、第五版)によると、比較文学とは〈…2ヵ国以上の文学を比較して、相互の連関や影響、おのおのの特徴を実証的に研究し、さらに文学の全体的な流れを明らかにしようとする研究方法。19世紀末、フランスの文学史家が首唱)とある。これを噛み砕くと、

1,異なる国の「作品」が材料である(二ヵ国以上の言語に堪能で、かつ「両国の作品」を読めることが前提である)。
2,確証(事実)の比較という方法を用いる(これは「比較文学に独自の方法」ではない)。
3,期待される結果は「相互の連関や影響関係」を調べて各自の特徴を明らかにすること(これも「比較文学に独自の方法」ではない)。。
4,めざすべき世界は、文学の全体的な歴史の解明(「世界文学史」が書けるということか。とすればスゴイ)。

 つまり、外国語能力を以て、たとえば「日本文学固有の世界を解明」する、あるいは日本語能力を以て比較の「対象国の文学の世界」を解明するということか。
by BASHOMEETING | 2010-07-05 19:32 | Comments(0)
歩道橋の向かうに見ゆる中学校二年の日々を我は務めき
受取拒否すれども消ゆることのなき住基ネットのわが背番号
卒業の朝に小雪の舞ひしこと幾年後に君等語るや
独り住む淋しさなどは言ひもせず友に手をふり別れ来にけり
さらさらと白き骨なりし心厚く八十五年を生きたる人の

 ……中でも、平成十五年の六月に母を、八月に父をと相次いで見送り一人居となってからの七年は、百年に一度という世界的な大恐慌にのみ込まれた社会の有り様に戸惑い、IT革命とやらの情報システムについてゆかれずに、ただおろおろとする過ぎ行きの日々でした。ふりかえって、何とも暮しがたい日々を支えてくれたのが、短歌を詠むことであり、短歌を通しての人と人との交流でした。(略)
 この歌集の上梓を私に思いたたせたもう一つの願いは、老いてゆく両親の傍に在って、自分たちのめんどうをみながら生活を共にしている独り身の娘を後に残してゆくことを、逝くその日まで案じていてくれた両親の思いに応えることでした。
 この歌集を両親に捧げます。     ―『吾亦紅』あとがきより―



〔『吾亦紅』〕  杉本照世歌集。平成22年6月刊、渓声出版。
by bashomeeting | 2010-07-03 17:08 | Comments(2)
 初燕が我が家にやってくるのが三月の末で、古巣を修復するのが四月、卵を産んで抱いて子育てをして六月が過ぎ、九月にはあたたかな南へと帰って行く。しかし、今年は巣作りのはじめを鴉に脅かされたせいか、それ以後見かけることはなかった。ところが、一昨日の朝には巣立ったばかりと思われるしなやかな燕がやってきて、玄関先で遊んで帰って行った。こんな年は初めてである。我が家での巣作りをあきらめて、もっと環境のよい場所で無事子育てを終えた親とその子が遠出して、ふらりと遊びに来てくれたのであろうか。

  子燕に叱られて拭く涙かな   海 紅
by bashomeeting | 2010-07-02 18:52 | Comments(0)

芭蕉会議、谷地海紅のブログです。但し思索のみちすじを求めるために書き綴られるものであり、必ずしも事実の記録や公表を目的としたものではありません。


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