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海紅山房日誌

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夏炉冬扇と俳号と

 芭蕉会議の会員掲示板で、「月子」さんと「さら」さんが、その俳号についてやりとりしている。西安の月を眺めた月子さんが〈どうも月子になってから名前負けするように思っています〉と言えば、重慶で月を眺めたことのあるさらさんから〈月は「月子」さんの願いを誰よりもよく叶えてくれるでしょう〉などとやさしい。「さら」には太陽の意味があるということなども初めて知った。
 ところで、私の俳号である海紅は紅花先生の命名である。「海」は私の郷里「北海道」の一字で、「紅」は先生の俳号の一字である。友人の紅魚さんは金魚を好きで飼っていたことから、やはり紅花先生が名付けた。海紅という名をいただいた感想は、率直に言って、ずいぶん簡単につくものだなあという思いであった。それが不満な表情に見えたのであろうか、人前で私を紹介するときの紅花先生はいつも〈この男は俳号をもらったことを感謝しない。付けられたなどというのです…〉と笑っていた。これは先生の照れによる振る舞いで、むろん私にそんな気持ちはなかった。
 先生は、俳句は夏炉冬扇の世界だから、その世界だけの名前を持った方がよいと言っていた。それで、たくさんの人に俳号を与えた。命名するまでの時間はアットいう間のことで、まことに早かった。だから、「かわうそ」「せつな」「鮒」「琴湖」「貝」「蛇尾」「妓生」など意外性に富んだ名が少なくない。自分自身ではなかなか思いつかない名前であろう。〈俳号はなんだっていいんだヨ。虚子とか素十とか、イイ句を残したからイイ俳号に見えるのさ。一にも二にもよい句を詠むことだ…〉とも言っていた。
 ちょっと話は飛ぶようだが、東京新聞九月二十七日(月)の投書欄に「名前に込められた思い」という題で、東京都港区の中学生、柴田みなもさん(十三歳)の投稿があって、故井本農一先生三兄弟の名前が引用されていた。以下に紹介する。

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   「みなも」が私の名前だ。自分でも思うほど珍しい名前である。付けたのは父。父は、「水の水面のように美しく、物事をきれいに映すような素直な子になってほしい」という思いから、付けたという。
  国文学者の井本農一さんも、三人兄弟そろって珍しい名前である。長男は農一さんで、二男は工次さん、三男は商三さんだ。三人そろって「農工商」だが、農一さんは文学へ、工次さんは農業へ、商三さんは工業の道に進んだそうだ。
 最近では「光宙」で「ピカチュウ」、「涼介」で「くうるがい」と言ったような珍しい名前が増えているそうだ。私もいつか子どもができたら、その子の一生の宝になるような、すてきな名前を付けてあげたい。(柴田みなも・東京新聞)

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 井本兄弟の名に「士農工商」の「士」だけを外したという話は、農一先生の随筆でよく知られた逸話で、有名な話だが、現代「ピカチュウ」や「くうるがい」という名前が増えているという話には驚いた。もしかしたら、実社会そのものが夏炉冬扇の様相を呈しはじめているのかもしれない。
by bashomeeting | 2010-10-30 17:56 | Comments(0)

この人の一句◆大谷弘至『大旦』

  開けてある銭湯の窓柿の花   弘至

〔解題〕大谷弘至句集『大旦』。書名は「おほあした」と読み、元日の意。『図説俳句代歳時記』の例句は鬼貫の「大朝むかし吹きにし松の風」を初めに出す。巻尾の著者略歴に〈一九八〇年、福岡県生まれ。長谷川櫂に師事。現在「古志」副主宰〉とある。角川新鋭叢書の一。平成22年10月刊、角川学芸出版。長谷川櫂が「序句」として「打つて出る心大事や柏餅」を寄せる。
by bashomeeting | 2010-10-30 10:03 | Comments(0)

西行の和歌における、宗祇の連歌における、その貫道するものは一なり(笈の小文)

でも、ぼくはうまいプレーヤーを見つけたいんじゃない。いいプレーヤーを見つけたい。うまいだけじゃ人は感動しません。ジャズって非常に人間的な音楽なんです。(渡辺貞夫・朝日新聞・10月4日)

現代って気が散る時代じゃないですか。何でもあって手に入る。自分のやりたいことにフォーカスできない感じがするんです。(渡辺貞夫・朝日新聞・10月4日)

ぼくらは、生活がかかっていた。だからこそ、自分の節を曲げてまで、嫌な音楽はやりたくない。(渡辺貞夫・朝日新聞・10月4日)

ジャズは、仲間と一緒に一つのサウンドを伝えていく楽しい音楽ではあるけれど、それは一つの手段でしかない。大げさに言えば、個々のプレーヤの生き様がすべてなんです。(渡辺貞夫・朝日新聞・10月4日)
by bashomeeting | 2010-10-24 12:36 | Comments(0)

俳縁ということばが嫌いな理由

 俳縁ということばが嫌いである。おそらく仏縁ということばの連想から生まれ、俳句が引き合わせる人のつながりという意味であろうから理解できなくはない。しかし、火炎(焔)や佳宴ということばはあっても歌人の交流を歌縁とは言わないだろうし、四縁・詩宴・支援・私怨・紫煙・試演などは辞書に出ていても詩縁という言葉は聞かない。とすれば、俳縁ということばは、ひとつのムラだけに通用する独りよがりのように思えて、素直に受け入れられないのである。俳句はそのように狭い世界で自己完結してほしくない。子規が生涯をかけた事業がすでにこうしたムラを抜け出すことではなかったか。ゲーテが書くように、詩人になるためには詩人の国にゆかねばならないが、その詩は詩人の国の外に住む人の鑑賞に堪えうるものでなければならないだろう。
by bashomeeting | 2010-10-24 12:08 | Comments(0)

俳人になっていたチカちゃん

 女性から「タニチさん…」と、尻上がりに「さん」づけで呼ばれるのは数十年ぶりのことであったろう。だからその人が受話器の向こうで旧姓を名乗っても、「あの…チカちゃん?」と答えるまでに時間がかかってしまった。
 Kさんにボクの近況を聞いて電話をしたのだと言われても、それが俳人のKさんとはすぐにはわからなくて戸惑ったが、やがて胸が詰まってしまった。名乗られてみると、それはまちがいないく「あのチカちゃん」の声だった。でも、Kさんと同い年よと言われて、また困ってしまった。だって、「あのチカちゃん」には三十数年も会っていないのだから。
 チカちゃんは俳人になっていた。利発な高校生であり、快活な大学生であったころの彼女からは想像もしなかった事態である。しかし夢のような事態である。世の中にはこんなことがあるのかとおどろいた。
 俳句を作る人は、どこにでも、いくらでもいる。でもその行き方はバラバラで、それはそれでよいのかもしれないが、行き方の違う人とは、やはりなかなか会話が成立しない。だから、懐かしいこと限りないとはいえ、少しの不安もあったのだが、『たかんな』という俳誌をいただき、句集『朳囃子』を贈られて安心した。同じゆきかたであることがなにより嬉しかった。
 翌日Kさんからメールが届いた。会ったときに話そうと思っていたのに、昨夜の千嘉子さんの電話には驚いたでしょう、という主旨であった。このふたりに感謝しつつ、奇縁ということばをかみしめた。
by bashomeeting | 2010-10-23 12:14 | Comments(0)

『火の魚』というドラマを観た

 ミルをガリガリまわして、コーヒーをたくさんいれて夜明けを迎える。最後の一杯を飲んでぼんやりしていると、そんな時間があるなら『火の魚』でも観たらどうかと家人が言う。室生犀星の小説をテレビドラマ化したもの。ずいぶん前にトシヒロ君が送ってくれたものだが、機会を逸していた。たくさんの賞を取っていると聞いていたのが、逆に災いしたのかもしれない。
 尾野真千子という役者が演じる折見とち子がよい。とにかくよい。
 チカラノアル監督サンノヨウダ。
by bashomeeting | 2010-10-23 11:08 | Comments(0)

この人の一句◆吉田千嘉子『朳囃子』

  口中に苺酸つぱく別れけり
  受験子のひと呼吸して発ちにけり
  丁寧な一字一字や受験絵馬
  女雛の手扇を持ちて落ち着きぬ
  辛夷咲き森の呟き始まりぬ
  かくれんぼ鬼を忘れて土筆摘む
  銀漢に届けと積めるケルンかな
  地回りの猫を逃さずゐのこづち
  マフラーに頬を埋むる渇きかな
  異次元へつづく扉や大枯野
  白鳥の影もろともに着水す
  鮟鱇の箱のかたちに身を委ね
  海といふ大きな器風花す
  春寒や秤はみだす蛸の足
  猫柳束ごと挿され無縁塚
  螢の夜誰とは知らぬ肩に触れ
  母の前嘴ばかり燕の子
  葉桜の淋しさといふ身の軽さ
  銀河鉄道通りしあとのちちろかな
  尾で話す牛の寄合秋高し
  蕗の葉の脱ぎ捨てられしごとく地に
  尺取の生きるといふは測ること
  蓑虫や山の噂は風に聞き
  野の芹の丈三寸を摘みにけり
  水中花つくづく水に飽きにけり
  久闊の障子からりと開きにけり
  
〔解題〕吉田千嘉子句集『朳囃子』。書名はエブリバヤシと読む。〈毎年二月十七日から四日間、青森県八戸市を中心にして行われる豊年予祝の伝統行事〉(あとがき)に「えんぶり」があり、書名はそれに依っている。作者は俳誌『たかんな』副編集長で俳人協会会員、また木目込人形作家でもある。「たかんな」主宰藤木倶子序。片山由美子が「冷静に、大胆に」と題する栞文を寄せる。角川SSC、平成22年9月刊。
by bashomeeting | 2010-10-23 05:24 | Comments(0)

随想◆銀河に架ける恋

   銀河に架ける恋      谷 地 快 一

 千葉大学で呼吸器病学を講じ、附属病院長をつとめられた故渡邊昌平さんは俳号を半睡と言い、私が庵主を引き受けている無花果会という俳句会の仲間であった。平成七年の晩春、〈『俳句朝日』の「龍太特集」を買ったところ、「恋の句小特集」に「恋の句は芭蕉にしかず初句会 麦丘人」という句がある。芭蕉に恋の句が多いとは知らなかった。どういうことか〉と、電話で尋ねられた。私は芭蕉の俳諧は連句が本業で、今言うところの俳句ではない、つまり麦丘人の脳裏にある恋の句とは連句の付句を指していると思うと答えて、

    ほそき筋より恋つのりつゝ      曲水
  物おもふ身にもの喰へとせつかれて  芭蕉(「木のもとに」歌仙・元禄三)

ほか、いくつかの付合を紹介した。半睡さんは大いに驚いていたが、俳句を一人称の詩とみる時代にあっては無理からぬことであった。
 芭蕉が恋の句にすぐれているのは連句ばかりではなく、紀行においても同じである。たとえば、『おくのほそ道』の越後国についての記述はその全体が恋をテーマとする。

  酒田の余波、日を重ねて、北陸道の雲に望む。
  遙々のおもひ胸をいたましめて、加賀の府まで
  百三十里と聞く。鼠の関をこゆれば、越後の地
  に歩行を改めて、越中の国一ぶりの関に至る。
  此の間九日、暑湿の労に神をなやまし、病おこ
  りて事をしるさず。
    文月や六日も常の夜にハ似ず
    荒海や佐渡によこたふ天河

 手厚くもてなしてくれた人々に別れがたくて、山形県酒田の地に長く滞在していた旅人にいよいよ出発の日が来る。北陸道の空模様は不安定で悩ましいが、次の目的地である金沢まで百三十里の距離があると聞くと、ますます気が重くなる。鼠の関を越えて越後に入り、九日をかけてどうにか市振の関に着くが、暑気や雨天のために体調を崩して、旅日記に筆をとることはできなかったと結んで、右の二句をしたためた。
 前者は〈文月は七夕月である。そんな気持ちでながめると、今宵六日の夜空もふだんとは違うように感じられる〉といい、後者は〈七夕の海はあいにくの荒れ模様で、佐渡の空には天の川が心細げにその身を横たえている〉という意。文月は陰暦の七月の別称で、その七日は五節句のひとつである七夕、つまり天の川の両岸に別れ住む織姫(織女星)と、その夫である彦星(牽牛星)が天の川を渡って、年に一度の逢瀬を許される甘美な日である。この二句は、そう思ってながめる前夜の華やいだ空と、うって変わって逢瀬にはあいにくの空となった当日を詠んだ一対の恋である。
 しかし依然として、この句の天の川を佐渡と本土をつなぐ橋に見立てたり、流人の島である佐渡への慟哭を綴る芭蕉の句文「銀河ノ序」の呪縛によって、郷里の妻子を慕って天を仰ぐ流人たちに思いをはせた句とする解釈が跡を絶たない。それはやはり恋の句とは無縁の、悲壮なる俳聖芭蕉像が、いまだにわざわいしてのことであろうか。
 続く市振の章が、遊女と同宿した内容であることについては、安政五年(一八五八)すでに馬場錦江の『奥細道通解』が、連句の恋の場面を創作したものと判断している。『おくのほそ道』の越後路はつややかに演出がほどこされた世界なのである。
                    ―『東洋通信』(47巻7号 H22.10)より転載―
by bashomeeting | 2010-10-05 18:52 | Comments(3)

能因島の石◆象潟スクーリング始末(了)

 その他の質疑応答を思い出す範囲で記録する。

◇問い:文学史上の俳人と、そうでない俳人との違いは何か。
◆答え:文学史上の俳人とは歴史の転換期を作った、あるいは支えた俳人ということだ。したがって、作品のすべてが優れているわけではない。だから、上等な歳時記や類題集を編もうとすれば、貞徳・宗因・芭蕉・蕪村・一茶であっても落選は少なくない。子規や虚子だからといって、けっして多くは採用されないだろう。佳句は文学史という山脈の裾野にたくさんある。だが、そういうアンソロジーを作るのは手間がかかるし、権威筋からの威圧もあるから、教科書には十年一日のごとき句が並ぶのだ。そうした力学から解放されるためには、自分の解釈力を磨くしか方法はない。すぐれた編者に俟つしかない。

◇問い:俳句も含めて、詩という短い形式では、言外の意味を把握せよという。どうすればよいか。
◆答え:私はそうは思わない。書かれている以上の意味があるとは思わないことだ。書かれてある通りに解釈してわからない作品はダメな作品と思えばよい。書かれていることだけは理解できる日本語力をつけることだ。
     桃青し赤きところの少しあり    素十
 という句が、ある叢書に、
     桃赤し青きところの少しあり
と誤って紹介されていた。これは表現の上では「赤」と「青」が入れ替わっただけだが、意味はまったく逆になっている。素十の作品ではなくなっている。この叢書の編者は書かれてある意味がわかっていなかった。それが理解できればよい。書かれているとおりに読むことだ。それ以上の事柄は鑑賞であり、創作である。
     五月雨をあつめて涼し最上川
     五月雨をあつめて早し最上川
 前者は元禄二年(一六八九)の五月二十八日(陽暦七月十四日)に、大石田の高野一栄宅で巻かれた歌仙の発句で、後者は『おくのほそ道』で最上川という早川を讃える句である。両者の相違は「早し」と「涼し」にすぎない。これは作者は一人だが、それぞれ主題の異なる別の独立句と言ってよいのだ。
 「言外」の意味ではなく、「言内」の意味を考えよう。表現を一個の生命体として脳裡に収めることだ。しかし、日本語力をつけねば、それもおぼつかない。日常会話ができるからといって、日本語が出来ると自惚れてはいけない。日本人だから、日本文学が理解できると思ってはいけない。英和辞書を使うように、国語辞書も使うことだ。

◇問い:『おくのほそ道』と『曽良旅日記』の違いはなにか。
◆答え: 課題1で、すでに説明したことだが、『おくのほそ道』は創作であり、『曽良旅日記』は記録である。だから、『おくのほそ道』中の人物を、実際に旅した芭蕉と曽良と思ってはいけないということ。作中人物は造型されデフォルメされた結果であるということだ。井本農一先生はそれを「私小説的」という言葉で説明していた。

◇問い:「俤松嶋にかよひて又異なり、松嶋は笑ふが如く、象潟はうらむがごとし。寂しさに悲しみをくはへて、地勢魂をなやますに似たり」の解説で、松嶋の旅より象潟の方がよほど面白いと言った意味を、もう少しわかりやすく言うとどうなるか。
◆答え:象潟は文化元年(一八〇四)の地震で隆起してしまって、芭蕉が舟を浮かべた入江はもうない。人はそれを残念がる。しかし、初夏の一面の水田や、いまの稲田のなかに点在する島々は、芭蕉の旅以上の象潟を想像させてくれているとも言える。その楽しみがわからなければ、芭蕉の旅の愉しみも理解できないだろうということである。

◇問い:「黄奇蘇新のたぐひにあらずばいふ事なかれ」(笈の小文)と書いた芭蕉の『おくのほそ道』は、その言葉通り、それまでにない新しい紀行であるという説明が、いまひとつわからない。
◆答え:『笈の小文』はその一節の前に、「其の日は雨降り、昼より晴れて、そこに松有り、かしこに何といふ川流れたりなどいふ事、たれたれもいふべく覚えはべれども」とある。ということは、『おくのほそ道』に「灯もなければ、ゐろりの火かげに寐所をまうけて臥す。夜に入りて雷鳴り、雨しきりに降りて、臥せる上よりもり、蚤・蚊にせゝられて眠らず。持病さへおこりて消え入る斗になん」(飯塚)とか「三日風雨あれて、よしなき山中に逗留す」(尿前の関)とか、「月の輪のわたしを越えて、瀬の上と云ふ宿に出づ」(飯塚)とか「武隈の松にこそめ覚むる心地はすれ」(岩沼)など書くだけでは、紀行とする意味がないということだ。中国の黄山谷や蘇東坡という詩人のように、新しみが不可欠だというのだ。では『おくのほそ道』のどこにそれを見届けかれるか。出家へのあこがれを基調とする西行思慕や古歌探訪、連句による陸奥の人々との唱和にその手がかりを求めたいと言ったのだ。

◇問い:芭蕉にとって旅とはなにか。
◆答え:仏道修行でしょうネ。
by bashomeeting | 2010-10-05 04:14 | Comments(2)

ネットという場をわきまえる◆10月3日の「大波小波」から

 十月三日(日)のコラム「大波小波」(東京新聞)は「トラえもん」氏の執筆で、「検索畑でつかまえて」というタイトルが可笑しくて、いつのまにか読んでいた。後半の教訓的な一段落を反芻するために記録する。 

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 「検索する私」が同時に監視されるという、近未来社会の恐怖を描いたのは、伊坂幸太郎の『モダンタイムス』である。特定のキーワードの組み合わせによる検索が、システム側の監視に引っ掛かり、そこから起こる恐怖、暴力…。だが、本当に恐ろしいのは、具体的な敵ではない。作中、愛原キラリの「その人の情報がどれだけ集まっても、その人間はできあがらない」という台詞は、残念ながら多くの人たちに忘却されている。忘却の上に、「検索による知」はできあがっている。  (トラえもん)
by bashomeeting | 2010-10-04 11:50 | Comments(0)

芭蕉会議、谷地海紅のブログです。但し思索のみちすじを求めるために書き綴られるものであり、必ずしも事実の記録や公表を目的としたものではありません。
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