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空にゐる庭師に秋の立ちにけり
てのひらの集まつてくる踊かな
鹿散つて僧の行列見てをりぬ
雨粒の打てば落花の跳ねあがる
鉾の稚児抱かれて太刀をふるひけり
ふらふらと来る自転車は氷菓売
列の蟻まばらとなりて引き返す
鳥市の奥にこほろぎ市の立つ
一枚の布を地に敷き虫を売る
吉祥の文字こんがりと月餅に
たつぷりの落葉に跳ねて初雀
水遊びまだ出来ぬ子を抱いてをり
遊ぶ子のなかをぬけゆく墓参かな
猪垣に木を足し石を足しにけり
玉砂利を踏み秋風と思ひけり

〔解題〕日原傳(ひはら・つたえ)句集『此君』。氏は俳誌『天為』同人で俳人協会・日本文藝家協会会員。大木あまりが「心すずしく」と題する栞文を寄せる。ふらんす堂、平成20年9月刊。
 書名はシクンと読み、竹の異称(晋書)。書名の由って来るところを「あとがき」に求めると、「何ぞ一日も此の君無かるべけんや」、つまり〈竹無くては一日も暮らせない〉と言った晋の王徽之(おうきし)の言葉を「俳句形式に対して奉りたい」という。徽之は王羲之の息子で字は子猷で、豪放磊落ぶりを世にうたわれたという人。
 「あとがき」に『世説新語』任誕篇から「此君」の次の逸話を示す。

 王子猷嘗て暫く人の空宅に寄りて住み、便ち竹を種ゑしむ。或ひと問ふ、「暫く住むに何ぞ爾(しか)するを煩はさん」と。王嘯詠すること良(やや)久しく、直(ただち)に竹を指して曰く、「何ぞ一日も此の君無かるべけんや」と。

 竹に対するこうした思い入れは、白楽天の律詩「池上竹下作」が「水能く性淡にして吾が友たり、竹心虚しきを解す即ち我が師」(白氏文集)へと受け継がれ、この両者を藤原篤茂が漢詩に「晋の騎兵参軍王子猷 栽ゑてこの君と称す 唐の太子賓客白楽天 愛して吾が友と為す」(和漢朗詠集「竹」)と称え、『枕草子』「五月ばかり、月もなう、いと暗きに…」の清少納言と藤原行成の恋の鞘当てに引かれて著名な知識となった。
by bashomeeting | 2010-12-30 13:32 | Comments(0)

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